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まずは一件、綺麗じゃなくていい 税理士先生との賭け同伴

次の出勤日に、税理士先生と外で飲むことになった。

場所は北新地の端の立ち飲み屋。

ヒールはやめておいて、スニーカーで行く。最初からそう決めていた。

北新地の女の子が外で飲む、というだけで、先生は少し浮き足立っていた。

「いやあ、こういうの、ちょっと嬉しいね」店の前でそう言って、笑う。

中に入ると、先生はきょろきょろと周りを見渡した。

「意外やな。博子ちゃん、こんな店も知ってるんや」

「なんか、個室とか、焼肉とか、寿司とか行ってるイメージやったわ」

それを聞いて、博之は心の中で苦笑した。

そらそうやろな、と思う。北新地で遊ぶ人間は、だいたいそういう店を想像する。

実際、博之も生きていた頃は、そういう店に行っていた。

それなりに洒落ていて、値段もそれなり。ただ――正直、居心地は悪かった。

いくらするか分からない。どこまで頼んでいいか分からない。

下手したら、ぼったくられても文句が言えない。

楽しむ前に、常に身構えていた。

相手の立場に立ち返ると、答えは簡単だった。

こういう立ち飲み屋の方が、圧倒的に楽だ。

マクドナルドやスターバックスみたいなもんや。

高級じゃないけど、安心して入れる。

ワンチャン帰れる。でも、逃げ出すほどの緊張感もない。

いわば、“ダサさ込み”の安全設計。

「意外やろ」博子はそう言って、グラスを差し出した。

「でも、早い時間やったら人も少ないし、ゆっくり喋れますよ」

確かに、店内はまだ落ち着いている。

日本酒、焼酎のラインナップも悪くない。

料理も、ちゃんとしている。

「大阪の立ち飲みって、正直そんな美味しくない思てたけど」

先生は感心したように言った。「ここ、ええな。渋い」

――きた。この言葉が出た時点で、この店選びは正解や。

「ここなら、俺も一人で来れるわ」

「仕事終わりに、ちょっと一杯、みたいな」

その一言を聞いて、博之は内心でうなずいた。

この店は、使える。基地にできる。

「じゃあ次、先生が友達と遊ぶ時、ここ集合でもいいですね」

そんな話になり、ひとしきり盛り上がる。

楽しい。空気もいい。だが、博子は忘れていなかった。

――ここがゴールじゃない。

そろそろ時間を見る。出勤の時間が近い。

「先生、そろそろ私、出勤しないといけなくて」

一拍置いてから、続ける。「もしよかったら……同伴、してもらえませんか?」

先生は、少し考える顔をした。「同伴って、二万くらいするやろ?」

「同伴指名に、ドリンクに……そのくらいは行くやろ」

正直な反応だ。逃げない。誤魔化さない。

ここで引くか、踏み込むか。「それくらいは、するかもしれません」

博子は、正直に答えた。

「二万は、ちょっときついなあ」――想定内。

「じゃあ、こうしませんか」

博子は、少しだけ身を乗り出す。

「先生、私のドリンク代はいらないです。頼まないです。」

「それと……同伴料のうち、二千円くらいは、私が持ちます」

一瞬、沈黙。いわゆる“懐柔案”だ。北新地的に、綺麗なやり方じゃない。

でも、今はそれでいい。「ここは先生にご馳走になりますけど」

「店では、なるべく負担かけない形にします」

先生は、驚いたように目を見開いた。

「……博子ちゃん、分かってるやん」

しばらく考えてから、苦笑する。

「そこまで折ってくれるなら……一時間だけな」

――取った。「ありがとうございます」

博子は、すぐに頭を下げた。

本来、北新地でこんなことをするのは、評価が割れる。

だが、博之は分かっていた。

今、大事なのは――一件。同伴指名。

ワンタイム。これがあるかないかで、世界は変わる。

「逃さへんで」博子は、心の中でそう言って、立ち上がった。

これは、綺麗な勝ち方じゃない。でも、必要な勝ち方や。

まずは一件。ここから、全部を積み上げる。

北新地の夜は、まだ始まったばかりだった。

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