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夜明けの氷狼  作者: チカガミ
3章 夕暮れの領域
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【3-23回想】走った先は(シンクside)

 暗闇に響く複数の足音。ちらりと隣を見れば、そこにはブーリャと呼ばれたあの男がいた。

 橋の一件もあり、警戒しながらも視線を向けると、ブーリャがちらりとこちらを向き呟く。


「なんだ?」

「いや……別に」

「……それよりも、あいつらはまだ上にいるのか?」

「多分……」

「なら急いだ方が良いな」


 そう言って前に出る。その背中には橋で握っていたあの大剣が背負われていた。その姿に流石というべきか、何というか、これまた複雑な感情が湧き上がるが、表情だけで留めておいた。

 ちなみにブーリャと再会したのはついさっき。あの空間を抜け、隣の部屋に移ってから、しばらく廊下を走っていた時、鉢合わせした様な形である。

 こんな時にと最初は構えたが、そんな俺を他所にグレイシャが事情を話し始め、何故か同行してもらえる事になった。


「にしても、何で俺達に手を貸してくれるんだよ。最初は邪魔してきたってのに」

「事情が事情だからな。最初は蒼い城目的かと思って、母からも命を受けて止める気だったが、もうそれどころじゃない」

「それどころじゃないって……」


 どういう事だよと訊ねれば、ブーリャは間を置いて息を吐く。そして俺の隣に居たグレイシャに言った。


「こいつらには話してないのか?」

「中々タイミングが無かったからね」

「全く……」


 グレイシャに再び溜息をついた後、ブーリャは俺を見た後前を向いて「なるべく手短に話す」と言う。聞かされたのはソンニョの話だった。


「元々この国に使える天使と呼ばれる翼人達は血の契約によって、驚異的な寿命を得ている。そこまでは理解しているよな?」

「あ、ああ……少し前にグレイシャに聞いた。けど、あいつは他にはない力を持っているんだよな?」

「そうだ。そこまで分かっているのならば話が早いな。要するにあいつはある奴と手を組んで、力を得ている。だが、そいつは俺達には手出しできない奴だ」

「手出し出来ない? お前やグレイシャでも?」

「出しても良いけど、厄介な事にはなるかな」


 俺の呟きに、グレイシャが苦笑いを浮かべ返す。となると守り神か若しくは……

 ぼんやりとだが、その人物を思い描いていると、頭上からズシンと大きな音が響く。それにより砂埃が上から落ち、振動で廊下も揺れると、ブーリャの表情が険しくなる。


「この音……かなり大きな生物の仕業だと思うが、まさかな」

「大きな生物⁉︎ な、何かいるのかよ⁉︎ この階に⁉︎」

「ここには居ない。奴は一体しかいないからな。けど、もし仮にそいつだとしたら時間はない」

「……っ、コハク!」


 嫌な想像が幾つも脳裏に浮かぶ。キリヤさん達やあのライが傍にいるから大丈夫。そう思いたかったが、グレイシャやブーリャの話を聞いていると、どうしても楽観できなかった。

 その後も何度か音が聞こえ振動も感じつつ、何とか上に上がる階段を見つけ、息を切らしながらも上っていく。

 走り続けたのもあり、足はガクガクだし脇腹や肺も痛かったが、必死になって二人に着いていくと、いつしか音が止んでいるのに気づき、足を止める。


「……コハク?」


 もしかして倒したのか? 膝に手を置き、咳き込みながら俯くと、前を走っていたブーリャが戻ってくる。


「おい、何をやっている。置いていくぞ」

「っ……分かってるよ」


 そう言い返し、震える脚に鞭打って再び上り始めた。たった一階分だけだというのに、階段は多く、上の階までかなり遠く感じた。

 二人から遅れ気味になりつつ、ようやっと階段を上り終えた時、ブーリャが足を止める。


「……」

「……ブーリャ?」


 僅かに息を切らすグレイシャが訊ねれば、ブーリャは背負っていた大剣を手にし進み出す。

 ブーリャのその様子に、俺とグレイシャも警戒を持ち直すと、歩んですぐ入った空間に、沢山の人の姿を見つけた。が、同時に鼻腔に堪えきれない腐敗臭が入ってきた事で、胃酸が迫り上がってくる。


