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夫婦の答え合わせ

本日2回更新予定です。

 キースと他愛もない話をしながら、夜が明け始めた頃――


「母上! ルー! クラリス、無事か!? 返事をしてくれ!」

 アランの必死な声が屋敷に響き渡る。


「アラン、こっちだ! みんな無事だ!」

 キースは声を張り上げ、居場所を伝えた。

「……って、俺の心配はないのかよ」

 自分の名前が呼ばれなかったことに気づき、キースは頬を膨らませた。


「キース! 状況はどうなっている!?」

 駆け込んできたアランは、不安をにじませて問いただす。


「賊は縄で縛って向こうの部屋に閉じ込めた。あと、みんな休んでるから声のボリュームは落としたほうがいいかも……」


「おぉ、そうか! キース、よくやった!」

 アランは力強くキースの肩をバンバンと叩いた。


「いや、実は俺、すぐに捕まっちゃって……役立たずだったんだ」


「なに……?」


「仕方ないだろ! あんな数、俺ひとりで相手にできるかよ!」


「だから真面目に鍛錬しろと言ってるんだ。……痛い目を見ないと分からないらしいな」


「待ってくれ! この前死ぬほど殴られただろ!? それよりも、みんなを助けたのはこっち!」

 キースがそう言って親指で私を指し示すが、私は彼の陰に隠れようと必死だった。


「君たちちゃんと話した方が良いと思う。……ということで、あとは頼んだ。俺は休む!」

 それだけ言うと、キースは逃げるように慌ただしく部屋へ引っ込んでしまった。


(ど、どうしよう……今の私、化粧してないのに!)


 アランが来てくれたという喜びよりも、正体がバレるかもしれない危機に私は震えていた。

 突然の襲撃を対処できたことに満足し、この展開は予想していなかったのだ。

 今さらメリンダに化粧してもらうことはできない。これはもう、腹をくくるしかない……。

 開き直ってアランを見据える。


「礼が遅くなってすまない、あなたが助けてくれて――……え?」

 アランの声が途中で止まり、呆然と私を見つめた。


「クリス……!? なんでお前がここに……」


「なんでって……それは……」

 言葉に詰まるが、沈黙に耐えられず、やけになって叫んだ。


「団長の妻だから!」


 アランはぽかんと口を開けて固まっているが、私は勢いのまま続ける。


「本当は女だけど、男装して傭兵団に入ったの!家に帰ったら結婚相手が決まってて、嫁ぎにいったらまさかの団長で……。ずっと騙しててごめんなさい!」


「え……クリスは女で、俺の妻……クラリス? だが髪の色が――」


「この髪色、平民には滅多にいないだろ?念のためずっと染めてたんだ。染め残しがあったみたいで、その抜け毛をフレッドに見られた時はかなり焦ったな……”クリスには女がいる!”って斜め上の想像にいきついたみたいだけど」


