【4-10】お好み焼き
「全く。こんな時にお好み焼きなんて暢気なものね」
と、咀嚼混じりにストックが呟くと、隣にいた麒麟様はジト目でストックの前に置かれた山盛りお好み焼きを見つめる。
普段は暗いらしい城の前の広場も、今日は珍しく日が差し、その下で人々が焼いてはお好み焼きを口にして楽しんでいた。
俺もキリヤに教えられた通り鉄板で生地をひっくり返していると、ノルドが眉を下げながら言った。
「まさかビルの住人達まで呼ぶなんて……大丈夫なんですか?」
「材料か? それらは力で何とかなるが。それとも心情の方か」
麒麟様の問いにノルドが頷けば、何皿目かのお好み焼きを口にしながらストックが言った。
「そうね。全員が全員無事じゃないから、貴方の心配もごもっともだけど。けど大丈夫よ」
気にせずやりなさい。
そうストックが言うと、ノルドは目をパチクリとさせる。麒麟様を見れば、彼は彼で普通にお好み焼きを食していた。
断言する二人に、俺もノルドを顔を見合わせ、はてと首を傾げていれば、別の場所にいたテンペスタがやってくる。
「どうした?」
「いや……ちょっとな」
どう説明しようか迷っていると、口にしていた物を飲み込み、代わりにストックが説明する。その説明にテンペスタが納得し頷けば、ノルドを見て言った。
「今のところ、この催しに反対する者は殆どいなかった。ある種配給にも似たものだからな」
「ああ、なるほど……そういう捉え方も出来るのか」
テンペスタの言葉にノルドも腑に落ちた様で、腕を組み何度も首を縦に振る。
俺も理解しつつ、お好み焼きを皿に乗せていると、「所で」とストックが麒麟様に話しかける。
「あの事は話したの?」
「あの事とは?」
「あれよ。あれ」
「……ああ」
意味深なやり取りを見せられ、隣で焼いていたキリヤが思わず「何だよ」と口を出すと、麒麟様がやれやれと言わんばかりに椅子から立ち上がる。
と、テンペスタを見るなり、「張るぞ」と言えば、テンペスタは頷く。
許可を得た麒麟様は、パチンと指を鳴らすと、ここの空間だけ切り取る様に、白いドームの様な何かに取り込まれた。
「神域か?」
「ああ。内容が内容だからな」
キリヤの問いに麒麟様が頷くと、再び椅子に座る。そして話し始めたのは、今回のビルの倒壊で亡くなった人々の話だった。
「犠牲者は現時点で二十三人。超弩級ビル一棟分だから、その割には少ない方だが、まあ決して良いとは言えない話だな」
「……」
「で、本題はここからなんだが、今回のビル倒壊ではテンペスタの力もあって大半の者は助け出せた。これに関しては感謝はしている」
そうテンペスタに礼を言えば、テンペスタは首を横に振り「たまたま」だと言った。
そうだとしても、かなりの人数を助け出せたのは流石守り神である。
麒麟様はそれを伝えた上で、ある質問を投げかけた。
「犠牲者の中には傍らに助かった者がいるのも多い。範囲的には全員救出も可能だったはずだが、何かあったのか」
「ん、その事か」
忘れていたと言わんばかりに、テンペスタは顔を上げるとその問いに対しテンペスタはこう返した。
「確かに範囲内ではあるし、選択する事無く取り込んだつもりだった。が、その際に弾かれた感覚はあった」
「弾かれた?」
「恐らくは、私の力を拒絶する何かに」
そう言った所で俺達が疑問に思う中、何か知っているらしい麒麟様とストックが口々に「やっぱり」と呟く。
テンペスタの力を拒絶する何か……?
