【3-24】深淵
「ごめんね」
暗闇の中、申し訳なさそうな声が聞こえる。
それが俺に対してなのか。それともライオネルやキリヤ達に対してなのか分からなかったが、小さく息を吐いた後重い身体を起こす。
右目の視界は戻っていたが、痛みは未だに残っていて、頭を抱えながらも顔を上げると、白い人影が見えた。
「……母さん?」
そう口にすると、人影はゆっくりと振り向く。その姿は試練や記憶で見た若い時の姿で、眉を下げたままこちらを見つめてくる。
それでも構わず立ち上がり歩んでいけば、母さんは俯きもう一度呟いた。
「ごめん、なさい」
「……何が、ごめんなさいだ」
「っ」
黒い感情が湧き上がる。今まで溜め込んでいた闇が、怨みが、寂しさが一気に溢れてくると、目の前までやってきて母さんの肩を掴む。
あまりにも強く乱暴に掴んだ事で、母さんはびくりと震えると、俺は今まさに吐き捨てようとした言葉を飲み込んだ後、唇を噛み締め目を瞑る。
(今、言った所で変わりやしない。結局、選んだ結果が俺なんだから)
あの記憶を見せられた以上、改めて思ったのは、ここには母さんを大事に思ってくれていた人が沢山いた。
だからこそ母さんは、助けたかった。その引き換えに全てを失っても良いと思ったのだろう。
(後々それが短絡的な考えだと思ったかもしれないし、俺も思うけど……でも)
家族を失う恐怖は俺にも分かる。だからこそ責められない。責められないからこそ、辛かった。
掴んでいた手から力が抜けると、俺はやり場のない気持ちを抱え座り込む。
どうすればこの気持ちが無くなるのだろう。何をすれば楽になる?
延々とその考えが頭を巡り続け、噛み締めていた唇に血が滲んでいく中、空間にテンペスタの声が響いた。
『何故言わない。お前が苦しんでいるのは、母のせいでもあるんだろう』
「……っ、うるせえ」
『言ってしまえば楽だろうに』
「言っても……一緒なんだよ。だから、黙ってろよ……!」
苛立ち混じりに返せば、テンペスタの声が止む。その代わりにヒュンと風を切る音が聞こえると、背中から何かが貫く。
前のめりになり、口元からどぷりと黒いそれを吐き出すと、じりじりと痛む胸元を見下ろす。そこにはキリヤやライオネルが貫かれていたあの槍が飛び出していた。
身体から力が抜け崩れるように横たわれば、真上から聞こえたのは母さんの悲鳴だった。半狂乱になり泣き叫ぶと、少しして小さな声でぶつぶつと謝罪する声が聞こえた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめん、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
意識が遠のく中顔を上げれば、母さんがしゃがみ込むのが見える。顔を両手で覆い震える中、再びテンペスタの声が聞こえた。
『ならば代わりに手を下してやろう』
「……な、おま」
何をする気だ。そう、血混じりに呟こうとしたその時。突き刺す様な音と共に目の前が赤く染まる。同時に母さんの声も止み、白が赤く染まるのが見えると、俺の喉が引き攣り始め、傷付いた肺が膨らむ。
「ァ……ァァ……」
頭が痛い。突き刺された胸が焼ける様に痛い。何もかもが痛い。
嫌だ。見たくない。もう嫌だ。助けて。
頭を抱え横に振りながら、俺もまた壊れていった。




