【5-5】夜明けの空に
シンと静まり返る空間。強く閉じてしまった瞳を慎重に開いていくと、ミルハの腕の中で項垂れるシルヴィアの姿があった。
やはり撃たれてしまったのか? そう絶望しかけた時、ミルハの表情が見えて瞬きする。
信じられないと言いたげに驚愕している顔。その視線の先には大きく外側へ反り返った右腕が見えた。無理矢理曲げられたのか、中からは左腕と同じく機械らしきものが見える。そこからバチバチと火花が散っていた。
「……?」
一体あの一瞬の内に何が起きたのか。
唖然としてこちらも見つめていると、キリヤの声が響いた。
「ったく、これだから一位になれねえんだよ……まんまと引っかかりやがって」
「⁉︎ 」
振り向けば平然とキリヤが立っていた。無事だったのかとホッとすれば、キリヤは取り乱すミルハに歩み寄る。
「な、何? ど、どうして……」
「どうしても何も。簡単な事だ」
そう言ってキリヤはミルハに手を伸ばし、空を掴む。と、今度はミルハの右腕が大きく上へと跳ね上げた。
「さっき胸ぐらを掴んだ時、明らかに人とは違う身体をしている事に気づいたからよ。もしやと思って咄嗟に術を掛けさせてもらったんだ」
「そ、そんな、馬鹿な……っ、魔力探知機能が付いている筈……ハッ⁉︎」
ミルハは何かに気付いたのか、キリヤを凝視する。それに対してクツクツと笑うと、キリヤはどこか楽しげに言った。
「いやー、普段使わねえ力だったから賭けではあったんだがな。上手くいって良かったぜ」
「神の力を使ったのか……⁉︎ ッ……クソ」
「散々魔神と罵っていた癖にな。……さて。ここまでしてくれたんだ。今更見逃されるとは思っていねえよな?」
「ッ……‼︎」
ミルハの顔が恐怖に歪む。そして、シルヴィアを落としかけると、ハッとして前に出る。
彼女が完全に落ちる前に滑り込みなんとか受け止めれば、気を失っていたシルヴィアが目を覚ます。
「ふぇ、フェンリルさん……っ」
「シルヴィア……良かった」
正直肝が冷えた。シルヴィアが撃たれるかもしれない。その恐怖で、未だに動悸がした。
同じく小さく震える彼女を強く抱きしめると、キリヤが背後から俺の頭を押さえるように手を置いた。
「さて。ノルドも見た所致命傷じゃねえみてえだし。話もここまでにして、さっさと終わりにするかね」
「ッ……く、来るな‼︎ 魔神‼︎」
「来るなと言って来ない魔神がどこに居るんだよ。ん?」
「ア……アア……」
ずるずると腰が抜けたまま退がるニルハに、キリヤは距離を詰める。その手には先程ニルハが使っていたあのスタンガンと呼ばれる武器があった。
それがキリヤの手で青い光を放つ中、奥のガラスまで退がると、最後にキリヤがニルハの腹に足を掛けスタンガンを当てる。
瞬間、部屋中に青い光と共に電撃の音が響き、ニルハの絶叫が響く。
その光に目を顰めていれば、ノルドが起き上がり歩み寄る。
「な、何か……すごい事になってない?」
「だな……」
眩しいと三人して呟きながら見守っていれば、光がようやく止み、キリヤが膝を立てる。
終わったかと思い、ようやく緊張が解けたのも束の間、数歩歩いてきた所で、キリヤの背後に倒れていたニルハが起き上がり、羽交い締めにする。
「っ、はハ……そんナ簡単ニ、諦メると思ウナ‼︎」
「っテメェ……‼︎」
あちこちから火花や煙が上がり、言葉も片言になっていた。それでもニルハはキリヤの首元に腕を回し締めると、このまま退がっていく。
ノルドはその光景を見るなり、「まさか」と焦り始めると、ニルハは笑って言った。
「死ナば諸共……‼︎ 一瞬ニ落チロ‼︎ 魔神……‼︎」
「ぐっ……‼︎」
窓が割れる。それによってそこに吸い込まれる様に風が吹き始めると、ニルハはその穴に向けてキリヤを抱いたまま背後に倒れていった。
キリヤ! とノルドと共に声を上げ、駆け寄ると、二人はとうに見えなくなっていた。この高さからだと、いくら神であるキリヤでも無事では済まないだろう。
どうする? と考えていると、さっきノルドが使っていた魔石の存在を思い出し、ノルドを見て手を差し出す。
「ノルド‼︎ あの魔石を‼︎」
「えっ、あ、はい‼︎」
戸惑いつつも、ノルドは魔石をこちらに渡す。それを受け取るなり、「ありがとう」と礼を言えば、外に飛び出していく。
「えっ⁉︎ フェンリル⁉︎」
「フェンリルさーん‼︎」
ノルドの驚きの声と、シルヴィアの声が聞こえてきた後、雲に入り、魔石を使う。と、みるみる内に足元に氷塊を作り大きくしていけば、落下速度を更に上げていく。