ヘラを傍らに置き考えると、キリヤが小さく笑う。
「テンペスタの力を拒絶する何か……ってのは、もしかしなくても、ソンニョを崇拝する奴らって事か?」
「! よく分かったな」
「嫌でも分かるさ。というかそう仕向けたんだろ」
なあ。
そうキリヤはストックに声を掛けると、ストックはニヤリとする。スターチスもだが、どうして上位の神達はそう遠回しに話そうとするのだろう。
ノルドと並んで苦笑いしていれば、それを目にしたシルヴィアも、近くの席で困った様に笑っていた。
「で、つまりはなんだ。犠牲者は全員崇拝者って事でいいのか」
「ああ。確定だ」
「ふーん……」
麒麟様からの返答に、キリヤは無表情のまま素っ気なく返事をする。
崇拝者となると、以前初めて夜明けの領域を訪れた際に現れた人々だろうか。厄介な者達だったとはいえ、犠牲になってしまったのは残念な話であった。
キリヤはしばし無言になっていたが、目の前で焼かれていたお好み焼きをひっくり返すと、ため息混じりに言った。
「ま、ソンニョらしい手法ではある。あいつは仲間であっても平然と手を下す奴だし、見捨てる奴でもある」
少し考えてみれば、あいつの怪しさなんていくつもあるのにな。
キリヤの漏らした言葉が、焼ける音と混ざり、耳に入ってくる。それは責めている様にも、また憐れんでいる様にも聞こえた。
俺はそんなキリヤを見つめていると、ヘラを置いている事にキリヤが気付き、脇腹を肘で突いてきた。
「おら、手が止まってるぞ。焼け」
「分かった焼くから。だから肘で突いてくるなって」
生地の入ったボウルを渡され、渋々熱した鉄板に生地を垂らせば、ノルドがにこりと笑って「まだあるからね」と言って、焼いたお好み焼きを持っていった。
※※※
全ての生地を焼き、ようやっと椅子に座れる様になったのは正午を過ぎてからだった。
疲れたと空を仰ぎながら椅子に座っていると、シルヴィアが青い瓶を二本持ってやってくる。
「お疲れ様です」
「ん、ああ。ありがとう」
渡されたその瓶を受け取れば、飲み口にガラス玉が挟まっているのに気付く。中身からして自販機で飲んだ様なシュワシュワする飲料のようだ。
(どうやって開けるんだ?)
よく分からず持ち上げて底から見ていると、開け方を聞いていたのか、シルヴィアは飲み口の玉にコルクの様な物を押し当て、何度か叩き始める。
「んー、開け方は合っているはずなんですけど……」
力が足りないのかな。と困っている彼女に、とりあえず開けてあげようと手を差し出せば、シルヴィアはそっとそれらを渡してくる。
渡された瓶に道具を当て、強く押してみれば、ポンと弾ける音と共に玉が中に入っていき、中身が泡立てながら出てきた。
「こ、これでいいのか?」
「あ、はい。大丈夫だと思います。ノルドさん達もそうやって開けて飲んでいたので」
「そ、そうか。ならいいが」
それにしても、ここの領域の容器は本当に色々ある。
そう、見慣れない瓶に驚き戸惑いつつ、続いて自分の瓶も同じく玉を押し出せば、恐る恐るそれを口にする。
(すっげー、ピリピリする)
ピリピリと舌の上で弾けるそれに、僅かに舌を出しつつも、少しずつ口にする。
瓶ごと冷やされていて、鉄板の熱に晒されていた身体を冷やしていく感覚に、少しだけ心地よくも感じながら、瓶から口を離すと、隣に座っていたシルヴィアが呟いた。
「すごく、シュワシュワしてますね。でも、冷たくて美味しい」
「だな」
「ノルドさん曰く、夏に飲むともっと美味しいって言ってました。夏空に似合う青春の、思い出の味になるって」
「へえ」
夏空に似合う……か。
詩的なノルドの言葉に、くすりと笑ってしまうと、再度瓶を持ち上げ、日にかざす。
水滴が浮かび、瓶の中でガラス玉が転がる中、その青色に確かにそう感じるかもと感心していれば、背後から影が差し込む。
「何やってるんだ。瓶持ち上げて」
「あ、いや。綺麗だなーって思って」
ニヤつくキリヤにそう返せば、吹き出す様にキリヤが笑い始める。
恥ずかしくなった俺は、振り向き様に「何だよ」と声を荒らげれば、キリヤは笑いながら俺の肩に腕を乗せて言った。
「いや〜、ノルドといいそのロマンチストさはどこから来たんだろうなって思ってな」
「なっ、お前! まさかあいつと似てるって言いてえのかよ‼︎」
そんな筈がないと反射的に言い返せば、キリヤは「さてどうだろうな」と言ってくる。
無意識に唸ってしまう中、まあまあとシルヴィアが諌めれば、瓶を両手で持ちながらにこりと笑んで言った。
「私もこのラムネ瓶、キラキラしていて好きで……だからフェンリルさんとこの気持ち、共有出来てすごく嬉しいです」
「シルヴィア……」
シルヴィアの笑みと言葉に、怒りがすぐに鎮火する。そしてこちらも表情が緩んでしまう。
そんな俺達を見ていたキリヤは、呆然として「デレるの早えな」と呟いた。




