【5-6】束の間の談話
約一時間位経った頃。見慣れた車がやってくる。それが近くで止まるなり、扉が開けばジャケットを握り締めたシルヴィアが出てくる。
「フェンリルさん……っ!」
「シルヴィア!」
シルヴィアは俺を見るなり駆け出し、抱きついてくる。かなり心配させてしまった様で、赤い瞳には涙を浮かべていた。
何度も「良かった」と口にする彼女の頭を撫でていれば、助手席に座っていた鳳凰がため息混じりに出てきて言う。
「翼も無い癖にビルから飛び降りるなんて、とんだバカな事をする」
「つい、勢いで」
「……俺はニルハと道連れにされたんだがな」
故意じゃないと言いたげにキリヤが眉を顰めて言えば、鳳凰は腕を組みそっぽを向く。
ノルドはノルドで眉を下げながら「あまり無理しないでね」と言った。
「まあ、善処するよ」
以前も似た様な事で仲間から叱られたなと思いつつ、ノルドに笑って返す。
こうしてノルド達と合流出来た所で、朱雀様によってテンペスタと連絡を取ってもらい、神域に帰還すれば、一先ず話があるからと着替えた後応接室に向かう。
招かれた応接室に入れば、麒麟様とストックがいた。
「やっと帰って来たわね。で、例の神器は引き継ぎ出来たの?」
「ああ」
「……なら。もうここでやる事は終わったって訳ね」
そうどこか寂しげにストックは笑って言う。麒麟様もまた笑みがなくこちらを見つめていれば、「とりあえず座れ」と言って俺達をそれぞれ椅子に座らせる。
ぞろぞろと座った所で、テンペスタやスズ先生、そしてスコルピやリヴィアも部屋に入ってきた。
「全員来たな。じゃあ、話をしよう。いいな?」
「ああ」
麒麟様がテンペスタに確認を取れば、彼が頷くのを見て視線をこちらに戻す。
「帰りの船は後二時間に第七埠頭に着く。最初お前達が降りたあの港だ」
「!」
ああ、あそこかと初めて来た時を思い出す。そこに来た時と同じく、あの大きな船がやってくると言う。
ただ最初計画していた時と違い、着くのは聖園領域にある蘭夏という国の港になるらしい。
聖園領域は魔鏡領域の隣であり、蘭夏も比較的魔鏡領域の近くにある国である。しかし何故突然蘭夏になったのか。
「もしやエメラルで何かあったとか?」
「いやそう言う話じゃないんだ。ただ、スターチスの頼みでな」
「なんか知らないけど下層に救援に来て欲しいみたいよ」
「下層に?」
何でまたと首を傾げていれば、朱雀様もまた不思議そうに麒麟様を見る。
と、扉に近い所に立っていた鳳凰が言った。
「朱雀の代わりに俺が話を聞きに行った」
「えっ⁉︎ いつの間に⁉︎」
「伸びてたからな」
そう鳳凰が言えば、朱雀様が苦々しく「元はと言えば」と指差して呟く。それに対して鳳凰が「あ゛?」と低い声で威嚇する。
喧嘩しそうな二人に、麒麟様が一言「やめろ」と制すると、鳳凰が不満そうにしつつも続きを話す。
「どうも魔鏡守神の息が掛かった奴らが、下層の国と手を組んで挙兵したらしい。その兵の数が思ったよりも多い様だから、数が欲しいんだと」
「なるほどね。けどおかしいわね。どうして権限のない人々が一気に下層に降りられるのかしら?」
もしかして、管理に手が回っていないんじゃない? そうストックが呟けば、朱雀様はばつが悪そうな顔で目を逸らす。
「ま、まあ。おっしゃる通りで」
「やっぱり。もう、仕方ないわね。火の鳥さん、アイツにあったら『下層世界の半分を寄越しなさい』と言伝しておいてくれる?」
「んー、気が進まないけど了解」
そう渋々朱雀様は頼みを引き受ける。
所々脱線してしまったが、つまりはこの後俺達は下層に向かわなければならないらしい。
隣でキリヤがぽつりと「休める暇がないな」と呟けば、シルヴィアは困った様に笑った。
「合間合間で休むしかないですよね」
「だなぁ……とりあえず、船の中で休むか」
「そうだな」
以前乗った時は確か宿屋の様に休める場所があった筈だ。キリヤの言葉に俺も頷くと、ノルドも「良いと思う」と返した。
一方でスコルピがその話に頬杖付きながら「酔わない?」と言った。それに対し麒麟様はキッパリと断言する。
「酔わない。安心して休め」
