【3-16回想】とある守り神の話(テンペスタside)
城に産声が響き渡ったのは、大きな満月が地を照らしていた晩の事であった。
部屋の扉を開け、愛しい妻に抱かれた小さな命を見るなり、胸がいっぱいになったのを今でも最近の様に覚えている。
夕暮れの領域の守り神となって丁度千五百年。そんなめでたい年に生まれた息子はムーンと名付けられ、領域の奥地にある城で妻のヴィオラと共にひっそりと暮らしていた。
本来領域の守り神の妻や子は神殿で過ごすのが決まりになっていた。だが、ヴィオラは半獣人の娘だったのもあり、神殿に居着くことを許されなかったのだ。
当時からこの領域では、種族差別が強い傾向があった。人間は勿論、獣人や半獣人など下の下。領域外に追放するのはまだ良い方で、中には奴隷として態々他の領域から連れ込む者もいた。
ヴィオラもまたその様にして連れ込まれた娘であった。孤児でもあり、上位天使の魔力の糧として献上された彼女を、気まぐれながら助けたのが始まりだった。
銀色の髪に月の様な美しい瞳。皆が嫌う三角の耳や尻尾も私にとっては愛おしく感じた。
やがて周囲の反対を押し切り、ヴィオラを妻として迎えたものの、未だに反対するものも多く、そんな状況に辟易していたある時。私の噂を聞きつけたヴィンチェンがやってきた。
「いい加減にしていただきたい兄上‼︎ 半獣人の娘を妻に迎えただけでなく、子までこさえていたとは‼︎」
これでは夕暮れの守り神の地位が穢れてしまう。
そう言い放ったヴィンチェンに対し、私は睨み返すと、弟の身体に剣を突き立てた。
周囲は勿論の事、ヴィンチェンも痛みで声を上げた後、うずくまりながらも私の足を掴みながらこう言い放った。
「あの女は魔女です……っ。兄上は騙されているのです。目を覚ましてください兄上……!」
「ほうまだ言うか。どれだけ私の妻を貶せば気が済む」
「兄上っ……‼︎」
苛立ちは止まらなかった。下衆だからと見下し、ちゃんと見ようとしない者達が嫌だった。
ヴィオラが魔女? いいや、お前達が悪魔だ。何が天使か。何が神か。
そんな思いがここにきて爆発したのだろう。付き人である天使達に止められた時には、ヴィンチェンは瀕死状態だった。
その後治療の甲斐もあり、ヴィンチェンは助かったものの、この件をきっかけにヴィンチェンの仲は最悪な物となり、同時に周囲の天使からも腫れ物扱いされる様になった。
「テンペスタ様は気が狂われてしまった」
「時期も時期であるし、もはやテンペスタ様は降りた方が良いのではないか」
そんな陰口が所構わず聞こえてくる様になり、神殿の中はより窮屈なものになった。
出来る事ならば、今すぐにでも守り神を捨てて、ヴィオラとムーンを連れて遠くに行きたかった。その方がヴィオラ達にとっても、自分にとっても良いと思ったから。
けれどもそれを真っ先に否定したのは、他でもないヴィオラだった。
「テンペスタ様は守り神です。テンペスタ様は以前私に約束してくださいましたよね。誰でも暮らせる……笑顔でいられる領域を作ると」
そう言って彼女は私の手を握り見つめてくる。遠くも儚く、しかし忘れてはならない大事な約束をここで思い出したのである。
挫きかけていた心を奮い立たせ、私は改めて守り神と向き合う事になった。そしてその約束を果たす為に、まず私は他の領域から連れてこられた奴隷を解放した。
勿論これによって反対の声は多かったが、それでも再び自由を得た人々の顔を見ると救われた。
続いて奴隷制度を失くすと、人々の意見は極端に分かれた。正確には、夕暮れの領域内と外でだが。
それでも改革を押し進め、ムーンが二歳になった頃。神殿にあの女がやってきた。地と時の神ストックである。
「最近らしくない事をしていると聞いたけど……もしかして彼女の影響かしら」
