伝えられない想い
ヒーロー視点の過去回想話、その②
夜の野営地。
見張りの番は、この任より団長となった俺、同じく副団長となったクリス、そしてフレッドの三人だった。
パチパチと焚き火が爆ぜる音だけが静かな空気を割る。
「そういや、クリス。お前、なんで傭兵団に入ったんだ?」
暇を持て余したフレッドが、とうとう口を開いた。
クリスはぽつぽつと自分の経緯を話し始め、俺は横でそれを静かに聞いていた。
「色々あって家が立ち行かなくなったんだよ。ここは金払いが良かったんでかなり助かった」
そういえば、こうして腹を割って語り合う機会は今までなかったな、と気づかされる。
こういう時間も悪くないか、そう呑気に構えていたら――。
「団長様には無縁な話だろ。なんたって――貴族様だからな!」
フレッドが唐突に俺の素性を語った。
「おい、フレッド。余計なことを言うな」
思わず低い声が漏れる。
「団長が……貴族……?」
クリスは目を丸くしたあと、噴き出した。
「ぶふっ、似合わなっ……ハハハ!」
焚き火に照らされて、涙が出るほどに笑い転げている。
――こんなふうに笑うんだな。
ふと惚けて見とれてしまい、慌てて視線を逸らした。
居たたまれなくなった俺は、無言でフレッドをにらみつける。
「お詫びにクリスの秘密をひとつ教えます」
フレッドが大げさに咳払いし、おどけたように声を張り上げた。
「なんとクリス君には――女がいます!」
「女、だと?」
俺は思わず聞き返す。その声は無意識に低くなっていた。
クリスに……女? 恋人が……?
胸がざわつき、鼓動が速まる。
なぜだ。弟のように可愛がっていた相手が、自分に黙って女を作っていたことが許せない――きっとそれだけだ。
そう自分に言い聞かせる。
だがフレッドの矛先はすぐに俺に向かった。
恋人はいないのか、好きな女はいないのか、そして――
「好きなタイプとかはありますよね?」
「好きな、タイプ……」
言葉にしたとき、自然と視線がクリスに吸い寄せられていた。
興味津々といった感じに俺に向けたられた目と合ってしまう。
――ドクン。
慌てて視線を逸らす。心臓がやかましいほどに跳ねている。
なぜ、俺は。
「俺は見廻りに行ってくる!」
唐突に立ち上がり、その場を離れた。
冷たい夜風の中、歩いても走っても、先ほどの光景が頭から離れない。
胸の奥からあふれ出る想いを否定しようとすればするほど、余計に膨らんでいく。
もう、ごまかせない。
――俺は、クリスが好きなのか。
足を止め、思わず夜空を仰ぐ。
よりにもよって初恋の相手が男だなんて。
自分で自分に呆れる。
だが、政略結婚が待つ身だ。どうせ叶うはずもない恋なら――
女でも男でも、関係ない。
傭兵団の仲間として、少しでも長く同じ時間をすごせることを願うのみ。
だが願い虚しく、そう長くは続かなかった。
まるで待ち構えていたかのように、父からの手紙が届いたのだ。
「ほどなく終戦、宣言され次第直ちに帰還すべし」――。
その文面は短いながらも、こちらに拒否権などないことを物語っていた。
手紙にあった通り、ひと月も経たぬうちに同盟締結と終戦宣言が国から発表され、傭兵団の解散も決まる。
見計らったように家から馬車が手配されており、俺は明日ここを発つことになるのだった。
その晩、最後の宴が開かれた。
笑い声と酒の匂いでにぎわう中、俺はただ一人、心ここにあらずのまま杯を傾けていた。
発つ前にクリスに伝えたいことがある。だがどう切り出せばいいかわからず、言葉が胸の中で渦巻いていた。
そんな俺のもとに、クリスの方からやってきた。
何故だろう、その姿はいつもより輝いてみえた。
二人で他愛もない話をしているところに、フレッドがひょっこりと顔を出した。
酔っ払っているフレッドは、あろうことかクリスに密着する形で座った。
俺はすぐさま立ち上がってフレッドを引き剥がし、何食わぬ顔で席に戻る。
フレッドの問いかけで、それぞれの今後について話し始めた。
別れの時が刻一刻と近づいてるのを感じる。
俺はクリスの一挙手一投足を脳裏にやきつけようとした。
そのせいか、ついついフレッドにぞんざいに接してしまい、彼は泣きながら去っていった。
「うわーーん、団長も副団長も冷たいーー!」
俺とクリスは顔を見合わせて笑った。
そしてまた、二人だけの時間が訪れる。
これがクリスと話せる最後の機会かもしれない、そう悟った。
俺は意を決して、クリスに伝えた。
「クリス。お前と出会えてよかった」
「……僕もです」
握手を交わし、ただ静かにその言葉を噛みしめる。
この先、貴族の男と平民の男の人生が重なることはないだろう。
たとえもう会えなくなるからといって、男から想いを打ち明けられても、クリスを困らせるだけだろう。
ならばせめて良い思い出のまま、彼の記憶に残っていたい。
告白などしない。俺の想いなど胸にしまっておくほうがいいのだ。
「よし、もう湿っぽいのは終わりだ。今日はとことん飲むぞ!」
想いを振り切るように、俺は大きな声をあげた。
「はい、負けません!」
そう高らかと宣言したクリスは、あっさりと酔いつぶれてしまった。
クリスを彼の部屋へと運び、ベッドに寝かせる。
すやすやと寝息を立てるその顔を、俺はしばらく見守っていた。
出会った当初は、こんなにも長い時を共に過ごすことになるとは思わなかった。
「よく、頑張ったな」
起こさないようにそっと頭を撫でる。
あどけない寝顔をいつまでも見守っていたかった。
これではきりがない――名残惜しい気持ちを叱咤し、立ち去る覚悟を決める。
起きた時に驚かせぬよう、置手紙を残してクリスの部屋を後にした。
これが最後だと思うと、胸を締め付けられる。
だが振り返ることはなかった。