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 声が出なかった。自己紹介はとっくの昔に済ませていたし、互いによく知っている仲間だった。だがそうは思えなかった。

 衣原の運転する車にのって綾が異変を感じ取ったのはそれからすぐ後だ。


 結婚式に車で行くといって、いまが福島のあたりだった。


 綾の中で、ここ数日、現実と空想のタガがぶっ壊れて、両者が一緒くたになっていた。そしてドライブのさ中、おそろしいこと――怖れていたこと――が起こった。衣原が一瞬ののちに何者かに変質したのだ。


 「ここで、もういいから、降ろしてよ」


 衣原は車を停めてはくれなかった。高速だったからだし、それに夜中だった。だが綾にはもっと深い事情が絡んでいるように思えた。


 さらに進み、車は横浜のコンビナートの辺りに来た。衣原の姿をミラー越しに見ると映っていない――ように見えた。


 当然だが、綾は神も悪魔ももうとっくに受け入れている(悪魔の比重が多かったが!)。だから鏡に何か大切なものが映っていないくても、それを受け入れる素養は出来ていたのだ。


 とはいえ、そうしたものをこの目で見るのは初めてだった。


 綾はそうした現実をもろもろ受け入れることにした。口答えも詰問もすることは良しとしなかった。すると衣原の方から、

 「気づいた?」

 と、いう。


 え、マジで?


 綾はドキッとしたが「なにが?」と、震える声で返した。

 「俺さ、悪魔なんだよ」

 「へえーそう」

 綾はふるえる頭で(ついに来た!)と思った

 「今週のノルマは三人なんだ。もう二人『どん底』に送ったけど、あともう一人送らないと上に怒られちゃう」

 「そんな」(きたきたきたきた!)

 「『やつら』のこと、教えようか、タダでいいよ」

 綾はふいに気づいて、かっとなって叫んだ。

 「それより、衣原くんはどこやったのよ? ………かえしてよ!」

 「くっちまった。奴の魂は、おれの腹の中さ」

 「そんな……」

 運転は続いていた。車内には走行音とエアコンの静かな音がするのみ。世界は何も変わらなかった。綾がもうすぐ泣くぞというところで、衣原がおもむろに口を開いた。


 「……かかった?」


 かくして夜が明け、長いドライブのうちに再び朝日が昇ってきた。

 いつしか街は朝日に包まれていた。闇は晴れ、視界は隅々まで日中の光で照らされていた。横でけらけら嗤っている衣原を見て、綾はなんてばかなんだろうと思った。ばかすぎてさ……、悩みとかもう、宇宙の果てまで吹き飛んでいっちまった……。

 お互いにメッセのやり取りを一番よくする相手だぐらいの関係性でしかないけれどさ。

「ばっかやろう」

 綾は、本心から言った。心からそう言い合えることの、相手がいることの、幸せをかみしめながら。

【了】


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