【5-3】最上階にて
ごうごうと音が大きく響く。同時に下へ引かれる様な感覚に肩に力が入ると、しばらくして止まり音が響く。
「着いたね」
「思ったよりは静かだったな」
ノルドに続いてキリヤがそう言うと、俺は二人を見つめたまま黙り込む。
こういう乗り物は、やはり騒音が当たり前なのだろうか。無音になりつつも、未だに耳がぼうと音が聞こえている様な感覚になっていると、車が動き出し後退する。
部屋から出てすぐに筒状のそれからも出れば、白く広い空間が続く。乗るまでの景色とは違い、何だか神殿の様にも感じた。
「道……すらないんだね」
「だな。ただひたすらに真っ白。こっちがどうにかなっちまいそうだな」
ノルドとキリヤの会話に俺達も頷く。一応基礎としての大きな柱はある。だが、特に何があるという訳でもなく、延々と真っ直ぐ走ると、ここでようやっと矢印の標が出てくる。
それを見たノルドは息を吐き、その矢印に沿って走れば、【空】が見えた。
ガラス張りの空間。天井もまた透明な何かによってドーム状に作られている。同時に草木も見え、やがて霧が掛かってくると、ノルドがそこで車を停める。
「ん、どうした?」
キリヤが訊ねると、ノルドは少し険しい表情を浮かべ「これ以上はいけない」という。
「このまま進んでしまったら、多分ビルの外に落ちるだろうね」
「……と、言う事はここから先は徒歩か」
「まあ……あまり勧めないけど」
でも恐らくはこの先にいる。ノルドはそう言って、シートベルトを外した。
俺達も車から降りると、依然濃い霧が辺りを覆う。俺は周囲を気配で探ると、シルヴィアがぽつりと呟いた。
「この霧……魔術によるものみたいですね」
「ああ……恐らくは侵入を防ぐ為のものだろうな」
全身がじめっと濡れる感覚がする中、同時に冷気も漂う。自分は寒さにかなりの耐性はあるが、シルヴィア達には少々辛いかも知れない。
着ていたジャケットを脱ぎ、彼女の肩に羽織らせると、シルヴィアが見上げて礼を言う。
「風邪をひいたら大変だからな」
「ふふっ、そうですね」
笑み混じりに返した後彼女は正面を向く。俺も向き、歩を進めると、少しした所でノルドが声を上げる。少し遅れて水飛沫の音がした。
「ノルド⁉︎」
「大丈夫か⁉︎」
キリヤと共に声を掛けると、間を置いて声がする。
相変わらず霧が濃いが、ノルドの方へ向かえば、窪みに溜まった水の中で尻餅をつくノルドの姿が薄らと見えた。
「あーもう、まさかこんな所に水が張ってあるとはね。どんだ落とし穴だよ」
「立てるか?」
「うん、大丈夫立てるよ。……びしょ濡れだけどね」
そう溜息混じりにノルドは立ち上がる。そしてキリヤが手を伸ばしノルドを引き上げると、今度はキリヤが声を上げる。
「こ、腰が……っと、とと……!」
「え、待って待って……‼︎」
キリヤが前のめりになると、ノルドの体重も背後に傾く。あ、これはやばい。そう思った俺が手を伸ばすも、時すでに遅く。先程より大きな水音が辺りに響いた。
※※※
「全く見えませんね……」
「そうだな」
早くしないと二人が凍え死にそうなんだが。そう呟きつつ背後を振り向けば、二人揃って震えている姿が目に入る。
あの後濡れた二人を何とか引き上げ、先に進んだのだが、一向に霧も晴れず景色も変わらない。
それどころか、気温が下がっているようにも感じていると、流石のシルヴィアもジャケットを引き寄せ震えている様に見えた。
「シルヴィア大丈夫か」
「は、はい。けどお二人が」
「まあ二人は濡れているからな」
もはや声も出せず、ガチガチと歯が小刻みに当たる音が耳に入る。やはり、前に向かわずに戻った方が良かったか? なんて考えていた時、ぴくりと音が変わるのを感じる。
足を止めた俺に、シルヴィアが声を掛ける。俺はシルヴィアを見る。
「シルヴィア、ここら辺に何かないか?」
「えっ?」
「……その、例えば……陣か何か」
そこら辺の知識は俺よりも、シルヴィアやノルドの方が詳しいだろうからとシルヴィアに訊ねれば、シルヴィアは瞬きした後、辺りを見る。
と、彼女がある一点を見て「あ」と声を漏らすと、そこを指差して言った。
「あそこにありますフェンリルさん!」
「よし!」
言われた方向に、俺は駆け出す。して、言われた所に向けて氷で生成した槍を投げると、激しい音と共に火花が散る。
音も徐々に静まり、霧が薄くなれば、辺りがはっきりと見える様になった。
道として舗装された白い砂利道。その両側には道に入り組んだりしたクネクネとした池。そしてそれに沿う様に濡れた木々が道に寄りかかって生えている。
冷気も止まった様で、ノルドとキリヤの顔色が少しだけ良くなれば、ノルドがその池を見て苦々しく呟いた。
