【4-15】インヴェルノへ
その後、自室で数時間眠った後、美味しそうな匂いと共に目を覚ました俺は、廊下でシルヴィアと合流し、大広間に向かう。
と、その大広間に一足早く朱雀様が来ていた。
「朱雀様⁉︎」
「お身体は大丈夫なんですか⁉︎」
俺に続きシルヴィアが気遣うと、朱雀様はこちらを見て頷き、笑顔で力こぶを作る。
「昨晩鳳凰が呪いを解いてくれたんだ。その代わりベッド周りに炎の羽根いっぱい置かれていたけどな」
おかげで天井燃えちまったけどと、ケラケラ笑う朱雀様に、隣にいたテンペスタが複雑そうに返した。
「これ以上私の城を燃やさないでくれ」
「それは鳳凰に言ってくれよ」
俺は悪くないもんと言って、朱雀様が頭の後ろに手を組み椅子を揺らす。まあ何がともあれ、復活してくれたのは良かった。
胸を撫で下ろしつつ、シルヴィアとそれぞれ朱雀様の正面の席に座れば、キッチンからノルドがやってくる。その後ろにはリヴィアもいた。
リヴィアの姿に朱雀様は勿論、シルヴィアも瞬きして彼を見つめると、朱雀様が声を上げてリヴィアを指差す。
「何でお前がここに⁉︎」
「一時共闘を組む事になりました。勿論、ソンニョ様に背く気はありませんけどね!」
「じゃあ敵では……?」
そう朱雀様が冷静にツッコむと、リヴィアは何故か胸を張って鼻を高くしていた。
と、その背後からリヴィアを押し避け料理を持ったスコルピも現れる。スコルピは俺を見るなり低い声で言った。
「あ、逃げたわんこ。お前のプレートに毒混ぜたから」
「堂々と異物混入宣言するな」
思わず返せば、ノルドが苦笑いしながら「入れてないから安心して」と言って、俺の前に朝食のプレートを置く。
オムレツに焼いたソーセージ。そしてレタスやカットされたトマトと、小さな器に入れられたジャムの垂らしたヨーグルトがプレートに盛られていて、最後にカットされたバケットが渡される。
豪華な朝食だなと思っていれば、シルヴィアもまた「すごい」と言ってプレートを眺める。
「今日はスコルピとリヴィアにも手伝ってもらったからね。スープもあるよ」
そうノルドが言って、一旦部屋を出る。そしてガラガラとワゴンを押して戻ってきた。
その上に載せられた鍋は朝食にしてはかなり大鍋だった。
「大地に丸まる茎を皮剥いて切り、包まれた葉と小さな森を切り分け、辛き鱗茎に夕暮れの根を細かく切り、様々な旨みを凝縮させたスープに煮込んだ物……!」
「うん。ポトフだね」
「逆によく短時間でそこまで思考できたな」
リヴィアの紹介に、ノルドがにっこりと答えた後、呆れ混じりにスコルピが言う。リヴィア曰く、ソンニョが出していた聖書に書いてあったらしい。
彼らのやりとりに自然と笑いが出る中、遅れてやってきたキリヤが朱雀様を見て、「お」と声を漏らす。
「何だ。てっきりもうダメかと思っていたんだが」
「ふふん。復活しましたよ〜。それよりもスターチスは?」
「アイツは下層で色々あると言ってそそくさと帰っちまったぞ」
「え、そうなの」
何だろ。と朱雀様が呟けば、キリヤの後にやって来た麒麟様が言った。
「時空が重複していると言っていたぞ」
「時空が重複? 何それ。一体何をすればそうなるの?」
「さあな」
やれやれと麒麟様が言えば、ストックが腕を組みながら部屋に入る。話を聞いていた様で、「あのバカはともかく」と言って、俺達に言う。
「今朝麒麟が魔鏡行きの船をチャーターしたらしいから、貴方達は今日の内にインヴェルノに向かいなさい。ルーポ・ルーナはそこにあるのよね?」
ストックかキリヤに訊ねれば、キリヤは「ああ」と返す。そしてキリヤは俺を見るなり、こう言った。
「インヴェルノには俺もついて行く。場所が分かるのは俺だけだからな。他の奴らはここで待機……と言いたかったんだが」
「?」
急に苦々しく呟く彼に首を傾げる。と、ストックが息を吐き言った。
「夕暮れ教の奴らが潜んでいるかもしれないから、一人二人護衛で行ってもらおうと思ってね」
「俺達は大丈夫なんだがな」
「念には念よ。この間のビル倒壊だって案の定貴方の企みって言われているのよ」
必ず狙ってくるわよ。とストックに言われ、キリヤが頭を掻きながら愚痴る。
「何でいっつも俺のせいにしやがるんだあいつらは。どう考えてもビル壊せる力はねえって」
「ごめんねキリヤ俺達のせいで」