と、ニルハ達が見えそちらに向けて手を伸ばせば、キリヤがニルハの腕からもがき出ると、腕輪を外すのが見えた。
髪が長く伸び、肌も髪と同じ色の毛に覆われる。身体も一回りデカくなり、鋭い爪の生えた右腕を振るうと、ニルハが引き裂かれ、空中で爆発する。
爆風で顔を腕で覆った後、獣人姿のキリヤを見つけると、巨大化した氷塊に向けて拳を叩きつける。そして彼の腕を掴み引き寄せる。
「キリヤ‼︎」
「っ、お前……‼︎」
無理しやがってと笑うキリヤに、俺も苦笑いすると、近づく地面に手を向ける。
崩れた氷塊が舞う中、再び魔石の力も借りつつ、細かく砕き、地面に大量に生成すれば、キリヤもまた何かを唱え始める。耳を澄ませれば、強化魔術のようだった。
それから少しして、はっきりと地面が見えてくれば、それからすぐに積まれた雪の中に落ちていく。
ズザザザ……と雪の最深部まで沈み込み、その上から崩れた雪が流れ込む中、何とか身を起こし、雪を水に変える。
「……だ、大丈夫か?」
「ああ、何とかな」
あちこち身体が痛いがと言いつつ、キリヤは身を起こす。
夜が明けたのか、暗かった空に光が差し込み、地平線から徐々に明るくなる中、濡れるのも厭わず仰向けになると、息を吐き「疲れた」と呟く。
「……おい。お前怪我してるじゃねえか。そんな身体で泥水浸かるな。膿むぞ」
「んな柔な身体してねえよ……」
そう言いつつ起き上がる。とりあえず地面に降り立ったのはいいとして、ノルドとシルヴィアは大丈夫だろうか。
全く見えない最上階を見上げながら、放心していると、青い空に一線の赤い線が見えた。
それが徐々にこちらに向かってくれば、火の鳥の姿となって少し離れた場所に降り立ち、少年の姿に変わる。
「お、火の鳥か」
「やっほー! 何だ。生きてるじゃん。良かった!」
キリヤに対して朱雀様が返しながらやってくれば、俺達を見下ろす。
何故ここにと訊けば、朱雀様は呆れた様に言った。
「一向に帰ってこないわ。何か時に数秒くらい止まった形跡があるわで、ストックに言われて様子見に来たんだよ。にしても大分暴れた様で」
「はは……まあな」
「仕方ねえだろ。せめて行く前に色々やっちまいたかったんだよ」
朱雀様の言葉に俺が苦笑すれば、その横で頬杖しながらキリヤが呟く。して、ポケットにしまっていたのか、そこから腕輪を取り出し嵌めた。
キリヤの姿が再び人の姿になった後、朱雀様は空を見上げながら言った。
「ついさっき、鳳凰に会ったんだ。相変わらずな態度だけど、とりあえず上は任せてもらってる」
「鳳凰が?」
「どういう風の吹き回しだ?」
「さあ?」
何だろうねと朱雀様は笑って返す。その表情を見て、少しだけ肩に力を抜いた。
しばらくして動けるくらいには体力が回復すれば、キリヤは欠伸をしつつ立ち上がる。
「さて……と。結局ニルハからソンニョの詳しい居場所は聞き出せなかったが……」
「……そうだな。でも、魔鏡領域にいるのは確実なんだろ」
「多分な」
そう話をしつつ、俺はキリヤから腕を引いてもらい立ち上がる。話を聞いていた朱雀様は目を丸くさせると、「それ本当?」と訊ねてくる。
「じゃあ、やっぱりアイツなのかな……」
「何だ火の鳥。思い当たる事があるのか?」
「まあ。以前、クリアスタルに行った際にね」
話によれば、以前朱雀様が魔鏡領域にあるクリアスタルに寄った際、見慣れない男が居たという。
聞く所によると、その男は以前いた王宮の魔術師の引き継ぎで入った様だが、それ以降クリアスタルには何とも言えない怪しい空気が漂っているらしい。
ちなみにクリアスタルにはあのブーリャもいる。
「ただ、クリアスタルって魔鏡領域の中でも魔鏡守神の力が強い所なんだよね。そこにソンニョが入れる隙があるのか……」
「……ま、少なくとも四百年前のアイツはソンニョとはあまり仲が良いイメージはなかったけどな」
朱雀様の疑問の声にキリヤが呟く。それに続く様に俺も頷くと、朱雀様が話を変えようとパンと手を叩いた。
「とにかくそれに関しては後程話し合おう。それよりもノルド達と合流して、テンペスタの神域に戻ろうか」
「そうですね」
朱雀様に賛同する。キリヤも異議はない様だ。朱雀様によれば、この後鳳凰と共にノルド達が降りてくるらしい。
すっかり明るくなった空を眺めながら、俺達は三人がやってくるのをこの場で待ち続けた。




