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深まっていく絆

ヒロイン視点の過去回想話、その②

「くそっ……また負けた……!」

 フレッド――私より少しだけ先に入団していた先輩団員が膝をつき、剣を地面に突き立てて降参する。


「はんっ、僕に勝とうなんざ十年早いんだよ」

 私は胸を張って言い放つと、フレッドは悔しそうに歯ぎしりをした。


「はぁ? 入ったころはボコボコにやられてたくせに!」

「そうだっけ? 記憶にございません」

「この野郎……!」


 わざとらしく肩をすくめて見せると、周りの団員たちが笑い声をあげる。

 かつて誰よりも弱々しかった自分が、いまでは仲間を打ち負かすこともできるようになっている。

 すべては毎日欠かさずに鍛錬を続けた結果だ。その事実が嬉しく、誇らしくもあり、自然と笑みがこぼれた。


「クリス、随分と力が有り余ってるようじゃないか。俺が相手をしてやろう」

 感慨に浸っていると、低い声が飛んできた。振り向けば、副団長アランが腕を組んで立っている。


「副団長……! よろしくお願いします……!」


 木剣を構えた瞬間、容赦ない一撃が振り下ろされる。反射的に身をひねり、かろうじて避けた。

 腕に伝わる衝撃の重さに、思わず舌打ちする。やはり力勝負では勝てない。


 だが二年以上の修練は、力不足を補う術を教えてくれた。

 剣筋を受け流すようにずらし、足運びで間合いを詰め、隙を狙って突きを放つ。


「させん」

 アランは最小限の動きで防ぎ、逆に反撃を仕掛けてきた。


「ちっ……防がれたか!」


 激しい剣戟が幾度も交わされる。

 以前なら一撃で終わっていたはずの勝負が、互角に近い形で続いていた。

 だが、最後は持久力の差がものを言った。


「ぐっ……!」

 足がもつれ、私は地面に倒れ込む。


「勝敗あり。俺の勝ちだな」

 アランが手を差し伸べてくる。


「絶対僕より消耗してるはずなのに……ちくしょう……」

「ふん、鍛え方が足らんのだろう」

「この……体力お化けめ……」


 悔しさをにじませると、アランはわずかに口元をゆるめた。

「だが、随分と持つようになったな。強くなったじゃないか」

 その一言が、胸に深く刻まれた。


 ――その夜。


 作戦室へ向かう途中、後ろからがっしり肩を抱かれた。

「クリス~、俺、見ちゃったんだよな~」

 にやついたフレッドの顔が目の前に現れる。


「は? 急になんだよ?」


「この間お前の部屋に支給品届けてやっただろ? その時になぁ?」

「……何だよ。もったいぶらずにさっさと言えよ」


「長~い金色の髪の毛、落ちてたぜ?」


(やばっ! 染め残した毛が落ちるのを見られた……!?)

 心臓が飛び跳ねる。


「お前、女を連れ込んでるんじゃないのかぁ?」

「えっ……」

(ばれてなかった! ……けど、とんでもない誤解されてる!?)


