【3-17回想】混乱
「う、ぐ……かは……」
苦しげな声の後、辺りに倒れ込む音が響いたのはそれから間も無くの事だった。
倒れたヴィンチェンの傍に居た翼人の使用人が声を上げた事で、辺りはざわつき兵士が入ってくる。
あっという間に変わってしまった状況に、私達も唖然としていると、ライが苦々しく呟いた。
「どういう事? まさかアイツ毒盛ったんじゃあ」
「そんなまさか。いくら私でもそんな大胆な事はいたしませんよ」
「ソンニョ……!」
やれやれと言いたげに、ソンニョはやって来る。では一体誰がこんな事を?
辺りが混乱状態の最中、ソンニョは倒れているヴィンチェンを見るなりこう呟いた。
「ああ……あれはもうダメですね。蘇生は難しいでしょう。それにしても、そんな猛毒誰が仕込んだのやら。少なくとも私の同族ではない事は確かでしょうが」
「……」
「おや、何処となく顔色が良くないみたいですが。……もしかして、恐怖で満ちていらっしゃる?」
そう指摘されると、隣のシンクが引き攣った表情で言い返した。
「そういうお前は、何で平然としていられるんだよ……!」
「……はあ、なるほど。これは思った以上に純粋無垢みたいで。ここに来た以上はそれなりの覚悟があると思いましたが」
ふむ。とソンニョは顎に手をやり私達を見る。その言葉が深く胸に突き刺さり、ただ服の袖を握りしめる事しか出来ないでいると、ライの声が聞こえた。
「それで? アンタの計画は大丈夫なの?」
「計画? そうですね。まあ、どちらにせよヴィンチェンがいなくなった訳ですし、結果オーライって言った所でしょうか。問題は夕暮れの守り神が誰になるかって話ですが」
「……終わったのならば、ランは連れて帰っていいよな」
「ええ。どうぞ。……ですが」
シンクに対し、ソンニョはそう言いかければ、私の方を見る。思わず素っ頓狂な声を漏らすと、ソンニョは口角を上げて近づいて来た。
目の前にソンニョが立ち、顔に手を伸ばされると、顎をくいと持ち上げられ、囁かれる。
「貴女には後始末をお願いしなければ」
「後始末……?」
「っ……」
ライの表情が険しくなり、シンクもまたソンニョを睨む。二人の警戒を他所に、ソンニョは言葉を続けた。
「此度の件で、神の国の人々は貴女方をより敵視するでしょう。それを諌める為に貴女が必要なのです」
「っ……つまり再び私達の所為にさせて、場を収めようと?」
これじゃ、以前と変わらない。いや、それよりももっと酷いことになる。
流石の私も声を上げようとすると、ソンニョは笑みを消して「だから」と話す。
「貴女にはそうならない為に頑張っていただきます。まあ相当難しいでしょうが。命を賭ければそこらの人間位は味方になってくれるのでは」
「……」
「――それ、本気で言ってる?」
ライの低い声が聞こえる。シンクも怒気を含ませた声で、「ふざけるなよ」と言うと、ソンニョの元に駆け寄り胸ぐらを掴んだ。
「半獣人や獣人がお前らに何かしたか? 何でお前らの都合にあいつが巻き込まれなきゃいけないんだ‼︎」
「ふっ……それは貴方も知っている筈でしょう。彼女は半獣人の中でも特別な存在だって事を」
「……インヴェルノの姫だから、そうしろってか? ふざけるなよ‼︎」
声を張り上げ、シンクはソンニョをより追い詰める。だが、それがかえって私達の状況を窮地に追いやっていた。
ライが周囲の様子に気付き、シンクの肩を掴んで止めると、いつの間にか兵士がこちらに集まり囲んでいた。
そのうちの一人が、剣を抜き私に向けると、「インヴェルノの姫だな」と訊ねてくる。
「……っ」
「その髪色。顔立ち……なるほど、かつて我が領域を脅かそうとした白い獣の魔女に似ている。ヴィンチェン様の件とも関わりがありそうだな」
「違う! こいつは……」
シンクが間に入る。だが、それを見た兵士がシンクに対して剣を振るうと、目の前を赤が飛び散った。
「シンクっ‼︎」
よろめき膝をつくシンクに駆け寄る。傷を確かめれば、胸元を大きく横に切られていた。
