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夜明けの氷狼  作者: チカガミ
4章 見えてくるもの
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【4-9】テラスの端で

 こうしてキリヤ達のこれからも決まり、それに合わせて近いうちに神器ルーポ・ルーナを手に入れる事になった。

 そしてその日の晩。疲れているはずなのに、目が冴えてしまい、眠れず夜風に当たりに行くと、大きなテラスの端にテンペスタの姿を見つける。

 テンペスタはこちらの気配に気づき振り向くと、無表情のまま「眠れないのか」と聞いてきた。


「ああ」

「まあ無理もない。私の神域だしな」

「……何か関係あるのか?」


 隣までやってきて訊ねれば、テンペスタは外を向き頷く。


「私は夕暮れの守り神である前に、嵐を司る神だ。魂あるものは皆怯えるように出来ている」

「そう、なのか」


 けど、それは寂しくないのだろうか。

 そう思い口にすると、テンペスタは間をおいて「そうだな」と言った。


「確かに好かれる事はあまりない。恐れを抱き、近づこうとする者達ばかりだ。けど、それでも近づこうとしてくれる者も少なからずいる」


 近づく者もまた様々な思惑があった。

 テンペスタはそう言って目を閉じた後、「だから」と続けて話す。


「いつも傍にいてくれたヴィオラが好きだった」


 そう淡々と話しながらも、その瞳はどこか寂しげで。それを目にした俺は、身体を乗っ取られていた時に見たテンペスタの記憶を思い出す。

 今よりずっと強い獣人達に対しての差別意識。更には上下関係も絡み、かなり複雑であった事は一目で分かる。それでもテンペスタはヴィオラを愛し、守ろうとしていた。

 俺は口を閉ざした後、テンペスタの隣に立つ。そしてふと言葉を漏らした。


「大事な人を亡くすってのは、辛いよな」

「……」


 俺の言葉に、テンペスタは俯き小さく頷く。

 その気持ちに寄り添う様に、どこからともなく風が吹き、互いの髪を揺らしていった。

 それからしばし互いに黙り込み、空を見上げていると、後ろから声が聞こえてきた。


「あー……しまった。もうタバコねえじゃねえか」

「ん? キリヤか?」


 溜息と共にぼやくキリヤに、俺は振り向くと、キリヤもまたこちらを見る。そして、並んでいた俺達を見るなり呆れた様に言った。


「なんだ。まだ寝てなかったのか」

「そういうお前こそ起きていたのか」

「小便だよ小便。年取ったらトイレが近いんだよ」


 そのついでの一服だ。と、スラックスのポケットに手を入れながら、こちらに近づく。

 トイレか。なるほど。

 そう一瞬納得するが、その後すぐに頭の中で何かが引っかかった。それは俺が言うよりも早くテンペスタが言った。


「神は排泄はしないはずだが」

「ぐっ。バレたか」


 言われたキリヤは苦々しく返すと、再び息を吐きポケットから紙タバコを手にする。

 元々柔らかな入れ物の様で、潰れてひしゃげていたが、その中から一本手にすると、流れるようにライターを取り出し火を灯す。

 闇の世界に小さな光と煙が上がる中、キリヤはタバコを吸いながら言った。


「……夢見が悪かったんだ。それで目が覚めた」

「夢見が悪い……か」


 これもテンペスタの神域だからか?

 そんな事を考えていると、テンペスタはキリヤを見つめる。見つめられたキリヤは、視線の圧に引き攣った表情を浮かべ「何だよ」と返す。


「別にお前の力が関係しているとか、そういう事じゃねえぞ。ただ、久々にコハクが夢に出てきたんだ」

「母さんが?」


 母さんの名前に反応すれば、キリヤは静かに「おう」と答える。


「姿が出たのはかなり久々だな」

「……」

「気になるか?」

「……まあ」


 気にならないと言ったら嘘になる。だが、先程「夢見が悪い」とキリヤは言っていたから、聞くのも何だか気が引けた。

 迷いながらも返事をした俺に、キリヤは吹き出す様に笑うと、「素直だな」と言って、燃え尽きたタバコを握りしめる。


(熱くないのか?)