「……お前もヴィオラを愚弄するのか」
警戒し、そう返せばストックは「そんなまさか」と笑んで言った。ストックとは守り神である以上長い仲になるが、それでいて掴みどころのない気味悪さがあった。
ストックはこの日を境に毎晩訪れるようになった。そして少しだけ話すと、そのまますぐに帰っていく。
一体何を考えているのやら。不審ながらも、何もしないストックをしばし放置していた。
今思えば、それが間違いだったのだろう。もう少しストックを疑えば良かったと、今になって思う。
事が起きたのは、白い粉雪が舞う冬の始めの頃だった。ヴィオラのいる城を任せていた兵士が、傷だらけになりながら神殿にやってきたのである。
「テンペスタ様……‼︎ 城に奇襲が……‼︎」
「っ⁉︎」
頭が真っ白になった。放心していると、兵士に何度か名前を呼ばれた事で気を取り戻し、すぐに城へ向かった。
神殿からそう離れていないはずの城が遠く感じる中、近づくにつれ、辺りに焦げ臭い匂いを感じた。
(っ、火を放ったのか)
一体誰がこんな事を。怒りを滲ませた私は、無意識に強風を纏わせながら速度を上げた。
(ヴィオラ……っ、ヴィオラ、ヴィオラ、ヴィオラ……‼︎)
頭の中に浮かぶのは彼女の顔だった。
どうか生きていてくれ。そう願いながら、燃える城に近づく。しかし、そこで見たものは残酷な現実だった。
「……ああ。やっとおいでですか。兄上」
「ヴィンチェン……」
そう笑みを浮かべるヴィンチェンの傍には、深々と剣を胸に突き立てられ、事切れたヴィオラの姿があった。
横にはヴィオラを守ろうとしたのか、親しい女中が見るも無惨な状態で倒れていて、ヴィンチェンの剣が赤く照り上がるのが見える。
ヴィンチェンはヴィオラから雑に剣を抜くと、その剣から血を振い落として言った。
「あーあ。汚い血が付いてしまいましたね。でも、これで兄上は目が覚めましょう。おはようございます。兄上」
「ヴィンチェン……貴様……」
「ショックで言葉も出ませんか。かなり深刻ですね」
これではもう夕暮れの守り神も務まらないでしょう。そう言って、ヴィンチェンはその剣を私に向ける。
大事なものを奪われた。よりにもよってこんな愚弟に。こんな汚らしい考えを持つ男に……!
強く手を握りしめた後、余裕気に近づいてきたヴィンチェンに、私は槍を生成するなり勢いよく突き立てる。
「ヴィンチェン貴様ァァァァァァァァ‼︎‼︎‼︎」
喉を引き裂かんばかりに咆哮し、ヴィンチェンの身体を貫いたまま炎の城に突っ込む。
燃え盛る城の中壁にぶち当たったヴィンチェンは、何故か笑みを浮かべたまま、こちらを見上げ言った。
「痛いです。兄上」
「貴様貴様貴様ぁぁぁ‼︎‼︎ 許さない‼︎ 許さないッッッ‼︎‼︎」
「全く……そんなに大事ならば、連れて逃げ出せば良かったのです。それなのに、あの娘も、守り神もどちらも選んでしまうから」
だから自業自得ですよ。そうヴィンチェンは手を伸ばし言った。私はその手をはじき返すと、ヴィンチェンの首に手を伸ばし、強い締め上げる。
ギリギリと締め上げる感覚が手から感じ取る中、尚もヴィンチェンは涼しい顔をして見つめれば、いつの間にか手にしていた短剣を私の胸に刺す。
痛みと共に手から力が抜けると、ヴィンチェンは腹部に刺さった槍を引き抜き回復しながら、見下ろして言った。
「折角ですし、兄上にはここの領域の礎となってもらいましょう。そして、そこで俺の活躍を見ていただきます」
「っ……ヴィン、チェン」
血が流れ意識が薄れゆく中、ヴィンチェンは私の髪を掴み持ち上げる。
そして、手にしていた槍を首に当てられ、引かれた強い痛みと共に私は意識を失った。
……最後に、ムーンの事が脳裏を掠めていったが、息子の行方を知ったのはそれからかなり後になってからだった。