「ああ。全くだ。病み上がりだし許そうかと思ったが、リスみてえに頬に物詰めながら謝りやがって」
もぐもぐと両頬を膨らませながら謝る朱雀様に、引き攣った笑みを浮かべながらキリヤが返す。
やりとりを見て苦笑い浮かべていたノルドは、腕を組むと「僕が護衛に入る」と返す。して、席に座り食べ始めていたスコルピを見て言った。
「ついでにスコルピ。君も来てね」
「はっ? 何で?」
「何でって、昨晩まで夕暮れ教だったじゃない。もし何かあったら説得してよ」
「説得? 無理無理。ああいう集団はね、裏切りにとんでもなく敵意を向けてくるの。説得した所で逆効果だっつうの」
だから俺はパスと言うと、ノルドは眉を下げムッとする。とはいえ、スコルピの言う事も一理ある。
ストックもまた「確かにそうね」とスコルピの言葉に頷くと、シルヴィアを見て言った。
「貴女はどうなの。シルヴィア」
「えっ⁉︎」
振られると思っていなかったシルヴィアが声を上げれば、おどおどとしつつも口を開く。
「わ、私は……その、フェンリルさんと一緒には行きたい……です」
「なら。一緒に行かせましょう。回復魔術は貴女が一番出来るでしょう?」
お願いねと言われ、シルヴィアは茫然としつつも頷く。
ノルドも笑みを浮かべ「よろしくね」とシルヴィアに声を掛ければ、彼女は小さく笑んで「はい」と答える。
キリヤはふとストックを見るなりこう言った。
「お前、二人の仲を思って行かせたのか?」
「え? 何言っているの。回復役は必須でしょう。一個人の関係性まで考えないわよ」
そうきっぱりとストックは言う。それにキリヤが不審げな表情で見つめていれば、ノルドが二人に対して声を掛ける。
「ほら二人とも。朝食が冷めるから早く席に着いて食べちゃって」
「……おう」
「はぁい」
ノルドに返した二人は、離れると席に着いてバケットやスープを口にし始めた。
※※※
インヴェルノ……とはいえど、前に試練で一度来ていた俺は、見覚えのある道を歩いて行く。
荒れた道に、背後にいるシルヴィアを気にしつつ、前を歩くキリヤを追っていくと、キリヤが周囲の木々を見つつ言った。
「だいぶここも荒れちまったな。まあ、そうだよな。整備する奴がいねえから」
「昔は整っていたんだな」
「まあな。とはいえ、ここはあくまで裏道みたいな物だったんだ」
ちゃんとした道は他にある。そうキリヤは言った。
度々休憩しつつ歩いている内に、出た時はまだ低かった太陽も、インヴェルノ城跡に着く頃には高く空に昇っていた。
「ここが、インヴェルノ城……」
初めてのシルヴィアは、辺りを見渡しつつ呟く。けど表情は暗かった。
視界には城と言っても残されているのは崩れた城壁だけ。スズ先生のいる学園の周辺もだが、やはり人が居ない以上は廃れていくのだろう。
しばらく城壁の転がる草原を歩いていると、咲いていた氷空花が風に揺れる。と、辺りが一気に暗くなり火の粉が舞い上がる。
「っ」
氷空花が見せてきた記憶は、インヴェルノ城が炎に包まれ、崩れていく光景だった。
辺りから悲鳴が聞こえ、黒い人影が炎の中で揺れ、そして倒れて行く中、シルヴィアが俺の腕にしがみついた事で、俺はハッとなる。
シルヴィアの表情は強張り、小さな身体が震えると、俺は彼女の肩を引き寄せ腕の中に閉じ込める。
記憶は止まず、チリチリと肌を焼く様な痛みも感じる。と、前にいたキリヤが銃を手にして、自分の足元目掛けて発砲した。
乾いた音が辺りに響くのと同時に、景色も変わり元の世界に戻ると、キリヤの足元には散った氷空花があった。
「……くそ、胸糞悪いもの、見せやがって」
「キリヤ」
「……行くぞ」
そう言って先に進むキリヤ。その声色は明らかに焦燥に駆られていて、ふらついて歩いている様に見えた。
その様子にはノルドも気になった様で、キリヤと声を掛けようとした時、キリヤの足が止まる。
「……キリヤ?」
大丈夫か?
そう声を掛けると、キリヤがゆっくりとこちらを振り向く。
「ここだ」
「……え?」
「ここら辺に埋めた……気がする」
「埋めた⁉︎」
確かに城壁近くではあれど、一見すると目印も何もなく、埋められた形跡が見当たらない。
それでもキリヤはしゃがみ混むと、芝や草で茂る地面を手で掘っていく。
その様子にノルドも「嘘でしょ」と唖然としつつ言葉を漏らすが、キリヤは手を土だらけにしながら無言で掘り進めた。




