第一話「刺客の夜」
──そこは遥かとおい【東瀛】《とうえい》の地、人びとは王のかわりに主座をいただく。 その地の人々は魂の根源たる世界に住まう者【坐君】《ざくん》と契りを結べるという。 魂にたゆたうその者たちは、人の業をいかに思うか──
ある春の日、庭の朱紅梅が満開で、その艶やかさがうつしだす景色は朝なのに夕の刻のようでもあった。 それをみて私はあの光景を思い出す。
「まるで地獄の業火のようだ......」
つい口からそんな言葉がでてしまう。
「この美しい光景をみて、なぜそのような感想がでてくるのですか天陽さま」
あきれるような声が聞こえた。
目を向けるとそこには茶を運ぶ私の近習、風貴がいた。 この女性のように整った顔の少年風貴は十四の私より二つ年上で、主従とはいえどもいつも一緒で兄弟のような存在だった。
「そうはいうが、いまだ戦乱は続いているんだ。 そう思うのもしかたないだろう」
「戦乱? 小さな戦や併合はありましたが、ここ数年は大規模な戦は起こっておませんが」
そう風貴は怪訝そうな顔でいう。
「戦乱は表だけで起こる訳じゃない。 裏ではいつも起こってるものだ」
「はぁ、それは、この国でもですか。 もしや......」
「ああ、私が【主座】《しゅざ》を狙っていると思うものもいよう」
私はこの国【天沼の国】《あまぬまのくに》を作った祖の末裔で、この国の統治者、前の主座の子であった。
「ですが、主座は天房さまになられて三年です。 それでもですか?」
この国の前主座の父であった天頼が病で逝去し、いまは父の兄、天房が主座となっていた。
「国の乱れが民まで伝わっているからな」
「......あまり滅多なことをいわれますな」
そう風貴が誰もいない屋敷の周囲を横目でみながら、言葉を制した。
「聞かれたとて、みんなわかっていることだ。 享楽にうつつを抜かして、まつりごとをないがしろにしている今の主座に、不満のあるものは多い」
「......それで天陽さまを推すものが宮中にいると」
「ああ、いたとしても私は望まないがな。 ただ邪魔だと感じる者はいるようだ」
「それはいましょうが...... まさか」
私は天辰宮でみた、細面で端正だが、つめたい目の貌を思い出していた。
「......天房さま、さすがに甥である天陽さまを害するとは思いませぬが」
「本来は優秀な方だったはず、なのになぜか変わられてしまった。 私はできるだけ俗世に関わりたくはないのにな」
(あんな思いはしたくない。 『まだ......』 そういえばあの時、そういったのは誰だったか......)
思いだせなかったが、満開の朱紅梅ごしにみえた曇る空のような不安が胸に去来していた。
「天陽さま。 健やかそうで安心いたしました」
そう次の日、家に訪ねてきた凛とした女性が頭を下げた。 それは最年少で武将となった細顆だ。 私と風貴とは昔から顔なじみだった。
「わざわざ細顆さまが顔をみせるなんて、どうしたのです?」
そう庭の掃除から戻ってきた風貴が不思議そうに聞いた。
「......ただ久しぶりに若君のお顔を拝見しに参っただけよ。 もう帰るわ。 風貴、若君のこと頼むわね」
そう細顆が微笑むと私の書いた文をもち、お茶もほどほどに帰っていった。
「なにか妙でしたね、それほど暇のある人でもなかろうに」
風貴はそう言いながら後をついてくる。 私たちは屋敷をでて、町へと買い物にきた。 多くの店が並んでいるが、商品はあまり数もなく、町は閑散としている。
(やはり国の状況はよくないな。 父の頃より税も高いから、取引が停滞している。 生活も苦しいのだろう、人々も生気のない目をしている)
横道に路地があり、ほったて小屋が並ぶ。 あまり衛生的ではなく、穴の空いた着物をきた幼き子供が指をくわえこちらをみている。
「だめですよ。 あなたは困っている人を不用意に助けるのだから、もはや家計も火の車です」
「ああ、わかっている......」
(国が徐々に疲弊しているのがわかる。 だが私は......)