「金髪ってことはいいとこのお嬢さんか? やるじゃねぇか~」

「は、ははは……誰にも言うなよ、恥ずかしいから!」

 女性だと気づかれていないのは幸いだった。

 ごまかし笑いでやりすごし、逃げるように作戦室の中へと駆け込む。


 しばらくすると、団長ハロルドが厳しい表情を浮かべて入ってきた。


「皆の者、次の任務が決まった」

 低く響く声に、場がしんと静まり返る。


「隣国との戦況が劣勢に傾きつつある。我々も援護に加わることになった。恐らく今までで一番過酷な現場になるだろう。いつ終わるかも不透明だ」


 淡々と述べられる言葉に、誰もが息をのむ。


「そこでだ」

 ハロルドは少し間を置き、重々しい雰囲気の中、決意するかのように切り出した。


「儂はもういい年だ。現場を引っ張っていくには、もっと若いやつがふさわしい」


 ざわめきが広がる。


「アラン……お前が団長になれ。これが儂の最後の団長命令だ」


 一瞬の沈黙ののち、アランが深く頷いた。

「……わかりました。副団長はどうするつもりで?」


「お前が適任と思う者を言え」


 アランはわずかに目を細め、私を見据えた。

「では……クリス、彼を副団長に推します」


「は?! な、なんで僕が……!」

 思ってもみなかった指名に、声が裏返りそうになる。

 作戦室にいた全員の視線が一斉に私に注がれた。


 ハロルドが周囲をぐるりと見渡す。

「反対する者はいるか?」


 きっと、皆反対するに違いない。しかし――

 予想に反して、誰一人口を開こうとしなかった。


 やがてハロルドは満足げに頷いた。

「では、新団長アラン、新副団長クリス。これよりこの団を頼んだぞ」


 重い沈黙のあと、仲間たちから「おおおっ!」と声があがった。

 私は呆然としながらも、その声に胸を突かれるような熱を感じていた。


 仲間と築いてきた時間が、確かに形となった瞬間だった。


 ◆


 夜の野営地。遠くで戦の音がかすかに響く中、私たちは小さな焚火を囲んでいた。

 ぱちぱちと薪がはぜ、炎の明かりが団長アランとフレッドの顔を照らし出している。

 見張りの番で残ったのは、この三人だけだった。


「そういや、クリス」

 火をつつきながら、フレッドがにやりと笑う。

「お前、なんで傭兵団に入ったんだ?」


「それは……金のため」


「なんだそれっ!」

 フレッドが馬鹿にするように言った。


「仕方ないだろ。色々あって家が立ち行かなくなったんだよ。ここは金払いが良かったんでかなり助かった」

 誰に何と言われようと、家族のためになっているのだから気にしない。

 私はなんでもないことのように語った。


「ま、まぁ、人それぞれってやつだな」

 フレッドは肩をすくめると、ふと横目でアランを見た。

「そこにいる団長様には無縁な話だろ。なんたって――貴族様だからな!」


「おい、フレッド。余計なことを言うな」

 アランの低い声が焚火にかき消されるように落ちる。


「いいじゃないっすか。夜は長いんですから」


 私はぽかんと口を開いた。

「団長が……貴族……?」


「なんだ、文句があるのか」

 鋭い眼光を向けられ、背筋がぴんと伸びる。


「文句はないですけど……ぶふっ、似合わなっ……ハハハ!」

 笑いをこらえきれずに吹き出してしまった。

 だって、豪快で不器用で、体力お化けのアランが「貴族」だなんて――。


「団長、なんかすいません」

 お腹をかかえ笑い続ける私を目にし、フレッドがおどけてアランに頭を下げる。

「お詫びにクリスの秘密をひとつ教えます」


「はっ?! なんで僕のを……!」

 突然の展開に、先ほどまで止まらなかった笑いが消し飛んだ。


「俺には隠すようなことないんでね」

 フレッドは大げさに咳払いすると、にやにや笑って言い放った。

「なんとクリス君には――女がいます!」


「言うなって言っただろ!」

 まさかこの話題が蒸し返されるとは。私は真っ赤になって声を張り上げた。


「言わないとは言ってねぇ」

 フレッドは焚火越しに舌を出す。


 その瞬間、ひやりとした空気が走った。

「女、だと?」

 アランの声が、夜気よりも冷たく響いた。


「えっ、と……団長だって、一人や二人いるでしょう?」

 フレッドはしどろもどろになりながら、なんとか会話を続けようとする。


 私は思わず考えた。

 アランならきっとモテるはずだ。

 鍛え抜かれた体、鋭い剣さばき、仲間思いの人柄――冷徹に見えて、実は情に厚い。

 だから当然、女のひとりやふたり……。

 なぜか、胸がちくりと痛んだ。


「いるわけないだろ。不潔な! そんな暇があるなら鍛錬しろ」

 アランは吐き捨てるように言った。


 その言葉を聞いた瞬間、私は――ほっとしていた。

 えっ、なんで? どうして安堵してるの、私……。

 これじゃまるで――。


 私が混乱している間にも、フレッドはめげずに問いかけを続けていた。

「不潔って、大袈裟だな~! 好きな女性くらいはいるでしょう?」


「いない」


「……じゃあ好きなタイプとかはありますよね?」


「好きな、タイプ……」

 アランの声が一瞬、途切れる。


 焚火の影が揺らめいた。

 気づけば、彼の瞳と私の瞳がかち合っていた。

 心臓が跳ね、呼吸が詰まる。

 次の瞬間、アランはものすごい勢いで視線をそらした。


「俺は見廻りに行ってくる!」

 アランは立ち上がると、そのまま夜の闇に消えていった。


 火のぱちぱちという音だけが残される。


「……団長、どうしたんだろうな」


「フレッドがしつこいせいじゃないか?」

 戸惑うフレッドに、冷静を装って答えた。


 ――胸の奥に渦巻く、このざわつきはなんなんだろう。

 まだ自分でも答えを出せないまま、私は燃える炎を見つめ続けていた。

お読みくださりありがとうございます。

土日は2話ずつ更新予定です!

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