 なんて思いつつ、口を開いたキリヤに視線を向ける。


「何。昔の記憶だ。ただの幼いアイツの記憶。……けど、今となっては直視出来ない。だから見たくないんだ」

「それは、罪悪感があるからか?」

「……そんな感じだな」


 今となっては過ぎた事。後悔した所で帰ってこない。それは分かっているが、それでも振り向いては心が酷く痛んでしまう。

 俺だって母さんのことだけに限らず、様々な後悔をしてきた。もう少し早く気づいていればとか、思い返す度にたらればな考えをしてしまう。

 ジクジクと痛む胸を無意識に押さえながらも、キリヤの様子を眺めていると、キリヤはテラスに寄りかかりながら呟く。


「前にも言ったが、俺はあいつが選んだ道である以上、幸せであるならそれで良かったんだ。でもそれは逃げの考えでもあった」

「逃げ……か」

「……言っておくが、だからといってお前が気には病むなよ」

「う、まあ分かってるが」


 ぎくりと固まりつつ頷けば、怪しむ様にキリヤが見つめ返す。その視線から逃れようと目を逸らすと、キリヤは溜息を吐いて腕を組んでいった。


「逃げってのは、あいつがいなくなった事をいつまでも認めずに、何も出来なかった自分に対してだ。あの時も、そして今も逃げ続けてきた」


 けど、それももうここまでだ。

 俯きながらもはっきりとキリヤは言うと、改めて俺を見る。その表情は固く、澄んだオリーブ色の瞳が真っ直ぐとこちらを見通す。

 その表情に俺は瞬きすれば、キリヤは柵から身を離し、距離を詰めると、俺の肩を掴む。


「今まで、情けない姿を見せてしまってすまなかったな。フェンリル。……俺はもう逃げねえから」

「キリヤ……」


 強く掴まれた肩を、今度は軽く何度も叩かれながら、キリヤはしっかりと言う。

 そんなかっこいい姿を見せた後、彼が固かった表情を崩して、口角を上げれば、俺もまた顔を引き締め口を開いた。


「俺も、もう見失わない。キリヤ含めて大事にしてくれる人がいるって思い出したから」


 ありがとう。と礼を言うと、キリヤは目を丸くした後微笑する。そしてより距離を近づけ、俺の肩に腕を回すと、嬉々としながら言った。


「さーて! そうと来たら決起づけにお好み焼きでもするか‼︎ 」

「お好み焼き⁉︎ 最初にやったあれか⁉︎」

「ああ。以前やった時美味かっただろ」


 そう言われ、強く頷く。と、それを聞いていたテンペスタも反応し、顎に手をやりながら言った。


「お好み焼き……ふむ。必要なものがあれば明日用意しよう」

「お、用意してくれるのか」

「一応は。だが、私はお好み焼きとやらを知らない。だから何が必要か事前に教えてくれ」


 と、興味ありげにテンペスタが言えば、キリヤは快く頭を縦に振る。

 突然始まったお好み焼きを作る話に、俺達は時間を忘れて話していれば、いつの間にか地平線が明るくなり始め、眠る機会を失ってしまったのだった。


※※※


「は⁉︎ この状況下でお好み焼き⁉︎ 何言ってるの⁉︎」

「あー……やっぱり良くないよな」


 ノルドの声に、俺は苦笑いを浮かべ返す。

 朝になって早速準備に取り掛かるのは良いものの、この状況などを考えればノルドの発言は正しいものである。

 だが、そんな正論など知らんと言わんばかりに、キリヤは俺の肩に肘を置きながら言った。


「決起づけだよ決起づけ。改めて頑張りましょうって意味だ」

「だからって……」

「材料は心配するな。私が用意する」


 そう部屋の奥から、何故かフリルエプロンに身を包んだテンペスタが顔を出せば、ノルドは青ざめ引き攣った表情を浮かべながら叫ぶ。


「テンペスタ様まで⁉︎ ってか何ですかその格好⁉︎」

「これか? 生地を混ぜる際に汚れるからとキリヤから」

「いや、うーん。まあ、合ってるは合ってるけどー」


 よりにもよってこれ着せる? とノルドが突っ込むと、キリヤは「これしか無かった」と返した。

 実をいうと危うく俺も着せられそうになったが、何とか理由を付けて逃れる事が出来た。

 俺達を他所にテンペスタは首を傾げると、ノルドは息を吐き「分かりました」と言って腕を捲る。


「どちらにせよ人の手は必要でしょ。手伝うよ」

「お、流石ノルドだな。じゃあ材料刻みは任せる」

「はいはい」


 やれやれ感を漂わせながらも、ノルドは笑みを浮かべ、木箱に山盛りに積まれたキャベツを手に取る。

 それから、声を聞きつけやってきたシルヴィアや麒麟(きりん)様、ストックも加わると、城の台所は沢山の声で賑わったのだった。

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