「あの時の話、そういうことだったのか!……本当にクリスなんだな」

 焚火を囲んで話したときのことを、アランは覚えていたようだ。


「バレないように気をつけてたとはいえ、その反応はちょっと悲しいんだけど!」


「いや……クラリスがクリスに重なって見えることは、よくあった。だが、てっきり悪女の術か何かで……好きな人に見えているんだと……」


「す、好きな人!?」


 アランが「しまった」と言わんばかりに口を閉ざす。

 私の顔は一気に熱を帯び、真っ赤に染まった。


「じゃ、じゃあ……団長の想い人っていうのは……」


「お前のことだ。……というか、なぜ俺に想い人がいるなんて知っている」


「キースに言われたんだ。“団長には想い人がいるから勘違いするな”って。それでショックで大泣きしちゃって……」


「なっ……あいつ勝手に……! ……ショック、というのは……その、自惚れていいのか」

 アランの声がかすかに震えている。

 私はこくりと小さく頷いた。


 すれ違っていた二人の想いが、ついに通じ合った。

 どちらからともなく抱きしめ合い、互いの心臓の鼓動だけが、静寂の中で響いた。

 ――ようやく、ふたりは本当の意味で夫婦になれたのだ。


 ◆


 視線を感じて目を開けると、アランがこちらを見ていた。


「おはよう」

 今まで聞いたことのないほど柔らかく優しい声色にどきりとし、思わず視線をそらす。

 代わりに飛び込んできたのは、アランの逞しい胸板。

 がばりと寝返りを打ち、一呼吸おいてから返事をした。

「お、おはよう」


「なんでそっち向いてるんだ?」

 アランの不満そうな声が聞こえる。


「だって、いつもすぐいなくなってたじゃん。起きても隣にいるの、慣れないんだよ!」


「……すまなかった。悪女に絆されまいと、必死だったんだよ」


 私は顔だけを向け、ジロリと睨む。

「やることやっといて、絆されてなかったんだー……?」


「あけすけに言うなよ! そういえばその口調……」


「あら、うっかり。三カ月で必死に身につけたんですの。それはそれは大変でしたのよ」


「俺と二人きりのときは好きにすればいいさ」


「……それで、私に全く絆されてませんの?」

 にっこりと笑みを浮かべて問いかける。


「仕方ないだろ。クリスと重なったんだから」


「まぁ、本人ですからね!」


「なんでそこで得意げになるんだよ」

 アランは優しく、額にデコピンを落とした。


「いたっ!」

 私がきっと睨むと、なぜかアランは笑みを浮かべている。


「何笑ってんだよ!」


「いや……怒った顔もかわいいなと思って」


「は、はぁ!? 団長の趣味おかしいんじゃないの!」


「それをお前が言うなよ。……あと、もう団長じゃない。団長呼びは禁止だ」


「じゃ、じゃあ……だ、旦那様?」


「っ、その呼び方は駄目だ。アランと、普通に名前で呼べ」


 ちょうどそこへ、侍女メリンダの声が響く。

「旦那様、奥様、朝食の準備ができました。いかがなさいますか」


「ありがとう。支度を頼む」


 二人で食卓につく。

 夫婦となって以来、初めて共にとる朝食。

 何気ないことだが、胸が温かくなる。


「そういえば……お仕事は大丈夫なのですか?」

 いつもならアランはとっくに家を出ていた時間のはずだ。


「あぁ。そのことなんだが――」


 その時、執事が一礼をしやってきた。

「旦那様、フィル様とキール様がいらしております」


「ちょうどいい。通してくれ」


「キール、クラリス殿、おはよう」

「おはよ〜」

 アランの側近の二人――フィルとキールが現れた。


「食事中だったか、すまない」


「いや、お前たちに話がある。俺は今日から休暇を取ろうと思う。後始末は二人に任せたい、いいな?」


「それは……」

「えーっ!! 急すぎるよ!」


「新婚なんだから休みをとれと言ったのはお前たちだろ」


「そうだけどさ! タイミングってものが……」


「キールは今回役立たずだったのですから、汚名をそそぐ良い機会なのでは?」

 事の成り行きを見守っていた私だったが、ここぞとばかりに優しく微笑んで言った。


「クラリスちゃん、追い打ちかけないで!」


「そもそも、アランに敵わないのは仕方ありませんが、私より弱いなんて……訓練不足ではなくて?」


「いやいや! クラリスちゃんがおかしいんだって! どうやったらそんな強くなっちゃうのよ!」


「アランに指導してもらえば、私くらいすぐになれますわ。そうよね、アラン?」


「そうだな。剣を握ったこともなかったクラリスがあそこまで強くなれたんだ。キースがその気になれば、できないはずがない。休みの後で、たっぷりしごいてやるから覚悟しろ」


「鬼だ! 鬼が二人もいる!」

 わざとらしくぷるぷると震えているキース。


「……二人は、いつの間にそのような仲に?」

 静観していたフィルがぽつりと問う。


「いつって……」

 アランとクラリスは顔を見合わせ、同時に笑った。


「それは夫婦の秘密だ」

 アランが真面目な顔で答える。


「とにかく、そういうことだから後は頼んだぞ」


「はぁ〜もう! わかったよ! フィル行こう、俺たち邪魔者みたいだ」


「失礼します」


 二人が出ていくのを見届けると――


「邪魔者はもういなくなったな」

「ふふ……そうだね」


「せっかく休みをとれたんだ、二人で出かけよう。どこか行きたいところはあるか?」


「行きたいところかぁ……」


「ちなみに、君の実家には行くつもりだ。勝手に式を挙げたこと、謝罪しなければならない……」


「あー! このドタバタで忘れてた! 絶対怒られるよ!」


「誠心誠意、謝るしかないな」

 アランは苦い顔をした後、ひと際真剣な表情を見せた。

「……結婚式は改めて挙げ直させてほしい」


「え、もう一回やるの?」


「俺の素敵な妻を、みんなに見せびらかしたいからな」


「そ、そう……アランがどうしてもっていうなら、いいけど……」


 二人の会話は、これまでのすれ違った時を取り戻すかのように、尽きることはなかった。

 仲睦まじい夫婦の様子に、グレイヴズ邸の住人全員が、静かな喜びを分かち合う。

 窓の外では、陽光がきらめき、二人の未来を祝福しているかのようだった。

次話、ついに最終話です!

あと少し、お付き合いいただけますと幸いです(*ᴗˬᴗ)⁾⁾ペコリ

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