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夜明けの氷狼  作者: チカガミ
4章 見えてくるもの
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【4-4】思い出のグラタン

「しかし、そんなに怯えずとも良いのに。ただ神域に取り込むだけで、命までは取らない」


 白い塊を引っ込めた一方で、テンペスタは不満げに言う。それに対し、スターチスとストックは青ざめた顔で叫んだ。

 

「そうだとしても怖いのは怖いの‼︎」

「そうよ‼︎ 」

「姉弟揃って同じ事言うなんて、相当なんだな」


 二人の様子を見ていた朱雀(すざく)様が呟けば、麒麟(きりん)様もまた静かに頷く。

 一応、この二人の立場としては守り神と同等か、それ以上の存在である筈なのだが、どうしてかテンペスタに異様に恐れを感じてしまうらしい。


(まあ、かくいう俺も初対面ではかなり恐怖を感じたが)


 神といっても、立場によって力の差はある。勿論上に立つ者程強く、俺達の様な半神は下の立場になり、上に逆らう事は出来ない。

 だが、テンペスタから感じるその恐怖は、その類の恐怖ではない。何というか、自分の身が常に危険だと察し続け、強制的に警戒させるような、そんな得体の知れない恐怖だった。

 時の神二人の様子を見つめながらも、ふとその恐怖が何なのか考えていると、袖を引かれシルヴィアに声を掛けられる。


「フェンリルさん。身体は大丈夫ですか?」

「身体? ……ああ、怪我か。それはもうだいぶ塞がったから大丈夫だけど……服がな」


 そう言って、あちこちに血痕が付き、穴の空いた制服に苦笑すれば、シルヴィアもまた困った様に眉を下げて笑う。

 と、それを聞いていたのか、スズ先生が「心配するな」と言って、手にしていた杖を向ける。魔術をかけられると、汚れていた制服が元に戻っていった。


「あまり魔術に頼ってはいけないが、今回は特別だ」

「ありがとうございます先生」

「うむ。……にしても、狭いなここは」


 狭すぎる。と、先生は壁に寄りかかりながら言う。

 俺達が来た時点で狭かったが、そこに五人も入れば窮屈になるのも仕方がない。

 そんな先生のぼやきに、ノルドが頭を掻きながら謝る。


「すみません。もう少し時間があれば掃除したんですけど……」

「いやこちらこそすまない。不満を言ってしまって」

「いやいや。先生の言う通り狭すぎる」


 密度が高過ぎるとキリヤも話に入ってくれば、スターチスは確かにと言った。


「約十畳のリビングに十人だもんね。よし場所移動するか」

「またぁ? 全くいつになったら本題に入るのよ」


 スターチスの提案に、ストックは文句を口にする。

 先生はお気になさらずと言った様子で、小さく頭を横に振るが、キリヤを始めとして移動の話が上がってくると、ここで再びテンペスタが白い塊を出してくる。


「だーかーらー‼︎ それ出すなって‼︎」

「こっちの方が手っ取り早い」

「いやァァァァ‼︎」


 ストックの悲鳴が上がる中、塊は神域となって一気に部屋を包む。

 俺達ならともかく、時の神や守り神まで神域に取り込まれてしまうと、外の世界に影響が出るのではないか?