「ふぅん……ま、夜明けの守り神のお墨付きなら楽しみにしておくよ」
そう僅かに笑みを浮かべる。隣にいたリヴィアはリヴィアで何故かウキウキした様子で、口を開いた。
「いやぁ楽しみですねぇ! 魔鏡領域!」
「これから行くのは聖園領域だけどね。ってか、まさか旅行気分って訳じゃないよね?」
そんなサングラスやら用意しちゃってさ。
スコルピに指摘されたリヴィアはぎくりと固まると、ゆっくりスコルピの方を向いて、「そんなまさか」と引き攣った笑みを浮かべる。
だが朱雀様がリヴィアの傍らにあった荷物から、何かの本を取り出すと、捲りながら呟いた。
「魔鏡領域のおすすめスポット……って、今まで行き来出来なかったのに、どうして魔鏡領域のガイド本があるのさ」
「ああ、これよく見ると四百年前に出された本だね」
よくこんな物を持っていたねと、ノルドが感心しつつ呟けば、リヴィアは自慢げに「コレクションです」と答える。
「私以前から行きたかったんですよね。魔鏡領域。例えばこれ! グラスティアにあるという神殿とか‼︎」
「あー……グラスティアは」
目を輝かせるリヴィアとは別に、俺とシルヴィアは顔を見合わせ、と気まずげに呟く。
実はグラスティアは十数年前に戦争で陥落し、存在していなかった。
それを告げると、リヴィアは絶句する。そしてカタカタと震えながら訊ねてきた。
「な、無くなったって……どうして……」
「その、戦争があってな。それで……無くなったんだ」
「なんて事を……!」
再びショックを受けるリヴィア。それを見た朱雀様が本を閉じて淡々と言った。
「ま、四百年も経てばそれだけ状況が変わっているって事だよ」
「うぅ……」
「その……すまんな」
俺は悪くはないとはいえ、つい謝ってしまうと、スコルピがボソリと「謝るなよ」と言う。
「遊びに行く訳でもないんだからさ」
「そうだ。そこの鳥頭なぞ気にするな」
「誰か鳥頭ですか⁉︎ 」
スコルピに続いて言った鳳凰に、リヴィアが火を吹く。
騒ぎ始める三人に、麒麟様がため息をついた後、席を立ち俺を見る。
「さて。これでお前達と別れる事になる訳だが。何かやり残した事はないか?」
「やり残した事……はないけど、なんだか寂しいな」
もうこれで会えないんだよなと、ぽつりと口にすると、麒麟様は間を置いて頰を指で掻きながら言った。
「まあ、全て終わった後なら会ってやらん事もない」
「は?」
麒麟様の呟きに、彼の背後に控えていたストックが素っ頓狂な声を漏らす。と、会話を聞いていたテンペスタが相変わらず無表情で「私も」と上身を前のめりにさせて言う。
「会いに行く」
「ああそうだな……って来るのかよ⁉︎」
「ああ。これくらいの距離行こうと思えば行ける」
夕暮れの守り神に復帰した今ならばと、どこか自信ありげに言うテンペスタに、俺は「そうか」とから笑いをする。
と、麒麟様とストックはそれぞれテンペスタの肩を掴み言った。
「待て。俺だって行こうと思えば行ける。先走るのは良くない」
「待ちなさい貴方達。勝手に領域外から出てもらったら困るのだけど⁉︎ 貴方達がいない間、あたしが色々やらなきゃいけないじゃないの」
「今まで夕暮れの領域を管理できたんだ。貴様なら大丈夫だ」
「そうだ。今まで悪さをした分働け」
「はぁ〜〜〜⁇」
信じられない! と、二人の言葉にストックは怒りを滲ませる。今度はこっちが険悪な空気になってきた。
キリヤや朱雀は呆れ、シルヴィアはオロオロとする中、俺は先程の麒麟様の様に息を吐いて頭を抱えれば、テンペスタが俺の目前に首飾りをかざす。
「これを持っていけ。何かあったら、それを握って祈るがいい」
「あ、ああ……分かった。けど無理はするなよ」
「……善処はする」
「……」
怪しい間があったが、一々突っ込んでいたらキリがない。仕方ないので礼を言って受け取れば、テンペスタは身を引く。
その他、麒麟様からも笛を渡され、ストックからは謎の大きな包みをキリヤが受け取ると、色々と話しているうちに船の着港時間がすぐそこまで迫っていた。
「ほら、話もここまでにして。港へ向かうわよ」
「はーい」
ストックが手を叩き仕切れば、ノルドが返事をした。




