【5-4】ミルハという男
「一体どこから集めてきたんだか」
「そりゃ勿論信者からのお布施とかでしょ。結構な額みたいだけど」
キリヤの呟きに、ノルドが背後から覗き込みつつ言う。その言葉に再度キリヤは苦々しい表情を浮かべれば、一言「馬鹿馬鹿しい」と言って部屋を出る。
残された俺達は顔を見合わせた後、そっと開けた木箱を奥にしまい、キリヤの後を追った。
扉を開けると、これまた神殿の様な長い廊下に出てくる。凝った彫刻のされた太い白い柱に、赤い絨毯。そして両側に静かに揺れる蝋燭を眺めながら俺達は進む。
絨毯に沿って歩いていけば、奥には金で作られた獅子の飾りの付いた大きな扉が現れる。
「わー、まさに成金って感じ」
「さっきの宝物庫といい、趣味が合わねえな」
「キリヤは……酒だもんな」
後煙草と言ったら、キリヤは俺の肩に腕を回し寄りかかりながら、「そりゃあな」と得意げに呟く。
「こう見えて酒の目利きには自信がある」
「……この間こっそり中身をすり替えたのに、気づいてなかったけどね」
「は?」
ノルドの呟きに、キリヤは目を見開く。そんなやりとりを他所に、俺はキリヤの身体を押し離すと、扉に近づく。
「罠とかないよな?」
「さあ?」
「……ま、いいか」
罠があった時はその時だ。半ば面倒臭さもあって扉の取っ手を握ると、そのまま押し開く。と、夜空と共に一人の人物が目に入った。
金髪にブラウンの瞳。人間のようで、見た目は中年の男の様だった。男はこちらを振り向くと、口角を上げ余裕げにこちらをみる。
「まさかあの警備を掻い潜ってくるとは。流石魔神といった所でしょうか」
「ハッ、あんなの警備とは言わんわ」
(ノルドが居なかったらやばかっただろ)
男に対してのキリヤの発言に、心の中で突っ込めば、同じ事を思ったらしいノルドが「僕が居なければ危なかったじゃん」と声を張り上げる。
そんなノルドの声には聞き耳を立たず、キリヤは前に出ると拳銃を手にして男に向ける。
「さて、そんな魔神に長年付き纏っていた訳だが。今更やり返した所で文句はないよな?」
「おや。もう殺しますか。早いですね。もう少し話を聞こうとは思わないのですか?」
「思わないね。以前話を聞いて痛い目に遭ったからな」
お前らの話は聞く価値がないんだよ。
そう言ってキリヤは引き金に指を掛ける。俺達は何も言えず、ただ眉を下げ見守っている中、男はクスリと笑うと「そうですか」と言った上で、何故かこちらを見る。
「?」
何だと不審げに見つめ返せば、男はキリヤに屈せず口を開く。
「貴方は確か魔鏡領域からいらっしゃったとか? 通りで匂いが違うと思いました」
「なっ」
「お前……何故それを」
驚く俺とは対照的にキリヤは静かに訊ねる。その質問に男は笑みを濃くして「聞きましたから」と言った。
「近々こちら側とは違う領域の人物と接する可能性がある。そんな信者達の密告と共に予感はしていたので、今までの行動を見張らせてもらいましたよ」
「それは一体何の目的で?」
今度はノルドが訊くと、男はふふっと笑った後両腕をそれぞれ左右に向けて開く。
「それは勿論、夕暮れ教に悪影響が出るのを恐れたからです。私達の教えが他の神に遮られる事などよくある話だったから」
「……なるほどね。違う考えが入ってこられると困る訳だ」
「そう受け取ってもらっても構いません」
ノルドにそう返した後男は腕を下ろす。キリヤは銃口を向けたまま、もう一つ質問を投げかけた。
「お前は指示役で間違いないんだよな?」
「ええ。私がニルハです」
「……なら、その上はどこにいる」
「上? ああ、もしやソンニョ様ですか? 彼は今――」
魔鏡領域にいらっしゃいます。
その言葉に再び俺達は目を見開く。
キリヤは驚きの表情を浮かべた後、「ハハッ」と笑う。して低い声で「おかしいだろ」と言った。
「さっきテメェは魔鏡領域から来たこいつの影響を危惧してたじゃねえか。違う考えが入れば影響が出ると。なのに肝心のボスがその領域にいると言った。矛盾してるだろ」
「矛盾? そうでしょうか? だって……貴方に付くという事はすなわち夕暮れ教関係者ではないという事。ましてやこちらとは違うルールで生きてきた者ならば、我々の世界を壊すきっかけにもなる」
それは許されない事なんですよ。と男……ニルハは言った。その言葉にキリヤは笑みを消すと銃を下ろす。キリヤの様子に声を掛ければ、キリヤは無言でニルハに歩み寄ると、彼の胸ぐらを掴み言った。
「魔鏡領域のどこにいる」
