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夜明けの氷狼  作者: チカガミ
3章 夕暮れの領域
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【3-20回想】足を止めて

 カナタさん達を置いて、あの場から離れる。

 意識が遠のき、寒さもあって足が覚束なく感じる中、前を歩くシンクの背中を見つめついて行く。

 と、急に足から力が抜けてしゃがみ込むと、背後にいたライが手を伸ばし、身体を抱える。


「っ、コハク‼︎」

「ご、ごめ……急に、力が」


 咄嗟に謝り、自ら立とうと足に力を入れる。だが、視界が周りそのまま膝をつくと、ライによってその場に寝かされる。

 目眩が止まらず、気持ち悪くなって目を瞑れば、キリヤの案ずるような声が聞こえてくる。


「コハク。大丈夫か」

「……ごめん。ごめん、なさい」


 大丈夫かの問いに対して出てくるのは謝罪の言葉だった。

 足を引っ張ってばかりで、間違った選択をして迷惑をかけて。それでシンクも怪我して。

 息が早くなり、涙と共に嗚咽が漏れ出すと、それを押し殺す様に口を押さえれば、キリヤは間を置いた後、優しく話しかけてきた。


「んな、謝るなって。それにお前らここまでに一回も休んでいないんだろ。ったく、ただえさえ慣れてねえ癖に無理しやがって」

「っ、けど……」

「安心しろ。ここには神様が二人もいるんだ。ちょっと休憩したって構いはしないだろ」


 な。とキリヤに言われたライはキョトンとした後、小さく頷く。続いてグレイシャさんも、「大丈夫だよ」というと辺りを見渡しつつ壁に手を触れる。


「ここら辺に一時的に神域を張る。他の神に見つかる可能性は無きにしもあらずだけど、天使達からは見えないからちょっとは休めると思うよ」

「おぉ、流石神!」


 仲間にすると頼もしいっすねとハルキさんが言えば、グレイシャさんが「でしょ」と笑い返す。それによって周りも笑うと、私の気持ちも少しだけ楽になった。

 シンクはシンクで疲れていた様で、休めると聞いた瞬間、壁に背中を付けるとそのまま座り込み頭を抱えていた。


「はぁー……」


 深く長い溜息に、キリヤはやれやれと言わんばかりに私達を見下ろすと、腰に下げていたポシェットから携帯食であるビスケットを取り出しシンクに渡す。

 シンクはそれを受け取ると礼を言って恐る恐る口にした。


「……久々に何か口にしたかも」

「だろうな。本当は水もあったら良いんだが」

「確かに、水分が奪われる……」


 そう呟きながらも渡されたビスケットを、大事そうにシンクが口にする。それを眺めていると、私にもビスケットを渡され、ゆっくり起き上がり口に運ぶ。

 だが頭がぐらつき、口にするのをやめてしまうと、キリヤがしゃがみ込み、私の額に手をやる。


「熱はないが、顔色が悪いな」

「……」

「……もしかしなくても、今色々と考えこんでるだろ」


 キリヤに言われ目を逸らせば、キリヤは額を人差し指で押す。そして小さな声で「だから連れてこれなかったんだ」と言った。


「ま、そんな事も考えず鍛えさせた俺も悪かったが……それはそれとして、ここまで来たお前には説教よりも労りが良いかもな」

「沢山、迷惑をかけているのに?」

「ん? 説教がいいか?」

「……それは嫌」

「だろ」


 素直に返せば、キリヤは小さく笑み人差し指で何度も額を突く。と、キリヤの背後で座り鞄を探っていたハルキさんが声を上げると、缶を取り出し振り向く。


「これだったら口にできるかも」

「お、パスタ入りの缶か。よく持ってたな」

「多めに持ち込んでたんすよ」


 はい。とハルキさんに缶を渡され、キリヤは受け取ると、アーミーナイフで缶を開け、匙で中身を掬う。

 流石に一人で食べられるよと、恥ずかしさのあまり照れながら言えば、匙ごと缶を渡された。


「いただきます」


 そう言って口にすると、冷たくもトマトの味が口に広がり食欲が戻ってくる。

 ゆっくりとだが一口一口食べていると、視界の端でシンクがベニートさんから缶を貰っているのが見えた。

 半分まで食べ終えると、私に寄り添う様に座っていたライが声を掛ける。


「美味しい?」

「……うん、美味しい」

「そっか」


 良かったと、ライが笑む。それに釣られ私も笑むと、それを見ていたキリヤがビスケットを食べながら呟いた。


「何か見てるとくすぐってえというか何というか」


 と、それを聞いたグレイシャさんがニヤリとしてキリヤに言った。

 

「お、もしやヤキモチかい?」

「あ? 誰がヤキモチだって?」


 んな風に見てねえよと、キリヤがグレイシャさんに吠える。その反応にグレイシャさんは面白がれば、ライが溜息をついた。


「ちょっと……ちょっかい出さないの。兄さん」

「〜♪」

(聞いてないみたい)