「ですが文なんて珍しい、誰宛ですか?」
「まあ...... な」
「ま、まさか恋文...... あっ、今日は花をお摘みにならないのですか?」
花のある道を通りすぎると、風貴はきいた。
「ああ、花はもういいよ」
「もう飽きられたのですか、少し前に急に花を買ったとおもったらすぐ枯らしてしまって。 そのようなことだから天空などと陰口を叩くものがいるのです」
そう不満そうに風貴はいう。 天空とは中身がない、そういう悪口だそうだ。
「はははっ、だからこそ牢獄のような宮中から、自由なこの身になれたんだ。 天空で充分だろう」
「まあ...... それで天陽さまがよいならば、私は構いませんが......」
そういいながら風貴は不満げな顔をして、ただそう呟やいた。
(だが問題は、それが彼らに伝わってはいないということだ)
ふとみた空の日の光がかげるようにみえる。
「かなり帰りが遅くなりましたよ。 天陽さまがあっちこっちと歩き回るからです。 買い物ならば皆にご命じくだされば、すぐに買ってまいりますのに」
暗くなり月がでて照らしているあぜ道を歩いていると、風貴が不満げにいった。
(風貴は危険を考えているんだろう...... 襲われたら、さすがに決断せねばなるまいな)
「いいんだ。 買い物だけが目的ではないからな。 町の様子を見たかっただけだ」
「やはり、気になられるのですね!」
嬉しそうに風貴は顔をほころばせる。
「一応貴族として民から集めた税で生活をしているんだ。 民の生活ぐらいは気にすべき責任があるだろう。 とはいえまつりごとに関わるつもりはないよ。 必ず争いに巻き込まれる、それは民にとっても迷惑なだけだ」
そう言ってあるいた。 しばらく歩くと黙っていた風貴が口を開く。 月に雲がかかりあたりは暗い。
「......確かに、戦など上のものたちの勝手なふるまいは、民には迷惑でしかない。 しかし、上のもののまつりごとが正しくない場合は、民はどうすればよいのでしょうか......」
そうつぶやくようにいうと、風貴は立ち止まりこちらをみすえる。 月が雲に隠れ、風貴の表情はみえない。
(風貴は...... そういうだろうな)
風貴は幼き時、戦で家族を亡くしていた。 父が拾い、私の近習として共に育てた。 私などより民の苦悩をより知っているだろう。
(風貴が私の民への関わり方に不満があるのは仕方ない。 だが、まつりごとに関わるということは、政争になり戦を起こすということ...... それだけはしてはならない)
「私にまつりごとの才はない、そもそも誰も望んでもいない。 私でさえ」
そんな言葉でごまかそうと口を開いた瞬間、風貴は持ち物を捨て私の前にたち振り向く。 その手にはいつの間にか刀が抜かれていた。
「これは......」
なにもない道の暗がりに、雲がはれたのか人影がいくつかみえた。 暗くて形だけしかみえないのかとおもったが、人影は黒い装束に身を包んでいるらしい。 その手にはなにかをもっていて月の光で鈍く輝いた。
(刀か...... 刺客...... ついに直接来たか)
「何者だ......」
風貴の問いに、その影はなにもいわなかったが近づきながら、隠した頭巾の口もとがわずかに動いたようにみえた。
(くる!)
地面を這うような音がする。 いつの間にか何匹もの黒い大きな蛇が地面をぬうように近づいてきていた。
「風貴! 陰蛇だ!」
「わかっております...... お下がりを! いななけ! 吼爪」
風貴がそういうと影より、四本の足をもつ人よりも大きな緑の鳥が現れる。
「ピイィィイ!!」
そう吼爪は羽ばたいて鳴くと、地面にいく筋もの傷がつき、近づく何匹かの黒い大蛇を切り裂いた。 そして残りの蛇を捕まえようとして飛び付いた。
「くっ...... こいつこの若さで【坐君】《ざくん》を使えるのか! いくぞ!」
そうつぶやくと、黒装束のものたちは四人ほど迫った。
「............」
近づいてきたものたちは、風貴に刀を振るうが空をきった。
「なっ!?」
その俊敏な動きは、私も一瞬見失うほどのはやさで、風貴は一迅の風のように次々と刺客を斬り倒していく。
「くっ......」
奥にとどまっていた刺客の一人は、そのまま暗闇へと姿を消した。