 そんな疑問を口に出す暇もなく、気が付けば白い壁に囲まれたどこかの屋敷にいた。知らない場所の筈だが、部屋は何故か見覚えがあった。

 呆然としつつも周囲を見渡すと、スターチスやストックは頭を抱えうずくまっている。


「なんで聞かずに取り込んじゃうかなぁ……」

「わぁぁ……」

「安心しろ。影響が出ない様に外との繋がりは残している」

「それなら良いけど」


 長いため息を吐きスターチスは立ち上がる。

 テンペスタは、部屋の真ん中にある大きな長テーブルと椅子に歩み寄り上座の椅子を引いて座ると、麒麟様を始めとして次々と座り始める。

 一度取り込まれた麒麟様は、部屋を見渡しながら不思議そうに呟いた。


「先程と違って、ちゃんと形付いた景色だな」

「ああ……一応私達がいた城をイメージしているからな」

「テンペスタのいた城……」


 ああ。通りでと、先程の既視感に納得する。ここはテンペスタが俺の中に入っていた際に見た、彼のいた城の部屋だった。

 白い壁に似合う様に、白い家具で統一されていたが、テーブルの上には何もなく、それを見たストックが何か唸った後人差し指を回し何かを掛ける。

 すると、ポンと弾ける音と共に様々な料理が現れ、感心の声が上がる。


「最低限これぐらいは欲しいわね」

「……何も入ってないよね?」

「何? 私の料理にケチ付ける気?」

「そりゃあ仮にも過去に毒殺に関わってるからね」


 スターチスの言葉に、ストックの顔が引き攣る。

 そんな二人を他所に、朱雀様は目の前にあるターキーチキンを手にすると、上手く切り分け皿に盛る。


「そんなに気になるなら毒味してやろうか?」

「ん、ああ。お願い」


 朱雀様の言葉にスターチスが答えると、少しずつ料理を取って口にする。

 食べる度に朱雀様は目を輝かせると、一気に皿の物を平らげ、「美味い!」と叫んだ。


「大丈夫! 問題なし!」

「でしょ。というか、スターチスはともかく他に危害を加える気はないわよ」

「俺にはあるのかよ」


 ストックの言葉に、げんなりとした顔でスターチスが返す。相変わらずな二人に空笑いすれば、目の前にあるマカロニグラタンに目を向ける。

 好物という事もあり、空腹を強く感じると、添えられた大きな匙で掬い、皿に盛る。

 それを横で見ていたのか、シルヴィアがにこりと笑って言う。


「フェンリルさん、グラタン好きですもんね」

「あ、ああ……あるとついな。シルヴィアも食べるか?」

「はい。いただきます」


 シルヴィアが頷くと、俺はシルヴィアの前にある皿を手にして入れる。

 すると、正面にいたキリヤがフッと笑って言った。


「本当、お前グラタン好きなんだな」

「……まあな」


 それは勿論。特別な時に母さんから作ってもらったから。

 以前にも話した事を思い出していると、キリヤがぽつりと俺達にしか聞こえない声で言った。


「コハクが作っていたグラタン。あれはな、昔インヴェルノに仕えていた時に、王妃様から聞いたレシピなんだ」

「インヴェルノの王妃が?」

「ああ。王妃様もまた、誕生日とかの特別な日にグラタン作ってお祝いしてもらっていたんだと」


 もし、我が子が生まれたら。その子にも同じ様にしてあげたい。

 そう王妃は話していたらしい。それをキリヤは覚えていて、王妃の代わりに母さんにしてあげたという。


「あの頃は、作る機会は多分来ねえだろうなとは思ったんだけどな。……ま、聞いていて今は良かったかな」

「……じゃあ、あのグラタンは王妃の味でもあるんだな」

「ああそうさ。お前からしたら婆ちゃんか? そういう、家の味があるのはいいもんだぜ」


 そう言われ、俺は小さく頷き笑う。

 こうしてグラタンの思い出話に花を咲かせていると、テンペスタと視線がぶつかる。

 依然スターチス達は騒いでいたが、テンペスタはこちらを見ていた様で、立ち上がると歩み寄る。


「?」

「過去の記憶覗いた時もそうだったが、グラタン、好きなのか?」

「あ、ああ……」

「……そうか」


 テンペスタの問いにこくりと頭を縦に振ると、テンペスタは口元を緩ませる。そして、空いていた傍の席に座ると、料理の間に置かれていた紫色の小さな花を手にしながら話す。


「ヴィオラもグラタンが好きだった。そして同じ様な話をしていた。狼の一族は、特別な日にグラタンを作ると」


 狩で得た肉に、分けてもらった乳やチーズ。最初は具の少ない物だったそうだが、時が経つにつれ中身が変わっていったという。


「狼にとって、グラタンは特別な料理だ。だからこそ、好きな者が多いのだろう。出来る事ならばムーンにも食べさせてやりたかったが」

「……まあ、そのムーンの子孫であるインヴェルノの王族で、こうしてグラタン文化が受け継がれているんだから、もしかしたら食べさせて貰ってたんじゃねーか?」


 そうキリヤが言うと、テンペスタは顔を上げる。

 キリヤの横にいたノルドもまた驚きの表情を浮かべると、キリヤは眉を顰めてノルドを見る。


「んだよ。その顔は」

「いや、珍しく良い事言ってるな……って。あ、でもそのグラタンの味って王妃様のだよね。シラユキ様のお母様のグラタンの味はどんなのだったんだろう」

「んーそういや聞いた事ねえな。ドリアじゃねえか? 実際俺の家はグラタンじゃなくて、ドリアだったし」

「ああ……だからドリアがお好きなんですね」


 そうシルヴィアが呟けば、キリヤは薄らと照れながら「まあな」と返す。

 なるほど。グラタンとは別にドリアもあるのか。そうキリヤ達の会話に納得していると、テンペスタもまた興味深く頷く。


「グラタンでも、ドリアでも。食べさせてもらっていたら良いな」


 そうテンペスタは呟くと、皿を手にしてグラタンをよそう。俺もまた自分の皿に視線を移すと、少し冷めてしまったグラタンを口にした。

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