「まさか道に出ているなんて……」
「よく見ろよ。お陰でまた腰痛めたじゃねえか」
「神なのに柔な身体をしているからじゃん」
「んだと⁉︎」
揉め始める二人に、はいはいと言って間に割り入る。服が濡れているから、より苛立ってしまうのだろう。
引き離しても尚、互いに睨み合う二人に呆れていると、今度は道の先から音がして視線をそちらに向ける。
「何だ?」
「あ?」
キリヤ達もそちらを見ると、カタカタと砂利道の上を揺れながら四角い箱が走ってくる。
その箱の真ん中にある目の様な円形のそれから、赤い光が放たれると、俺達を照らした後ぴょこんと頭に赤い筒を出す。瞬間、けたたましい音が響き、皆して肩を跳ね上げる。
『侵入者確認! 侵入者確認!』
「やべえ! 逃げるぞ!」
「逃げるってどこに⁉︎」
来た道を戻ろうとすれば、あの箱が沢山道を塞いでいる。反射的に逃げようとしたキリヤも、足を止め舌打ちすれば、俺達は背中合わせになって前後を見た。
背後にいるノルドに、「どうすれば良い」と訊ねれば、ノルドは唸った後「分かんない」と答える。
「少なくとも警備ロボットを壊した所で、状況は悪化するだけだろうね」
(さっき壊したのが良くなかったか)
しまったなと頭を抱えていれば、キリヤが息を吐く。と、ノルドの肩を掴み引き寄せた。
「な、何?」
「仕方ねえ。ノルド、例のアレを頼んだ。お前なら出来るだろ」
「……は、もしかして」
ノルドは唖然とした後、首を横に振る。どうやら方法がない訳ではないらしい。だが、ノルドの反応を見る限り、あまり良くないのは分かった。
とはいえ状況が変わらない以上、どうにかしたい。再び振り向き俺からも頼むと、ノルドは唸った上で「分かった」と頷く。
「じゃあ僕から手を離さないでね。シルヴィアちゃんも」
「は、はい」
そう言われ、シルヴィアはノルドの左手を握る。キリヤもノルドの左肩を掴むと、俺はノルドの右肩を掴む。それぞれが掴んだのを確認した後、ノルドはポケットからあの魔石を取り出した。
「今回は仕方なし!」
強く言うと、その魔石を握りしめながらノルドは目を閉じる。と、周囲の景色が止まる。魔石は火花を放ち、開いたノルドの瞳も青く光る。
手からは異常な位に強い魔力が放っているのを感じ、手を通じて身体に入ってくる。
「さ、あまり時間は持たないよ。どうする?」
ノルドに言われると、キリヤはニヤリと笑む。
「そりゃあ、ここまで来たんだ。行くしかないよな」
「はあ……ま、確かにそうだな」
さっきは逃げそうになっていた癖に。と思いつつ、大きく息を吐きながらもキリヤの意見に従う。
シルヴィアはシルヴィアで笑みを浮かべ、「行きます」と言うとノルドは頷き、右手にあった魔石を足元に落とす。
落ちた拍子に魔石は割れ、光に包まれた途端ふと気が付けば、先程とは違って狭い室内へと景色が変わる。
室内……といっても、鎧やら剣やらと色々な物が無造作に置かれた、いわば宝物庫の様な所で、たどり着いた途端ガシャンと様々な物を踏んだり倒したりする。
俺は積まれた木箱を倒し、崩れたそれに埋まると、あちこちに痛みを感じながらも木箱を避けて起き上がる。
「……ってえ、皆、大丈夫か……?」
「な、何とかな……」
「いてててて……剣刺さってるぅ……」
「の、ノルドさん大丈夫ですか⁉︎」
ノルドの声に、ノルドの姿を探せば、頭に剣が刺さったノルドを見つける。その傍らでシルヴィアが青ざめながら手を伸ばせば、ノルドはそれを抜いた後振り向く。
「あ、フェンリル肘擦りむいてる⁉︎ ごめん‼︎」
「いや、俺の傷よりお前の傷心配しろよ‼︎」
顔真っ赤じゃねえか! と声を上げれば、ノルドは顔触れた後「あらま」と呟く。怪我に対して反応が軽すぎる。
シルヴィアが治癒魔術を掛けると、ノルドは顔に付いた血を拭いつつシルヴィアに礼を言った。
とりあえずノルドの傷が治った所で、俺は改めて辺りを見渡すと、奥に扉が見つける。
「で、ここは一体何なんだ」
「多分、ニルハがいるであろう拠点だと思う」
扉を見つけた俺を他所に、キリヤが呟けばノルドはそう答える。
扉に向かえば、シルヴィアも様々な物を避けつつやってくると、ちらりと背後の物を見て言った。
「それにしてもすごいお宝……ですよね。夕暮れ教の人達が集めたんでしょうか」
「恐らくはな」
それもあくまで武器や防具ではなく、価値重視で集めている気がする。そう思い、一番近くにあった木箱をこじ開けてみれば、中から藁に包まれた金塊がいくつも出てくる。
薄暗い照明の下でも、キラキラと輝く金塊に目を細めれば、キリヤがやってきて金塊を見るなり「ケッ」と不満気に呟いた。




