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内緒の稽古

 半泣きになりながらもとにかく歩みを進めていると、少し遠くから声が聞こえてきた。

 心細かった私は、すがるような思いでそちらへと向かった。


 声のする方へ向かっていくと、やがて広場のような場所にたどり着いた。

 その片隅には、背の高い青年とまだ幼い少年と思われる姿が見える。

 少年は気合を入れるような声をあげ、不釣り合いなほど大きく重そうな木剣を必死に持ち上げようとしていた。だが、刃先はわずか数センチ浮いただけで、すぐに地面に落ちてしまう。

 側にいる青年は困ったように腕を組み、その様子を見守っていた。


 ――あれは、一体何をしているのだろう?

 好奇心を抑えきれず、思わず声をかけてしまった。


「ごきげんよう、何をしているのかしら」


「あなたは……」

 青年は私の胸元のブローチに目を留め、私が何者かを理解したようだ。


 少年がこちらを睨みつけ、声を張り上げる。

「見てわかるだろ!剣の稽古をしてるんだ!」


「剣の稽古ですか……。差し支えなければ、何のためにしているか教えて下さる?」


「俺の兄上は素晴らしいお方だ!それを誰も理解してないせいで、悪女なんかと結婚するはめになったんだ……立場上どうしても断ることができないって。だったら俺が兄上にかわって、その悪女を倒してやる!そのために、強くなるんだ!」

 言った瞬間、隣に立つ青年の顔が見る間に青ざめていく。

 私は彼に首を振り、問題ないと合図をする。


 私は少年――アランの弟であるルシアンを見つめ、大袈裟に肩をすくめてみせた。

「まぁ……私、倒されちゃうのね」


「!!お前……悪女か!」


「ご挨拶が遅れました。その悪女です。アラン様の妻、クラリスよ。よろしくね」

 私はルシアンに向け、できるだけ優雅に見えるよう、慎重にカーテシーを披露する。


「な、なれなれしく兄上の名を呼ぶな!悪女め!」


 怒りで顔が真っ赤になっているルシアンに、私は微笑みながら問いかける。

「悪女から一つだけ宜しいでしょうか。ルシアン様は剣の稽古をなさっていると仰いましたが、その大きな剣……体格に合っていないのでは?それでは上達するのは難しいかと……」