 ライの注意を他所に、グレイシャさんはキリヤを弄る。その騒ぎにハルキさんやベニートさんも笑ったり呆れたりしながら、束の間の休息を過ごしていた。

 缶のスープを口にした事で、体調が少しだけ良くなった頃、先程からの賑やかな空気が変わり、誰も喋らず静かになると、私はそっと膝を抱えそこに顔を埋める。

 本当ならば横になって休んだ方が休まるのだろうが、そこまでゆっくりする時間も残っていなかった。

 ある程度お腹が満ち、寒さも相まって眠くなる中、無意識にライに身を傾けてしまうと、ライは身に纏っていた上着を脱ぎ肩に掛けてくる。


「……ライ?」

「寒いでしょ。俺は慣れてるから」


 そう言って頭を撫でた後、ライはそっとその手を私の肩に置く。そしてそのままライの腕の中に引き寄せられると、彼の肩口に頭を置く形となり、距離が近くなる。

 彼の体温と微かに聞こえる心音に、眠気は引き、逆に目が覚めてしまうと、ライの手に力が籠るのを感じた。


「……」


 見上げライの顔を見れば、その表情は少し前にリアン先生と対峙した後の顔と似ていた。

 どこか寂しげで、憂いを帯びていて。左右色違いの瞳が悲しく揺れるのを見つめていると、それから視線を下ろし、目を閉じる。

 彼の優しさの裏には怯えがある。それが一体何に対してなのかまだ分からないけれど、きっと彼からそれを明かしてくれる日は来ないのだろう。何となくだがそう思った。


(助けてもらってばかりで申し訳ないけど……でも、話してだとか頼れなんて今の状況じゃ口が裂けても言えないな)


 私がもう少し強ければ。ちゃんとしていれば。なんて考えつつ、それもまた我儘だなと思ってしまって息を吐く。

 そんな独りよがりな事を考えていると、前から声が聞こえてきた。


「コハク、寝てるのか」

「……多分」

「そうか。……その、すまんな。コハク達が迷惑かけて」


 キリヤが謝ると、ライは「ううん」と否定する。それからしばし間があった後、キリヤはライにある事を訊ねた。


「お前は……やっぱりコハクの事好いているのか」

「っ⁉︎」


 驚いたのか、大きく身体が揺れる。そして、狼狽えた後小さく「うん」と答えた。

 それを聞いたキリヤは特に笑む事も怒ることもなく、「ふーん」と返す。


「……ま、お前だったら任せても良いかもしれねえが。浮かない顔してんのは事情があるからなんだろ」

「事情……そうだね」


 キリヤの問いの後、ライは私の髪に触れる。何度も撫でた後、ポツリと呟いた。


「俺は……俺達は、仇討ちの為にある人物を追っている。何百年……いや、何千年も、長い間追って、そして何も出来ないでいた」

「仇討ちのために何千年もか。すげえな」

「とは言っても、最近はもう諦観しているようなものだけどね。あまりにも時間が長すぎた」


 正直なところ疲れてると言って良いかも。と、ライは笑む。

 キリヤは黙っていたが、それに構わずライは話を続けた。


「俺達はさ。ただ、幸せに、普通に暮らせれば良かったんだよね。魔術師とかも、旅をしている最中に偶然なった様なものだし、必要だったからなっただけって言った方が良いかも」

「……それで、様々な国に関わってきたって事か」

「うん。国も大体は俺達の力が目当てだっただろうけどね。一応俺達も稼ぎは無いよりあった方が良いし」


 そうやって流れる様に生きてきて。時折憎いアイツを追いかけて。くすりとライは笑うと、キリヤが呟いた。


「ご苦労なこった。……じゃ、今回手を貸してくれるのも、その暇つぶしみたいなものか?」

「そう、なるのかな。けど、コハクを見てると放っておけなかった」


 キラキラしていて、暖かくて。目が離せなかった。

 そんなライの呟きに、流石に寝ているフリが出来なくて、瞼を開く。

 もぞりと動いた事でライが気づくと、「ごめん起こした?」と謝ってくる。

 ライの謝りに首を横に振るが、目を合わせられず俯けば、ライに背を向ける様にキリヤを見る。

 キリヤは私を見るなり瞬きした後、口角を上げ言った。


「もしかして、聞いてたのか? さっきの話」

「っ⁉︎」

「えっ⁉︎ 聞いていたの⁉︎」


 ライが素っ頓狂な声を上げれば、少し離れた場所にいたグレイシャさんが興味を示し、近寄ってくる。

 それによって更に面倒な状況になり、ライがグレイシャさんを諌める中、周りが落ち着くまで私は顔を両手で覆った。

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