第五話「師の言葉、逃れられぬ影」
「おお......」
つい声がでてしまった。 私たちは【金蔵】《こんぞう》の町に着いた。 そこは人で賑わい、住民たちの装いからも生活水準の高さが、一目でみてとれる。
「これは首都【晴空】《せいくう》より賑わってるんじゃないですか......」
「ああ、小さな国ゆえ、ここまで豊かだとは思ってなかったな。 我が国とは大違いだ」
「天頼さまの時は、かなり潤ってましたが......」
「ああ、父君は商税を安く、外国との交易も自由にしていた。 それゆえ人の往来も多かった。 しかしその分貧富の差がすすんで、民の不満はあった。 だが上が潤えばいずれ下も潤うと考えていたからだ......」
「......ですね。 潤えば民にも益が流れるはずですが...... 実際は」
「うむ、実際は一部の貴族や重臣、商家以外は潤わなかった。 富の独占が起こったからだ。 上のものが独占して勝者のみがえられ、敗者はいきることも難しい。 そのため道徳や品性が損なわれ不正や犯罪も横行した」
(......父君は富の再分配を考えていたようだが)
人は一度手に入れた権限を失いたくないもの。 なまじ金と力を持たせてしまった重臣の反対と民の不満でたちいかなくなり、父君は心労からなくなられてしまった。
「......あっ、あのお店では」
風貴がいうそこには大きく立派な店があった。
「【夕顔】《ゆうがお》確かにそうだ。 毎年手紙が届いていた。 しかし大きいな。 主殿なみだな」
「各国に支店がある大店とはきいていましたが......」
私たちは圧倒された。
店にはいる。 大勢の品のある客で賑わう。 宝飾品、服、帽子、扇子など、おそらく交易品だろうか、高級感のある商品が整然と並べられており、石床などにチリひとつない。
「なにかご用でございますか?」
そう体格がよいが腰の低い丁寧な若い青年が話しかけてきた。
「店主の夕凪様に会いに来たのだ。 とりついでいただけるか」
風貴がそういう。
「はい、わかりました。 私は手代の浅伎ともうします。 あがって少々お待ちください。 すぐに主をお呼びします」
そうきびきびと店の奥へと招き入れた。 上がった先の大きな通路を先に進む。
(こちらに問いもなく、店にあげる? どういうことだろう)
風貴をみると、首をかしげているが、懐に手はいれている。 懐刀を握っているようだ。
(この手代も、おそらくただの商人だと思えない。 体の動き、腕の筋をみても剣を扱うようだ。 だから風貴も警戒している)
風貴を前に浅伎についていくと、ひとつの大きな部屋に通された。 その座敷には大きな円形の古木の机があり、座布団がおかれた。
そこで座敷の座布団にすわる。 そして流れるような所作でお茶と菓子がすぐにだされた。 浅伎は部屋をでていった。
「こちらのことをなにも聞きませんでしたね」
「ああ、名前すらな。 来ることがわかっていたようだ...... 夕凪は本当にこの店にいるのだろうか」
一抹の不安を感じつぶやく。 一応だされたものに口をつけずにおいておく。
「......庭から外へでられるようです。 失礼ですが奥へ座っていただけますか、すぐ逃げられるようにしておきましょう。 私は横に座ります」
「まあ、もとより客だし、構わないよ」
部屋に戻った浅伎は主はすぐに参ります。 といい、部屋の出入口の壁近くに座る。
すると部屋へと、白い髭を蓄えた威厳のある老人がはいってきた。
「じい!」
「お久しぶりでごさいます若様」
そう夕凪は微笑んで座ると、両の拳を座敷について頭を下げ平伏した。
「本当に夕凪だった......」
少し不安だった気持ちがなくなっていく。
「ははっ、あれからもっと老いました。 風貴も息災か」
「はっ! 先生もおかわりなく!」
そう緊張した面持ちで平伏する。
「では、浅伎、下がっていなさい」
「はい」
手代は静かに部屋をでていった。
「じい、すまない。 連絡もできず勝手に押し掛けて...... じいは我が国から出たのに......」
座り直し、夕凪と対面しあやまった。
「かまいませぬ。 若さま」
そう静かに夕凪はほほえんだ。
「そこで、ぶしつけな願いだが、いつまでも国に養ってもらうわけにはいかない。 だから私たちは小さな商売をしようとおもう。 商いを教えてもらえないだろうか」
「............」
夕凪は目をとじ、しばらく思案して目を開けた。
「......お命をねらわれたのでしょう。 そして国を出奔なされた」
「なぜ、それを......」
唐突にいわれて風貴と目を合わせる。
「あなた様が突然こちらに訪れるなど尋常ならざる事態、商人になるつもりならばもっと早くご決断されていたはず」
「私が来たことにそれほど驚いてはないのは、それでか......」
「......もしかしたらと思うことがありまして、それゆえ店のものに来たときの対応を命じておりました。 文では誰ぞに目を通されるやもと書けはしませんでしたが、あなた様なら逃れると考えていましてな」
そういって夕凪は静かにお茶をのんだ。
(私が狙われるかもと...... それで店のものがすぐに対応したのか)
「じいには隠してもしかたないな...... 国と外で二度ほど、坐君を使う刺客におそわれた。 毒をのんでないことを気づかれたのだ」
「なんと...... そこまで露骨にねらうとは、もはや手段すら選ばぬのか」
それは想定してなかったようで、夕凪は驚いている。
「それゆえ、ここにいればそなたも狙われるやもしれぬ。 遠い国で仕事に就けば、さすがに帰ってこぬと思うだろう」
「それで商人に...... ですが、それは難しいでしょうな」
「やはり私に商人の才はないか。 しかし二人暮らせるほどのお金があればよい。 あとはどうとでもなろう......」
「そうではございませぬ。 相手はどこに逃げようとも必ずあなた様を殺そうとするでしょう」
「......どういうことでございますか先生! 天陽さまに何のとががあって、そのように狙われねばなりませぬのか!」
そう風貴はあせるように聞いた。
「落ち着け風貴......」
夕凪は風貴をいさめると、真剣な顔で話し始めた。