「うるさい、悪女に何がわかる!俺は兄上みたいになるんだ!兄上は大きな剣をなんなく使いこなしてるんだぞ!」


「私もあちらの木剣を勧めたのですが……ルシアン様はどうしても譲らず」

 青年が困ったように補足する。その視線の先には、小ぶりで扱いやすそうな木剣が置かれていた。


 ――アランに憧れる気持ちはよくわかる。だが、人には向き不向きがある。

 私は傭兵団で、それを痛いほど学んだ。

 おせっかいかもしれないが、見過ごすことはできなかった。


「アラン様が素敵なのは同意見よ。でもね……」

 私はルシアンが振ろうとしていた大きな木剣をひょいと取り上げる。

「ちょっと、この剣を借りるわね」


「な、なにするんだ!」


「いいから見てなさい」


 私は木剣をよいしょと肩に担ぎ、青年へと向き直った。

「剣のお師匠様?今から私がこの剣を振り下ろしますので、受けていただけますか」


「承知いたしました。――夫人、私はマークと申します」


「ではマーク様、いくわよ……ハァ!」

 私は全身に力を込め、大きな木剣を振り下ろした。


 ガンッ、と乾いた音が響く。

 マークはしっかりと防ぎ、衝撃を受け止めてくれていた。


「夫人、お見事です」

 にこやかにマークが言った。


「次は、こっち……」

 私は小ぶりの木剣を手に取り直す。


「では、いくわよ」

 一気に間合いを詰め、迷いなく剣先をマークの首元に突きつけた。


「……ま、参りました」


「す、すげぇ!今、なにがおこったんだ!?」

 ルシアンの瞳がまん丸に見開かれている。


 マークは額の汗を拭いながら呻いた。

「夫人が近づいてきたのはわかったのですが……到底、対処が……」


「ルシアン様」

 私は剣を元あった場所に置き、穏やかに語りかける。

「武器は、使いこなせるものでなければ意味がありません。大きな木剣では、今のあなたには持ち上げるのがやっとでしょう。でも小ぶりな木剣なら――」


「姉上みたいに、俺も強くなれるのか!?」

 ルシアンの目がきらきらと輝き、全身から意欲があふれているのが見て取れた。


「あなたが毎日コツコツ頑張れば、ね。功を焦ってはだめよ。反復練習は単調で退屈に思えるかもしれないけれど……続ければ、剣はあなたの身体の一部のようになるわ」


「俺、頑張るよ!」


「私を倒せるように?」

 私は少し肩をすくめ、揶揄うように言った。


「それは……その……姉上を守れるように!」

 ルシアンは頬を赤らめながら、決意をするかのように宣言した。


「ふふふっ。頼もしいこと」

 実弟マティアスと姿が重なり、自然と笑みがこぼれる。


 その時、遠くから自分を呼ぶ声が響いてきた。


「……いけない! あの、ルシアン様、マーク様。今のことはどうか内密に」


「かしこまりました。……それと、私のことはどうかマークと呼び捨てにしてください。夫人に様をつけられるほどの人間ではございませんので」


「お、俺のことはルーって呼んで!でもなんで内緒なんだ?すごいかっこよかったのに!」


 私は慌てて唇に指を当てた。

「妻が男勝りなんて知られたら、アラン様にがっかりされてしまうわ。お別れを言われてしまうかも……アラン様の妻でい続けるためには、私は完璧な淑女でいなきゃいけないのよ。……だから絶対、内緒にしてくれる?」


「わ、分かった!約束するよ!」


 その時、メリンダが駆けつけてきた。


「クラリス様!こちらにいらしたのですね!」

 声色から心から安堵しているのがわかった。


「ごめんなさいメリンダ……あんなに迷子にならないって豪語していたのに、私……」

 情けさと申し訳なさで、声がどんどん小さくなってしまう。


「いえ、やはり私がご一緒すべきでした。さぁ、お屋敷へ戻りましょう」


「待って姉上!また会える……?」

 メリンダに促されて歩き出そうとすると、ルシアンに呼び止められた。

 不安げな姿に胸を打たれる。


「それは……。メリンダ、またここに来てもいいかしら」


「……旦那様にお伝えしてみましょう」


「お願いね!ルー、許可がもらえたらまた来るわ。次はもっと強くなったあなたを見せてね?」

 微笑みながら言うと、ルシアンの曇っていた表情がぱっと明るくなった。


「うん、約束だよ!」


 ルシアン達に手を振り別れ、メリンダと共に屋敷へと向かう。


 戻る道すがら、メリンダがぽつりとつぶやいた。

「ルシアン様と打ち解けられたのですね。我々使用人にはなかなか心を開いてくださらず、手を焼いていたのですが……」


「弟がいるからかしら。マティとは違うけれど、ルーもかわいい子だわ。それにしても……ルーは一人で離れに住んでいるの?寂しくないのかしら」


「本来なら大旦那様と大奥様がご一緒に。しかし、今はご旅行で留守なのです」


「まあ……義父様と義母様にご挨拶できないと思っていたら、ご旅行だったのね」


「……そのこともお聞きになっていなかったのですか。旦那様は一体なにを……少々、奥様への配慮に欠けているのでは」

 メリンダの表情には、不満の色が覗いている。

 味方になってくれているようで、うれしかった。


「仕方ありませんわ、急に決まった結婚ですもの」


 私は思い浮かべる。慣れない仕事に必死で取り組むアランの姿を。

 きっと今頃、頭を抱えながらも奮闘しているのだろう。


 その情景を胸に描き、思わずふわりと笑みをこぼした。

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