【3-19回想】かける
それから倉庫部屋を後にし、兵士に見つからぬ様移動していると、キリヤの言っていた仲間と合流する事が出来た。
「すんませんキリヤさん。思った以上に警戒されていて」
「いやいい。上であれだけ騒げばな」
私にとっては顔見知りであったハルキさんが謝れば、キリヤは静かに返し、ハルキさんと、共についてきていたベニートさんを私達の背後に回す。
ハルキさん達が側を通り過ぎる様に、小さく会釈をすれば、彼らは人懐こい笑みを浮かべながら手を振っていった。
「久々っすね。姫様」
「身長伸びたか」
「えへへ……最後に会ったのは数年前でしたからね」
言われ若干照れつつそう返していると、足音が遠くから聞こえてくる。
それを耳にしたキリヤが、警戒する様に長銃を握り締めるのが見えると、私もまた剣の柄を握りキリヤを見つめた。
先頭に立ち、陰から見張るキリヤの合図を待ちつつ、私達はじっと息を潜めていると、近付いていた足音が止まり、より気を張り詰める。
と、再び足音がし始め、先程よりも早くなれば、キリヤは腰のベルトからナイフを取り出して手にする。そしてその足音の主の影が現れた瞬間、横にいたライが声を上げる。
「な、兄さん……⁉︎」
「お? ……ああ、なんだ。ライ達か。びっくりした」
「お前かよ。びっくりさせるな」
ライの言葉にひょこりと顔を出したのは、ブラウンの外套のフードを被った銀髪の男性だった。
その姿にキリヤも安堵するが、歩み寄る彼を頭からつま先までじろじろと見つめていた。
「安心してよ。本物だから」
警戒されている事に気付いたのか、ライのお兄さん……グレイシャさんはにこりとキリヤを笑って見れば、キリヤは息を吐く。ソンニョの件もあり疑心暗鬼になるのは仕方ない。
ライもまた立ち上がりグレイシャさんに近づくと、グレイシャさんはライの肩に手を置き、顔を近づける。
「……お前、また暴れたな?」
「仕方ないだろ。状況が状況だったんだから。そういう兄さんこそ、随分と負傷したみたいだけど?」
「あれ、バレた?」
ライに指摘され、あははーと苦笑いを浮かべる。確かに外套には黒く滲んだ部分がいくつもあった。
治癒しようかと私も歩み寄ると、彼はこっちを見て瞬きした後笑って言った。
「大丈夫。傷は治っているから。……それよりも君は確かライのガールフレンドだね?」
「え、あ、はい。お世話になってます」
「こちらこそ。うちの弟は迷惑かけていない?」
「いえ」
寧ろ掛けているのはこっちである。
場に似合わず頭を深々と下げては挨拶をしていると、「はいはい」と言ってライが割り込んでくる。
「こんな場所で世間話しないの」
「あ、ごめんなさい」
「ちえーちょっと位良いじゃない。そんな事言ってただの嫉妬でしょ」
「うるさいよ」
頬を膨らませるグレイシャさんにライがジト目で言う。そして膨らんだ頬を何度か突いた後、呆れつつグレイシャさんに訊ねた。
「んで、そっちはどう?」
「? ……ま、想像通りって感じだけど?」
「だろうね」
「うん。で、そういう君らは? ソンニョと一緒にいたんでしょ」
「……まあね」
グレイシャさんに言われ、ライは頷く。そして簡素にだがライが説明すればグレイシャさんは「だろうね」と言って苦笑した。
「にしても撃っちゃったか。けど、そんな簡単に死にやしなかったでしょ」
「ああ。ピンピンしてやがったな」
グレイシャさんに言われ、キリヤが頷く。それを聞いたハルキさんとベニートさんが青ざめ、それぞれ呟いた。
「撃っても死にやしないって……つまりそいつは神か何かって事っすか」
「そんな……翼人があり得るのか。神になるなんて」
「それが残念ながら有り得るんだな。実際俺達だって元は人間な訳だし。でも、ソンニョの場合は少し違うかも」
「違う?」
違うという事は神ではないと言う事? 首を傾げつつ、そう呟けばグレイシャさんは頷く。
「そもそもこの領域で、何故翼人が己を天使と呼んでいるのか。それは、神と血の契約を交わしているからだよ」
「血の契約……って、吸血鬼とかが良くやると言われている」
「そう。契約者の血を眷属対象に飲ませると言うものだね」
教科書にも載っていた血の契約。
しかし、本来それらは悪と呼ばれる吸血鬼や悪魔などがやる契約方法であり、神聖な存在が交わすイメージは浮かばなかった。
その疑問を口にすれば、ライが腕を組みながら言った。
