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秘密の多き妻

過去回想話が終わり、現在(結婚式の日)に戻ってきております。

 結婚式の最中に発覚した事実を受け止めきれず、私は現実逃避をしていた。

 どこか甘さと苦さをはらんだ過去の思い出に浸る。


 傭兵団が解散となったあの日、アランとはもう二度と会うことはないのだと、彼への想いは心の奥底に押し込めた。

 それがまさか、結婚相手として再会するだなんて……。


 誓いのキスの直前、相手がアランだと確信した瞬間に私は頭が真っ白になった。

 キスは問題なくできたのか、結婚式は最後までできたのか、その後どうやって部屋まで戻ってきたのか、何も覚えていない。


「奥様、準備が整いました」


 侍女のメリンダの声は右から左へと流れていき、頭にまったく入ってこなかった。


「何か必要なものはございますでしょうか。特になければ――」


 返事をできずにいる私に、メリンダの気遣わしげな声がふってくる。


「……奥様、緊張なさっていますか?」


 私はなんとか曖昧に頷いた。


「そうですよね、初夜ですものね。ですがきっと――」


 衝撃的な言葉を聞き取り、ガタンと音を立てて立ち上がる。


「しょ、初夜!?」


 遅れて意味を理解し、思わず叫んでしまった。


「えっ?えっ?……えーーーー!?」


 頭を抱えてうろたえる私に、メリンダは落ち着いた声をかける。


「奥様……ハーブティーでもお入れしましょうか」


「お、お願いできるかしら」


 座りなおし、差し出されたカップを震える手で受けとった。

 一口飲むと、少しずつ心が落ち着いていく。


 そうよ、私は今日、結婚したのだ。

 相手が誰かわからない時は、暴れてでも白い結婚に持ち込むことも考えていた。

 だが、アランとわかった今、その選択肢は完全に消え去っている。

 むしろ、初夜をきちんと迎え、いずれは彼の子を……。


 そんなことを考えているとき、ふと鏡に映った自分の姿が目に入る。


「な、なん、なんなのこの姿はーー!!」


「申し訳ございません、どこかお気に召さないところが?」


 メリンダが不安そうに尋ねてくる。


「この顔よ!化粧はどうしたの!?」


 鏡を指さし、私は必死に訴えた。


「長時間の化粧はお肌に悪いですから、最低限にしております。奥様は元が整っていらっしゃるので、薄化粧でも十分にお美しいかと」


「何を言ってるの!どうみても女装にしか見えないじゃない!」


 鏡に映った私の姿は、クリスが金髪の鬘を被ってるだけのようにしか見えない。


「じょ、女装ですか?奥様はそもそも女性ですよね……」


 メリンダは戸惑いの表情をしたが、私は譲れなかった。


「とにかく、しっかり化粧をしてちょうだい!結婚式と同じくらい……いいえ、それ以上でもいいわ!」


「……承知いたしました」


 メリンダはしぶしぶ道具を取り出し、念入りに仕上げ直してくれた。


「ありがとう、メリンダ……これならきっとあの方も私を女として見てくださるわ」


 しっかりと化粧が施された顔を見て、ようやく胸をなでおろす。

 この顔をみて、クリスと見間違う人はさすがにいないだろう。


「奥様は旦那様を歓迎してくださるのですね」


「当たり前じゃない!」


 きっぱりと言い切ると、侍女は目を瞬かせる。


「誤解なさっているのではと案じておりましたが、安心いたしました」


「ふふっ、大丈夫。あの方のことはよく知っているもの」


 メリンダは少し首を傾げつつも一礼し、退室した。


 一人になると、途端に不安が襲ってくる。

 先ほどまでは十分だと思えた化粧も、まだまだ足りないのではないかと疑心暗鬼になる。

 もし自分がクリスだとばれたらどうなるのだろう。

 伯爵家には世継ぎが必要なはずだ。でなければ、格下の貧乏貴族で評判の悪い娘と結婚するわけがない。

 正体がばれ、女として見られなくなったら……離縁もあり得る。

 

(そんなのは絶対嫌!完璧な淑女を演じきって、団長の妻の座を守るのよ!)


 決意を胸に灯していると、扉がノックされる。


「俺だ、入るぞ」


 低く落ち着いた声に、背筋が固まる。


「……はい」


 アランが入室し、私の方に一歩一歩近づいてきた。

 緊張が高まり、握りしめた手が汗ばんでいくのがわかる。

 結婚式の時は顔をほとんど見られずにすんだはずだ。

 落ち着いた状態でしっかり見られたら、一瞬で正体がばれてしまうかもしれない。

 最後の悪あがき、必死に視線を逸らして俯いた。


「いいか。俺がお前と結婚したのは――」


 アランは何か言葉を言いかけたが、私が顔を逸らしたままなことに苛立ったのだろう。突然声を低くして、問い詰めてくる。


「ひとが話しているというのに、その態度は何だ」


 久しぶりに浴びた、アランの威圧。

 普通なら震えあがるところだが、私は場違いにも懐かしさに笑みを漏らした。


「……舐めるなよ」


 次の瞬間、顎をつかまれ、強制的に顔を上げさせられる。

 至近距離で目が合った瞬間、呼吸が止まった。


 何かに驚いたかのように、アランの目が見開く。

 そして、気づいたときには私はベッドに押し倒されていた。


「くっ……これが悪女の術なのか……騙されるな……」


 彼は目を閉じ、何かを振り払うかのように呟いている。

 自分の置かれている状況に、頭が追いつかない。


「だ、だん……」


 反射的に声が出てしまい、私は慌てて口をつぐんだ。何という失態。


 (団長なんて呼んだら、クリスですと名乗るようなものじゃない!)


 先ほどの声に反応するかのように、アランの閉ざされていた目がゆっくりと開いた。


 私は何か打開策がないかと、涙目になりながら思考を巡らせる。


「旦那様……」


 渾身の誤魔化しだった。

 どうかばれていませんように、そう思いを込めてアランを見つめる。


 一瞬後、唇を塞がれた。

 ばれていない、むしろこれは、妻として合格を貰えたということだろうか……。

 何度も繰り返される口づけに、息継ぎの仕方がわからない。


 必死に息を整えながら、どうしても伝えておきたいことを告げた。


「服は……脱がさないでください……」


 高級なクリームにより、傭兵の時についた傷は薄っすらとしてきたが、完全に消え去ったわけではない。

 令嬢にあるまじき鍛え上げられた筋肉も、ナイトドレスに守られていなければならない存在なのだ。


 アランの返事はなかった。

 けれど、先ほどの言葉で、彼の瞳の奥がいっそう揺らいだ気がすする。


 ――こうして初夜はつつが無く完了した。


 アランが去り、部屋に一人取り残された私は、襲いかかる眠気の中で過去を思い出していた。


 彼と剣の手合わせをし、悔しくも負けてしまったあの日のことを。


「勝敗あり。俺の勝ちだな」


 アランが手を差し伸べてくる。


「絶対僕より消耗してるはずなのに……ちくしょう……」


「ふん、鍛え方が足らんのだろう」


「この……体力お化けめ……」


 そして私は、夢の世界へと旅立った。

明日は昼夕に更新予定です!(*ᴗˬᴗ)⁾⁾ペコリ

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