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夜明けの氷狼  作者: チカガミ
4章 見えてくるもの
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【4-2】気付いた事

 無。何もかもが無。

 槍に貫かれた傷の痛みも、何もかも、もうどうでも良くなった。


 ……そもそも、自分はどうしてそこまで悩んでいるのだろう。四百年近く生きてきて、今更なんでこんな事で悩む?

 以前みたく、ただ食って、寝るだけで良かったじゃないか。

 そうぼんやりと思いながら、つい数十年前の事を思い出す。あの時もまた寒い季節の頃だった。

 魔鏡(まきょう)領域の西側にある洞窟の中の砕けた神殿。その神殿がいつ建てられたのかは知らなかったが、俺がそこに居着いてからはとうに崩れていた。

 この頃、魔鏡領域では各国を巻き込んだ大きな戦争が起こっていた。俺はというと、少し前まで旅をしていたが、気づけばその神殿を中心に居座っていた。

 どうして居座っていたのかは、俺自身もわからない。けれども、何故か離れ難かったのだ。

 だがしかし。真冬の中、木の実のなっている木など存在筈もなく、迷い込んできた人々を襲っては、肉を喰らって精力を保っていた。


 ある時、その神殿に一人の男が現れた。黒髪で赤と紫の色違いの瞳の青年。だが、その内から流れ出る気配は人間のものではなく、神そのものだった。

 彼は当時いたオアシスの王宮の魔術師だった。纏っていた外套が冷気で揺れる中、くすりと笑んだ後こういった。


「アンタがフェンリルか。……そっか」

「……何の用だ」


 警戒を増して返せば、男は笑みを消した後、短剣を抜いた。それを見て、俺も右腕に氷の籠手を纏うと、男は俺に剣先を向けながら告げる。


「フェンリル……神々が恐れる何もかも食い尽くす獣。今夜…アンタは表から居なくなる」


 宣戦布告とも取れる発言に、俺は男を敵視した。そして唸る様に声を漏らした後、拳を構えながら俺は強い言葉を返した。


「その獣の巣に入り込んだんだ。……無事で戻れるとは思うなよ」


 ……今思えば、男との初対面は最悪だった。

 互いに事情があったにせよ、冷えた洞窟の中で戦った俺達は、最終的には何というか一方的に男にやられ、俺は地面に伏せてしまった。

 体格差もスピードもこっちが上であったのに、どうしてか身体がうまく動かず、勝てなかった。

 最後に男は神殿の前まで俺を引きずると、特殊な魔術によって俺を封印したが、強制的に意識が遠のく中、男は目の前で膝をついた後小さく呟いていた。


「初対面な筈なのに、何故か酷く懐かしくて胸が苦しくなる。……きっと、どこかで会っていたのかな」

「……」

「……ごめんね。遅くなって」


 それが、あの時見た最後の記憶だった。

 その謝罪が俺に対してなのか定かではなかったが、顔はどこか安堵していて、ちょっぴり気になっていた。


(あいつは……ライオネルは、あの時にはもう記憶がなかった筈だ)


 そうしないと彼自身が壊れてしまう。以前スターチスから聞いていたから、少なくともあの時は母さんの事を憶えていないだろう。

 けれども彼は俺を案じていて、その後も幾度か助けてもらった。

 ……あいつはどうして、俺を助けるのだろう。それに兄のグレイシャさんも。


「……俺は」


 ここに居ても良かったのだろうか。

 そう思い始めると、どこからか銃声が聞こえる。それによって顔を少しだけあげると、テンペスタとは違う声が聞こえてきた。


『らしくねえな。お前。大事な子に手を出す程弱っちまったのか? ん?』

「……な」


 大事な子……? 大事な子……って、まさか。

 ふと思い浮かぶ、青い髪の柔らかな笑みのシルヴィアの姿に、俺は完全に目が覚めると顔を上げる。

 

 ふざけるな。俺を乗っ取るならまだしも、シルヴィアに手を挙げるなんて!!


 重い身体に鞭打って立ち上がり、突き立てられた槍を掴む。その行動がテンペスタには予想外だったのか、驚きの混じった声が響いてくる。


「まさか、目を覚ます気か。辛い現実に戻るというのか」

「うるせえ……シルヴィアに手を出しやがって……!」


 俺を育ててくれた人、助けてくれた人。皆恩を返せずにいなくなってしまった。

 だから、失うものか。大事な人をこれ以上失ってたまるか。


(……ああ、そうだ。俺はいちゃいけない存在じゃないんだ)


 俺の為に手を貸してくれた人がいる。その人の気持ちを裏切ってはならなかった。

 ようやくそこまで考えた所で、世界は変わる。母さんの姿は無くなったが、代わりに辺りに青いネモフィラの花が咲き誇る。

 シルヴィアの髪に似た青い花が俺を浄化していく。

 瞬間、再び銃声と共にキリヤの言葉が響く。


『うじうじ悩まず帰ってこい。バカ息子』

「……っ‼︎」


 テンペスタの焦る声が聞こえる。世界は白くなり、やがて視界と共に意識が浮上するのがわかった。


 