「……っ」


 吐きそうなのを堪え口を押さえながらも、改めて顔を上げて見ようとすれば、グレイシャが視界に入り込み、それを遮る。そしてこれまでにない低い声で言った。


「シンクくんは見ない方が良い」

「そう言われると、かえって気になって想像しちまうんだけど」

「……ま、それもそうだけどね」


 溜息を漏らし、少しだけ声色が柔らかくなる。だが、それでもグレイシャは前から避けなかった。

 そうしている間に、ブーリャが前に出て大剣を振るうと、生々しい音が聞こえ、目を閉じる。

 切る音が続いた後、最後に剣を振るう音が聞こえ「終わったぞ」と声が聞こえると、俺はグレイシャの背後にくっついたまま歩いていく。

 その最中恐る恐る目を開けば、足元に広がるそれらに、胃を握り締められる感覚に陥った。

 

「ゥ……」


 えずいた事でグレイシャが振り向くと、「待って」と場違いな声を上げて離れる。


(畜生……んな、事で、足止めされている暇はないのに)


 早く行かないとコハクが。そう思いどうにかして吐くのを堪える。

 それから口を押さえたまま数歩歩き、視界に真っ白な空間が目に入ると、一瞬目が眩んだ後その光景に立ち止まる。

 柱の燭台の炎がグラグラと揺れる中、真っ先に目に入ったのは横たわるライの姿だった。


「っ、ライオネル‼︎」


 俺よりも先にグレイシャが飛び出し駆け寄る。ライの身体の周りには血溜まりが出来ていて、グレイシャに抱えられても尚、目を覚まさず揺さぶられていた。

 それから視線を横に向けると、ハルキさんとベニートさんに声を掛けられるキリヤさんが見えた。


「キリヤさん!」

「大丈夫か!」


 焦った表情の二人に、俺は言葉を失う。そして意に駆られた様に三人の元に向かうと、大怪我をしながらも僅かに息をするキリヤさんが瞼を開いた。


「……コハク、は? あいつは、無事……なのか」

「っ……コハク!」


 言われ、辺りを見回す。けれどもコハクの姿はどこにもない。

 すると、傍で震えていたハルキさんが「実は」と今にも泣きそうな声で言った。


「姫、様は……その、魔鏡、の守り神とかいう奴に連れて、行かれて……!」

「……な」


 キリヤさんの目が見開かれる。と、話を聞いていたのか、グレイシャの声が飛んでくる。


「魔鏡の守り神⁉︎ 魔鏡の守り神が彼女を連れて行ったって言うのかい⁉︎」

「……クソ。この世に及んで卑劣な」


 グレイシャに続き、ブーリャも苦々しく吐き捨てる。

 その魔鏡の守り神を知らない俺は、ソンニョが化けて出たんじゃないのかと言えば、ハルキさんとベニートさんが揃って首を横に振る。


「ソンニョは、キリヤとあの神様をそれぞれ槍で貫いた後、最初は姫様にも手を出そうとした。けど、それを魔鏡の守り神が止めたんだ」

「だから最初は味方になってくれたんだと。そう思ったっす……けれども、その後に……」


 そう言ってハルキさんは口籠る。

 重い沈黙が流れる中、キリヤさんが起き上がると、ハルキさんの腕を掴み、その先の言葉を催促した。


「……な、何だよ。何をされたんだよ。魔鏡の、守り神に」

「……っ、う」

「ハルキ……‼︎」


 名前を呼ばれしがみ付かれるが、ハルキさんはキリヤさんと目を合わす事無く、強く目を瞑り震える。

 それでもキリヤがハルキさんを揺さぶれば、見ていられなくなったのか、ベニートさんがキリヤさんの腕を掴む。そして悔しげに顔を歪めながら少しずつ呟いた。


「っ……姫様、は。息が止まったお前にかなりショックを受けていた。だから、あの男の提案を受け入れたんだ」

「……提案? それに俺の息って……」

「言っただろ。槍で身体を貫かれたって。それでお前、さっきまで死んでいたんだ。けど、あの男の術で、生き返った。その見返りに姫様は、あの男に着いて行ったんだ……」

「――俺を、生き返らせる、為に?」


 キリヤさんの言葉が辺りに響く。

 誰もが辛く、重い表情を浮かべ黙り込んでしまうと、俺は茫然としてその場に座り込み、頭を垂れた。


(なんだよ、それ)


 あの時、足を休めていなければ間に合っていたかもしれない。

 動く死体など気にせずに進んでいたら間に合っていたかもしれない。

 ……いや、そもそもあの時罠に掛かっていなければ。


 何もかもが甘く、後手で、足を引っ張ってしまった俺のせいでコハクがいなくなった。

 そんな自分に腹が立ち、そして同時に虚しくて。

 今更こんなに後悔した所でと自分でも思うが、今はただただ項垂れる事しか出来なかった。

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