【5-8】出港
港近くまで来ると、キリヤ達が住んでいたビルの瓦礫が見える。それらは山積みとなって道の両側に並んでいたが、それを眺めつつ歩いていると、キリヤが呟いた。
「何が何だか分からなくなっちまったな」
「……だな」
ここだけに限らず、周りのビルも巻き込んで倒壊している様で、半分崩れたビルの姿も目に入る。
その様子に朱雀様は罪悪感を感じている様で、先程からずっと俯いていた。
「これってこの後どうするの?」
「とりあえずは更地にする予定だ。とは言っても数十年は掛かるがな」
「数十年……」
スコルピの質問に麒麟様が答えれば、気まずそうに朱雀様が呟く。一方で鳳凰はどこ吹く風といった様子で、平然と歩いていた。
そんな鳳凰に、スコルピはジト目で見つめていると、ストックは不満気に呟いた。
「この際ビルじゃなくて、もう一度地べたで暮らせば良いのよ。広大な土地が勿体無い」
「ま、それもそうだが。それを決めるのはこの地に住む人間達に任せるつもりだ」
あくまでも自分は見守るだけ。そう麒麟様が言うと、ボソリとストックが言った。
「そんなんだから変な教えに染まるのよ。たまには主導で動きなさいな」
「ぐっ……」
「とはいえ今更感はあるけどねー」
麒麟様が呻く中、スコルピが呟く。それに対してノルドもまた「確かに」と同調する。
多方面から言われっぱなしな麒麟様は、それから言葉を発さなくなったが、代わりに麒麟様の横を歩いていたテンペスタが言った。
「神の力に頼らず、自らの力で動く彼らはすごいと思うが」
「! テンペスタ……」
「あら珍しい。貴方がそんな事を言うなんて」
テンペスタの褒めに、麒麟様は顔を上げ、ストックも目を丸くさせる。俺もテンペスタを見てしまうと、テンペスタは不思議そうに俺達を見返す。
「何か、おかしな事でも言っただろうか」
「いや……至極真っ当な意見だよ」
流石守り神だなと思いつつ言えば、テンペスタは「そうか」と言って、崩れたビルを見る。
「私は本来は嵐を司る神。つまりは、人々にとっては嫌われる存在だ。故に、言える事は一つ。己の力で考えろ。だ」
「己の力で、な」
だから、好き勝手させていたのかとキリヤが言えば、テンペスタは間を空けて頷く。
「好き勝手」という言い方には棘があるが、キリヤの気持ちも分からなくはない。というのも夕暮れ教や、この地に広がる獣人達による差別は夕暮れの領域から始まったからだ。
テンペスタは無表情のままキリヤを見ると、白い髪を靡かせながら言った。
「今思えば、それは逃げだったと思っている。ヴィオラに言われるまで……出会うまで、違和感は感じながらも、私は動かなかった。動けなかった」
「……」
「……悪かった」
テンペスタが謝ると、キリヤは表情を緩める。
「いや、いい。こちらこそ悪かったな」
「別にいい。そう思われるような事をしてきたって自覚はしている」
慣れているとテンペスタは言うと、一人歩き出す。俺達はそれぞれ顔を見合わせた後、テンペスタを追う様に着いていく。
瓦礫の山が減り、港に停留している船が見えてくれば、スコルピが「でか」と声を上げる。
「この船……軽く北の地に行けるくらいにはあるんじゃない?」
「本来はその為に作られたものだからな」
「えっ、マジ」
「北の地?」
スコルピの発言に首を傾げれば、ノルドが代わりに説明してくれた。どうやら真昼領域の先にある領域の事らしい。
「昔はそれなりに流通はあったんだけどねー……今はあまり聞かないよね」
「人口減少だったり、各領域内でやりくりして済ませられるようになったからな」
ノルドの呟きに対し麒麟様が言う。故に今はあまり交流がないという。
それはそれで何だか寂しいなと思っていると、ストックは胸の前で腕を組みつつ、「やっぱり」と言葉を漏らす。
「この状況って良くないわよねー……滅び一直線といった感じで。いざこざが済んだら一度考えてみようかしら」
「ストック。お前の口からそれが出てくるとはな」
「災いが起きなければ良いが」
「ちょ、ちょっと? 何よその良い方」
酷くない? と、麒麟様とテンペスタに言えば、二人はそっぽを向く。その反応にキリヤもボソリと言った。
「やりたい放題だったしな。お前」
「なっ……⁉︎ この私に刃向かう気⁉︎」
「事実を言っただけだ」