「それを貴方に言うと思いますか? どうせ貴方はソンニョ様に手を掛けるつもりなのでしょう?」
「当たり前だ。あいつは居ちゃいけねえ奴だ」
「……では尚更の事言えませんね」
ニルハはそう言うと、腰辺りに手を入れる。その動きが早く何を取り出したか分からないが、間髪入れずにキリヤの腹部にそれを押し当てる。
「っ⁉︎」
キリヤの動きが不自然に硬直する。してその場に崩れ落ちると、男の手には火花を散らす機械が握られていた。
ノルドはそれを見るなり呟く。
「スタンガン!」
「ええ。それもより強力のね。ただの人間であれば感電死してしまう様な物です」
「お前……!」
倒れているキリヤを跨ぎ、歩いてくるニルハに俺はシルヴィアを背に隠す。と、ノルドが杖を手にして魔弾を放てば、ニルハは左手をそちらに向ける。魔弾はニルハの左手に当たり音を立てて爆発した。
その煙から出てきたニルハの左手は、皮膚の下から鋼鉄で出来た機械が姿を見せていた。
「お前……その身体!」
衝撃的な姿に血の気が引けば、ニルハはニヤリとして「見た事ないですか?」と言う。
「ええ。とうに人の身体は捨てたのですよ。老いるし傷みますからね」
「っ……そこまでして」
どうして。と言えば、ニルハは「当然」と言って返した。
「一番になりたいからですよ。私は生まれてこの方一番になった事がないんです」
「一番……ねえ」
ニルハの言葉にノルドが苦々しく呟く。
一番になりたい。つまり評価を得たいと言う事なのだろうか。
そんな、そんな物の為に……
「人の身体を捨てたのかよ……!」
そう言うと、ニルハの顔から笑みが消える。瞬間姿を消すと、背後に回る。
ノルドが俺に向かって声を上げるが、振り向いた時には、シルヴィアが捕まったのが見えた。
「きゃっ⁉︎」
「シルヴィアっ‼︎」
「おっと、動かないでください」
ニルハはシルヴィアを無理矢理引き寄せると、拳銃を彼女の頭に突きつける。
今すぐに助けに行きたかったが、ニルハの脅しによって足を止めると、ただ睨む事しかできなかった。
ノルドと揃って動けない中、ニルハは怒気を孕んだ声で呟く。
「そんな物? ハッ……半神様ならではの考え方だ。さぞや魔鏡領域という所は低脳な奴らが生きているんでしょうね」
「っ……てめぇ」
「折角ですし、こちらの現実というものをお教えしましょう」
そうニルハは呟き、シルヴィアに銃を向けたまま語り始める。それはニルハが抱えていたこの領域ならではの問題だった。
「技術の進化。そして人々に代わる存在。それらによって確かに我々の領域は生活が豊かになりました。……けど同時にそれは本来私達が担うべきだった役割を奪っていったのです」
役割を奪われる。それはすなわち、職がないという事。あったとしても、それが機械で賄えるなら【意味がない】。
そうなると上位の人間しか生きていけない。知能が低くく人よりも劣っているならば、きっと人並みの生活は出来ないだろう。
「それが、どんなに残酷か貴方達には分かるまい。競争に勝たなければ生きていけない。その苦痛と恐怖を」
「……」
「……それは」
黙り込む俺とは別に、ノルドは間を置いて言葉を発する。
「確かにあるかもしれない。事実、技術の恩恵を受けているのはビルの上層部に住む上位の人間が大半だろうし」
「っ」
「……けど、だからといって下位の人が何も出来ないって訳じゃないんだよ」
下には下なりの世界がある。孤独だと苦しいが、仲間が居るならば話は違ってくる。
静かにゆっくりとノルドが語れば、ミルハは放心する。だが、すぐに顔を険しくさせると低い声で唸った。
「私の……努力が足りないとでも? そう言いたいんですか?」
「さあ、それは君の判断だ。けどそうだね。とりあえずは君の言う通りと言っておこうかな」
「っ……‼︎」
ミルハが逆上する。ふざけるなと声を荒らげ、拳銃をシルヴィアからノルドに向ければ、躊躇なく引き金を引いた。
乾いた音と共にノルドが傾く中、ミルハは止まる事なくこちらに拳銃を向け発砲する。
最早聞く耳など持たず、数発撃たれ右肩や左脇腹に熱い痛みを覚えると、膝をつく。
「フェンリルさん! ノルドさん‼︎」
シルヴィアがこちらに手を伸ばし声を上げる。
だが、ミルハはそれすらも気に障ったのか、「うるさい」と叫びシルヴィアの背に銃口を突きつけた。
「っ、シルヴィアぁぁぁぁ‼︎」
かちりと嫌でも音が聞こえる。それから間も無く発砲音が一つ鳴り響いた。