(どうしよう。自分のせいで)
顔を歪め傷を押さえるシンクに、私はただ傍にいる事しか出来なかった。すると、ライが前に出てくるなり、兵士の剣を短剣で弾き返す。
反撃された兵士は舌打ちすると、より大きくライに向けて剣を振り上げる。
「大きく動き過ぎ」
「なっ……⁉︎」
小さくもはっきりと聞こえたライの言葉。それを耳にした兵士が驚きの表情を浮かべると、兵士の身体を何かが貫通し、その場に倒れ込む。
返り血を浴びたライは、その血を拭う事なくその場にいた兵士達を次々と攻撃し始めた。
「ら、ライ……?」
明らかにいつもとは違う冷酷な表情を浮かべる彼に、呼び止めようと手を伸ばす。
すると、そこに別の集団が入ってきた。兵士とは違う、翼も生えていない人々。その中心に立っていたのは、以前キリヤの知り合いと聞いていたカナタさんだった。
「いけー! 乗っ取れー!」
カナタさんの声と共に、それぞれの武器を持った男達が兵士達と交戦しはじめる。
それを見たソンニョが笑みを浮かべた。
「来ましたね」
だが、タイミングが悪い。
そう呟きその場から離れようとした時、ソンニョが立ち止まり焦った表情を浮かべ振り向く。
瞬間複数の銃声と共に、ソンニョの胸元と腹部に銃弾が命中し、ソンニョは目を見開いたまま背後に倒れた。
「っ⁉︎」
倒れたソンニョに対し、シンクも顔を上げて唖然としていると、私達の背後から見知った声が聞こえてきた。
「……全く、世話の焼けるバカお嬢とボンボンだな」
「!」
背後を向けば、長銃を手にしたキリヤがいた。
その長銃の銃口からは微かに煙が出ていて、銃弾を新たに装填すると、銃口をソンニョに向ける。
ソンニョは動かず傷や口元から血を流していたが、少しして手が上がった。
「まさかこんなに早くやられてしまうとは。とんだ誤算でした」
「ハッ……その割には余裕そうだがな。そう弱みを見せているのも作戦の内じゃないのか」
そうキリヤが言うと、ソンニョは上体を起こす。
明らかに致命傷であり、背中に生えた翼も赤く汚れていたが、俯き口元を抑えると、咳き込み何かを吐き出した。
それをこちらに見せびらかしてくると、キリヤの眉間に皺が増える。
「そうですね……少し前の私ならばとっくに死んでいた所でしょうが、今はほら……あっという間に傷は治せるんですよ」
「お前……」
キリヤが苦々しく呟く。ソンニョが見せていたのは、キリヤが放った長銃の弾だった。
それを床に落とすと、どこからか取り出した白いハンカチで口元を拭いながら、ソンニョは立ち上がる。
「貴方の事はカナタさんから聞いていますよ。そこのインヴェルノの姫を一人で育てたとか」
「……ああ。なるほどな。通りでおかしいと思った」
ソンニョに対し、キリヤはぽつりと漏らした。
対話になっていないその会話に疑問に思っていると、キリヤは淡々とした様子で話す。
「少し前から妙にあいつらと話が合わねえ、計画も知らぬ間に変わってるから、何かおかしいと思ったんだ。……お前、俺になりすましてカナタ達と接触してただろ」
「……よくあの会話でそこまで気付きますね。心を読む魔術でも使いました?」
「んなもん使わなくても分かるんだよ。それに、生憎こちとら悠長に敵と話す余裕がなくてな」
そう言って再び長銃を構えれば、横目でこちらを見て言った。
「一旦離れるぞ。離れるなよ」
「! ……う、うん」
キリヤの言葉に頷き、シンクの肩を持って一緒に起き上がる。すると、汚れたジャケットを脱ぎながらライが戻ってきて、キリヤと視線を合わせた。
「……お前、魔術師の癖に血生臭い事もするんだな」
「まあ、魔術ばっかり頼っている訳にもいかないから。それにこれは至近距離で魔弾放ったからね」
溜息混じりに腕を捲る彼にキリヤは小さく苦笑すれば、再度ソンニョに視線を向けた。
ソンニョは笑みを絶やさず見つめていたが、ソンニョに目をつけた兵士達が囲み始めると、その隙に私達はその場から離れていった。




