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月の巫女と嵐の獣〜戦乙女の少女は悪鬼と呼ばれた少年に恋をする〜  作者: 朝倉
三章

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私、怒っているの

「アストリッド!」


 ロキとイヴァンは同時に叫んだ。


 しかしその次の行動はまるで反対だった。ロキはネズミの少女からダガーを奪い取ろうとしたが、メルヴィは自分の胸を刺した。イヴァンは崩れ落ちたアストリッドの身体を受け取った。


 いつのまにか嵐が止んでいた。


 ロキはぐったりとしたメルヴィを見て、歯噛みした。上手く騙されたと、そう思ったのだ。


 監視役はヴェルネリのはずだったが、ネズミの少女はいわゆる保険だったのだろう。


 死にかけのジジイ。


 ロキが称した組織のボスはとんだ狸ジジイだったらしい。組織に飼い慣らされたネズミは何だって言うことをきく。たぶん、ロキよりも。


 エルムトにはかつて組織を裏切った白鬼のレムがいる。

 メルヴィはロキとヴェルネリに捨てられた時点で、組織には戻れないと悟っていたのだろう。それでも命令には忠実に従う。


「アストリッド……」


 自害してもなおダガーを離さないメルヴィを置いて、ロキはアストリッドに駆け寄った。イヴァンの腕のなかで眠る彼女は、養父の声にまるで反応を示さなかった。


「傷はそう深くない。このくらいならまだ間に合う。だが……」


 ロキはイヴァンの顔を見た。アストリッドの養父が悲痛な面持ちでいる理由をロキは知っていた。


「俺のダガーには毒が塗ってあった。でも、人の命を奪うほどの毒じゃない」

「そうだな……」


 イヴァンはロキの視線から逃れるかのように、ただ愛娘を見つめていた。ここでこうしている場合じゃない。ロキは声をつづける。


「先生は? レム先生なら、アストリッドを治してくれる」

「あいつは別件だ」

「別件?」


 つまり近くにはいないというわけだ。

 そのとき、祈りの塔からふたりが降りてきた。エリサとユハ。いまのロキは得物をひとつも持っていない状態だ。牙を抜かれた獣さながらに弱っているように見えたのだろうか、エリサは憐れむような目でロキを見た。


「エリサ。アストリッドが……」

「落ち着いて、兄さん。そこの坊やのせいじゃない。ここを見て。ほら、噛み跡があるでしょう?」

 

 はっとして、ロキもエリサの指差した方を見た。

 アストリッドはメルヴィに腹部を刺されていたが、首筋にも妙な跡が残っていた。子どもの歯形だった。


「たぶん、奥歯に毒を仕込んでいたのだわ。自分でいつでも死ねるように。……それが組織のやり方でしょう?」


 冷えた目でエリサはロキを見つめる。さっきこの女はロキを坊や呼ばわりした。だが、頭に血が上って己を見失っている場合じゃない。ロキは拳を収めてふたりのやり取りを見守る。


「エリサ、どうすれば救える?」

「毒なら、クロエ様に耐性を付けてもらったはずだわ。でも、それを上回るほどの量なら」

太陽の巫女(ベナ・ソアレ)はアストリッドにも……?」

「イヴァンもむかしクロエ様に助けてもらったのだから、感謝しないとね」


 話の筋が見えないロキはただただ苛々した。ふと視線を感じて顔をあげれば、ユハと目が合った。落ち着いているようで、しかし焦りを隠せないロキを嘲笑っていたのだろうか。ユハはすっと笑みを消した。


「ごたくはどうだっていい。あんたたちのせいでアストリッドは死にかけてる」

「あら? おかしなことを言うのね、坊や。()()()()()()()、でしょう?」


 素手でもいける。


 一瞬、ロキはそう思いかけたがやめた。戦えない身体になったイヴァン、三年前に簡単にロキの攻撃を食らったユハ。それより得体の知れないのがエリサだ。三対一ならさすがに分が悪すぎる。


「ねえ、助けてあげようか?」


 皆が同時に黒髪の少女を見た。


「お前は本土の使者?」

「ユスティーナだよ。でも、ティナでいい」


 そう言えばアストリッドもそう呼んでいた気がする。気の置ける友人なら呼ぶのだろうが、あいにくロキはそこまでユスティーナと親しい仲ではない。


 吹雪が収まったためか、ユスティーナはフードを取って素顔を晒している。青紫色の眼が、ロキを見てイヴァンを見て、それからユハを見て最後にエリサを見た。


「僕とエリサの力でアストリッドを治すよ。でも、体内に回った毒はどうにもならない」


 じゃあ、どうしようもないじゃないか。


 反論する前にユスティーナは笑んだ。せっかちなロキが可笑しかったのかもしれない。


「あとはユハに頼めばいいよ。ユハと君。ふたりでどうにかできるでしょ?」

「なんの話だかわからないが、そいつは信用ならない」


 ロキはユハに指を突きつける。


「エルムトには組織に通じているやつが何人かいる。その一人がユハだ」

「ユハ、が? なぜ……?」


 困惑するイヴァンにわざわざ説明してやるような義理などなかったが、彼はアストリッドの養父でロキが数少ない信用できる人間の一人だ。


「三年前、俺は内通者に従って祈りの塔へとたどり着いた。それはたしかにユハだった。だいたい、そいつは肝心なところで邪魔をする。ユハに邪魔されなければアストリッドは――」

「いま、そんなことはどうだっていいでしょう?」


 ぞっとするくらいに冷たい声で、ロキの推理は遮られた。

 ピンクのふわふわお姫様。アストリッドはそう言った。ロキ自身もはじめてエリサを見たとき、頭の弱そうな女だと、そんな感想を持ったのだった。


 しかし、それは大きな間違いだったようだ。


 エリサは跪いてアストリッドの手を握る。こうしているあいだに、アストリッドの顔色がどんどん悪くなっていくのがわかる。


「正直に言えば……私、怒っているの。でも、いいわ。坊やを助けてあげる。アストリッドは私にとって可愛い姪ですもの」


 エルムトの人間は巫女を聖母のように崇めているという。でも、このときのエリサは聖母というより魔女のようだった。そういう笑みに、ロキには見えたのだ。

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