※※※


 

「ってーな‼︎ 本気で殴りやがって‼︎ 顎砕けたかと思ったわ‼︎」

「フェンリルさん‼︎」


 目覚めて直後、キリヤの怒号とシルヴィアの案ずる声が聞こえてくる。瞬きし起きあがろうとすると、何故か身体中が痛く、所々から流血していた。

 何が何やらわからず、ぼんやりしつつもシルヴィアに起こされると、先程とは一変し、一息ついてキリヤが目の前にやってくる。

 記憶はないが確かに俺に殴られたせいで、顔の左半分がぽっこりと腫れて痛々しい姿になっていたが、キリヤは俺の前にしゃがみ込むと、鼻を摘んでくる。


「ったく、ガキみたいに泣きそうな顔して。怖い夢でも見たか?」

「え……あ、……」


 問われ戸惑いつつも、素直に頷く。怖い夢。というよりは記憶であるが。

 負傷しているのもあり、強い疲労を感じていれば、そこにノルド達やスターチスもやってくる。


「どうやらテンペスタは抜けたみたいだね」

「……あ、テンペスタ。あいつどこにいった」

「本人は……そこ」


 腰に手をやり、気に食わないといった様子でスターチスは顎で背後を指す。そこにはじっとこちらを見つめるテンペスタの姿があった。

 また俺の中に入ろうとしているのか知らないが、視線を感じていると、傍にいたシルヴィアが俺の背後に立つ。


「フェンリルさんとどの様なご関係かは知りませんが……これ以上フェンリルさんに辛い思いをさせるなら、誰であっても許しません」

「……」


 シルヴィアの静かながらはっきりとした声が、俺の耳に入る。

 ふと彼女を見上げると、その表情は真剣そのものではあったが、強く握りしめる様子に彼女の気持ちが何となく理解できた。

 シルヴィアの言葉にテンペスタは何も言わなかったが、足を踏み出し、こちらに歩み始めると、俺は反射的に立ち上がりシルヴィアの前に出る。


「入ってこようとしても、俺は拒むからな」

「……そうか」

「……お前、あの記憶を見せて何がしたかったんだ。母さんが選んだ選択が間違いだったって事を俺に知らしめたかったのか?」

「そう、思っていたのはお前も一緒だろう」


 テンペスタに言われ、口を閉じる。ちらりとキリヤを見れば、特に怒りもせず静かにテンペスタを見ていた。

 と、そこにスターチスがテンペスタに問いかける。


「もしかして。フェンリルをムーンと見重ねていた……とか?」

「!」


 言われてテンペスタの目が開く。それを見て、スターチスは「やっぱり」と呟くと、俺の横に立ち俺の肩に肘を置きながら話す。


「確かに。フェンリルはかのムーンに似てる。ま、それをいうなら、こいつの二代前であるシラユキもかなり似ているけどね。

 けれども、こいつはムーンじゃない。どんなに偽った所でフェンリルはフェンリルだ」

「……ああ、そうだな」


 そう言って、テンペスタは目を逸らす。相変わらず目には光がないが、最初出会った時よりも少しずつ感情が露出し始めている様に見えた。

 スターチスは俺に寄りかかりながらも、続けてテンペスタに言った。


「それともう一つ。……まー、これは俺個人の案件に関する質問なんだけど、お前の神器って二対の槍で間違い無いよね?」

「……槍?」


 槍といえば、記憶の中で突き立てられたあの槍だろうか。覚えのあるそれに、テンペスタの返答を聞けば、テンペスタは頷く。


「ああ。私の神器は槍で間違いない。……それは、俺の目や腕を使って作られたものだ」

「っ⁉︎」


 言葉を失う。シルヴィアやノルド達もそれぞれ絶句し、顔を青褪めると、眉を下げながらもスターチスは「なるほどね」と言った。


「じゃあ、あれはテンペスタの槍で間違いない……か」

「おいスターチス。それって何の案件なんだよ」

「ん、ちょっとね。下層関係で」

「下層……?」


 スターチスの言葉にテンペスタが怪訝な表情を浮かべる。俺も同じワードとトーンで呟くと、スターチスは苦々しく呟く。


「フェンリル達には関係ない話だよ」

「そ、そりゃそうだが……でも、何で下層にテンペスタの神器があるんだよ」

「んー、まあ。それは今から証拠を集めて確定しようとしているんだけど……」


 そうスターチスが口にした時、背後からキリヤが言った。


「それ、もしかしなくてもあいつしか居ないだろ。ソンニョの野郎しか」


 薄々分かっていたが、キリヤが言葉にした事でスターチスは黙り込む。そして、ふふっと何故か笑い始めるとキリヤに返した。

 

「だよねぇ。俺もそう思う」

 


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