そう言ってキリヤは笑うと、ストックは頬を膨らませる。そんな様子に、俺はシルヴィアと共に苦笑いした。
(最後の最後まで揉めてるな……)
けど常に賑やかで楽しかった気がする。色々な事が新鮮で、時には辛い事もあったが……今となっては来て良かったと心の底から思った。
そうしみじみと、この領域での事を思い返しながら、周りから聞こえてくる皆の話を聞いていると、気が付けば港についていた。
船に乗る為に階段も設置されていて、船員らしき人物がその下で手を振れば、俺達よりも先にスコルピとリヴィアが向かう。
「それじゃお先に」
「こんな大きな船、私は初めてです〜‼︎」
「はしゃいでるなぁ……」
ノルドが呆れ笑いながら、船に設置された階段を駆け上がる二人を見つめる。
遅れて俺達も辿り着けば、俺は改めて麒麟様達を見る。
「その、今までお世話になりました」
「ありがとうございました」
シルヴィアも続いてお礼を言って頭を下げると、麒麟様はフッと笑い「達者でな」と言う。
ストックとテンペスタも頷きこちらを見る中、スズ先生はシルヴィアの元に近づくと、一冊の本を差し出した。
「先生、これは……っ⁉︎」
「君達がインヴェルノに向かっている間、瓦礫の中で見つけたと鳳凰が」
「へぇ……」
スズ先生の話に、朱雀様がニヤリと麒麟様達の後方に立つ鳳凰を見る。鳳凰は不機嫌そうに朱雀様を見れば、スズ先生は困った様に笑う。
「色々あったから、まだあまり読めていないだろう? それは差し上げるから持っていきなさい」
「スズ……先生」
目を潤ませると、シルヴィアはその本を受け取り深く頭を下げる。俺も先生に向けて頭を下げると、礼を言った。
「また会えたら教えてください」
「ああ。勿論。……シルヴィアも一緒にな」
「はい……!」
シルヴィアも強く頷く。キリヤも笑みを浮かべると、先生に会釈し俺達の傍に来る。
麒麟様はキリヤを見ると、どこか哀しげに笑って言った。
「あの時出来なかった事、今度こそ悔いなくやってこい」
「ああ……」
麒麟様の言葉に、キリヤは小さく頷く。と、ストックが「あ」と何かを思い出したかの様に声を上げると、大きな包みをキリヤにやる。
桃色の袋に何故か大きな赤いリボンの付けられたそれに、キリヤは訝しげな表情で受け取ると、その場で開封する。何だかんだと俺達も覗き込めば、そこには幼い頃の母さんの写真とかが入っていた。
「私が密かに集めたコハクちゃんのブロマイドのコピー。まだ渡せていなかったから」
「ああ……約束のブツか」
ありがとなと短く礼を言って、それをキリヤは傍に抱える。……本人達以外は、なんとも言えない引き攣った表情を浮かべていたが、とりあえず「良かったな」と俺はキリヤに声を掛けた。
「特別にコピーしてあげたんだから、大事にしなさいよ!」
「おう。だが、もうこれ以上は隠し撮りとかするなよ!」
そうキリヤが返すと、ストックは笑顔で「善処するわ」と言った。あの言い方だと恐らくまたやるだろうな。
ノルドと朱雀様はから笑いした後、「さて」と言ってそれぞれ階段を上がり始める。俺達も麒麟様に手を振りながら上がれば、全員が乗った所で階段は外され、大きく汽笛が鳴り響いた。
甲板の上でも俺達は麒麟様達に手を振り続け、船が動き出した所で腕を下ろす。
徐々に港が小さくなり、陸も薄くなって消えていく中、尚も俺達は甲板に立って夜明けの領域を見つめた。
「見えなくなっちまったな」
「はい……あっという間でしたね」
「ああ」
麒麟様はまた来ても良いと言ってくれたし、もしかしたら近い内にまた会えるのかもしれない。だが、それはそれとして、寂しさを感じていれば、背後からキリヤが肩に腕を回してくる。
シルヴィアと共に前のめりになれば、キリヤは笑み混じりに言った。
「俺としては楽しみでもあるけどな。魔鏡領域」
「今から向かうのは聖園領域だけどな。……けど、そうだな。賑やかな所ではあるよ」
「そうか」
それは益々楽しみだ。
キリヤの言葉に、俺も自然と笑む。シルヴィアも顔を綻ばせると、「いっぱい紹介したいです」と言った。
「神獣山の皆に、流浪の旅団の人達……そして」
「……! ……ふふっ、そうだな」
「?」
シルヴィアの言おうとしていた人物を理解すると、笑い返しながら頭を縦に振る。それにキリヤはキョトンとすると、俺はとある人物の話をしたのだった。