「確かに血は穢れとも言われた時代はあったけど、神の一声で変わるものは変わるからね。多分神聖な儀式か何かに形を整えてやったんじゃないかな」
「そう。ライの言う通りで、ここだと血の契約は成人の儀として二代前の守り神の時代から行われていた」
「成人の儀……」
「成人の儀式に血を飲むのか……いくら神のと言われても飲みたくはないけどな」
話を聞いていたシンクが苦々しく呟けば、ライが「衛生的にも良くないからね」と現実じみた返しをする。
こうして、成人の儀を経て翼人達は天使となるが、眷属になっただけで、神の様に瞬間的に傷を癒す力もなければ、力もあまりないという。
「けど、ソンニョは銃撃を受けても尚生きていた。それどころか傷が癒えていた。となると、他の天使にはない何かを得たという事になる」
「得たって……何を?」
グレイシャさんの言葉にライが訊ねる。すると、話を聞きつつ辺りの様子を警戒していたベニートさんの表情が変わる。
「ベニート?」
「……誰か来た」
その言葉に、再度私達は陰に身を隠す。グレイシャさんもグレイシャさんで、ブーツ裏に隠していた小型の投げナイフを手にし、ライと共に私やシンクを守る。
足音は複数。流石に今回は戦闘になるかもしれないと、緊張していると、バタバタと焦った様子で角から翼人の若い兵士が駆けてくる。
「はあ、はあ……っ、何が起きているんだ⁉︎」
そう言って、今にも泣きそうな表情で通り過ぎていくと、それから遅れて数人負傷した兵士が現れる。私達を探しに来た訳ではないようだが、武器を手にしているのもあり、しばしキリヤは様子を伺っていた。
その後も何人か通り過ぎて行くと、それを追って来たのは他でもないカナタさん達だった。
「カナタ……⁉︎」
キリヤが驚きの声を漏らし、ベニートさんも目を丸くする。返り血なのか知らないが、カナタさん達は暗闇でも目立つ位に真っ赤で、異様な雰囲気を纏っていた。
ベニートさんが向かおうと身を乗り出せば、キリヤがベニートの肩を掴む。それに対し「どうして」と訊ねれば、キリヤは眉間に皺を寄せたまま言った。
「あいつはもうダメだ」
「だ、ダメって……」
「よく見ろ。あいつはもう生きちゃいねえ」
キリヤの言葉に背筋が凍えた。そして先程見た彼の姿がはっきりと脳裏に浮かび、消えなかった。
生きていない? でも、動いているじゃない。あれ、でも……
深く考え始めてしまうと、私の様子に気付いたのか、ライが軽く抱き寄せ囁く。
「あまり考えないで。辛いかもしれないけど」
「っ……」
ガタガタと身体が震える。それを落ち着かせようと、ライが背中を摩る中、ガタンと何かが床に落ちる音が響く。
「っ、キリヤさん!」
ハルキさんの声に顔を上げる。振り向くと、キリヤがナイフ片手にカナタさんの元に向かっていた。
※※※
「っ、カナタさん、カナタさん……!」
ハルキさんの悲しげな声が響く。
床には、カナタさんの他にキリヤ達の仲間が数人横たわっていた。
グレイシャさんによってそれぞれに布がかけられていたが、その白い布に浮かび上がる赤が、とてもじゃないが怖かった。
そこから少し離れた場所で、シンクと共に座り込んでいると、グレイシャさんが歩み寄る。
「大丈夫……じゃないか」
元気づけようとしてくれたのか、僅かに笑みを浮かべ話しかけてくるが、私達は応答する気力も湧かなかった。
そんな私達を他所に、傍に立っていたキリヤがグレイシャさんに話しかける。
右袖には、カナタさん達の止めを刺した際についた返り血がこびりついていた。
「やっぱりソンニョにやられたのか。あれは」
「術はね。けど、傷はかなり前から負っていたみたいだし、もしかしたらとっくの前にやられていたのかも」
「……そうか」
それを聞いて、キリヤは瞼を閉じる。見上げてその様子を眺めていれば、ずきりと胸が痛んだ。
生前のカナタさんの姿が思い浮かぶ。キリヤとは昔からの知り合いで、優しくて、インヴェルノの話を沢山してくれた。
彼は父共に愛国心が強く、獣人達の事を思っていた。だからきっと最期まで獣人や半獣人の為に頑張って戦ってくれた。
(……けど、居なくなったらもう)
怖かった。ただただ怖かった。そして今更ながら、この地に踏み込んでしまった事を後悔した。
失っても、会えなくなっても尚、前に進まなければならないこの状況が地獄の様に感じた。




