【3-11】贄になった神(スターチスside)
夕暮れの守り神ヴィンチェン。天の国を創設した先代神テンペスタの義兄弟であり、約数百年治めたといわれている。
数百年と言うのは、神々にとってはほんの一瞬の間。他の守り神でも見られないくらいの最短守護期間である。
「けどまあ、名前と話は有名だよな。悪名だけど」
そう話をしていた朱雀は、頭の後ろで腕を組みながら言う。彼は直接会った事はないそうだが、主である聖園守神や知り合いの神などから話を聞いた事があるらしい。
例えば傍若無人で残酷非道な行いをしていただとか、後は蒼の城システムを作った神だとか、様々な言われ方をしている事は知っているらしい。
「じゃあ、その最期とか知ってるわけ?」
「最期? ヴィンチェンの?」
「うん」
「いやー……それは聞いた事ないけど。でも何か大きな事はあったんだろ?」
その事は何となく知っていると朱雀は言う。曖昧な所を見る限り本当の事は知らない様だ。
それもそのはず。あの時起きた事は、今も一部以外の人物しか知らない。特別箝口令を引いているわけではないが、少なくともあの場にいた人々は好き好んで話したりしないだろう。
朱雀は足を止めこちらを向くと、腕を下ろして言った。
「そもそもさ。なんで、蒼の城システムなんて作ったんだろうな。場合によっては世界が変わりかねないヤバい奴だろ。あれ」
「そうだねぇ。条件さえ揃えば誰でも発動出来るしね。まあ、神が上に立つ今の世界だからこそ、そういう切り札があるのも悪い話ではないんだけど」
実際ヴィンチェンの話を聞いている限りは、そういう切り札目的で作られた訳ではないのは分かっていた。
それにヴィンチェンの考えたあの城は禁術も禁術で、神を贄にしたものだった。
それを思い返しつつ、俺は朱雀に言った。
「強い力を扱えるってのはね、その分大きな代償があるって事なのはお前も分かるよね」
「ん、そりゃあな」
当たり前じゃんと言いたげに朱雀は言う。朝日が彼の背後を照らす中、少し前まで輝く様にあった力が今は小さくなっているのが透けて見えた。さっき転生の力を扱ったせいだろう。
あーあと呆れつつも、自分の頼みの最中力が減ってしまった朱雀に申し訳なく思いつつ、話を続けた。
「ヴィンチェンはあの蒼い城を作る際、義兄弟だったテンペスタを柱として入れている」
「え。……柱?」
朱雀が唖然とする。柱というのは、神の数えの単位にも使うが、この場合は単位ではなくまんま柱という意味である。
しかも、それはただ礎として取り入れられている訳ではなく、肉体そのものを材料として使われている。
そう話した所で、その意味が分かったのか、朱雀は顔を青褪めるなり震えて言った。
「ちょ、え……つまり、あれって、肉体って訳? テンペスタの?」
「そうだよ。しかも多分あれで生存してる可能性はある」
「いやいやいや怖いし痛いって。バカか⁉︎ バカなのか⁉︎ サイコパスも良い所だぞ⁉︎」
「だから悪名高いんだよ。あの神は」
よりにもよって義兄弟を生きたまま魔道具にしてしまったのだから。ある意味ではゾンビみたいなものである。
そんなグロテスクな話をした所で、朱雀は苦々しい表情のまま訊ねてきた。
「けど、今まで何度も蒼い城システム使われてきただろ。しかも神主導で。あれって分かっててやってるのか……?」
「ああ、今の神器を使うタイプの蒼い城システムは別種だからね。ヴィンチェンが作り上げた初期のは、四百年前のあれ以来使われていない」
「そ、そうなのか……」
「うん」
かと言って、今のシステムも安全という訳ではないのだが、気分的な意味ではまだ今の方がマシだ。
ちなみに、テンペスタを使われた蒼い城は神器が必要ない代わりに、一人人質を出す事が条件であった。それが、彼女……蒼い城の担い手である。
あの時、ヴィンチェンが早く彼女を連れてきたのは領域の門を開く前に、発動する気でいたのだろう。何せ、彼の傍には彼が最も消したい人物がいたからだ。
だが結局は上手くいかず、その人物の狙い通りになってしまったのだが。
「じゃあ、ヴィンチェンの作ったその城って、どこに行ったんだろうな」
「さあ……どこに行ったんだろうね」
そうぼやっとした答え方をすると、見つめてくる朱雀を他所に、歩く速度を上げる。
目の前には朝日に照らされた夕暮れの領域の門があった。
※※※
現代も夕暮れの領域は外部からの侵入を防ぐ為、高い壁が周囲に囲まれてはいるものの、門は開きっぱなしになっていた。
朱雀はその横で背伸びしながら、俺の後をついて行くと、しばらくして草原の丘から見えてきたのは、これまた白い壁に囲まれた集落であった。
ルベウス神殿がある天の国からはまだ離れているが、いつの間か出来たのだろうと思い門を潜る。そこにいたのは、現代の服装をした翼人達であった。
「いつの間か街出来ていたんだな……」
「しかも格好が外と変わらないじゃん」
へえ。と二人して驚いていれば、俺達に気付いたのか一人の男の翼人がやってきた。
「おや、珍しい。もしや他の領域から?」
「ああ。……えと、ここの集落の主と話がしたいんだけど」
「ああ、テンペスタ様ですね」
「……テンペスタ?」
これまた意外な人物の名に、俺と朱雀は顔を合わせる。
もしかしたら同名で違う人物かもしれない。なんて、思いながらも、翼人の男に案内されると、集落のあちこちに瓦礫らしき何かが散らばっていた。
「……ここはいつ出来たの? 数十年前に訪れた際には無かったはずだけど」
「ええ。そうです。ここが出来たのは今から十五年前位なので」
「それまではどこに?」
「天の国にいました。けど、色々ありまして」
そう男は苦笑いを浮かべ話す。まあ、あの謎に意識が高い翼人達が暮らすだけあって、その色々とやらに察してしまうものはあるのだが。
こうして男と世間話をしつつ、集落奥にある森へと入っていくと、先程から見かけた瓦礫がより目立つ様になってきた。
流石に気になって、男にそれを訊ねると、男はキョトンとした後こう答えた。
「あれは、城の瓦礫ですね」
「城? 城が建っていたの?」
「いえ。突然降ってきたのです。流星の如く」
それはあまりにも激しい音だった様で、ここから離れた天の国にもその音が聞こえたらしい。
それで気になった人々がやってくれば、そこには瓦礫があり、城らしき面影があったという。
そこまで聞いて、朱雀を見ると朱雀の顔がどことなく強張っているのが見えた。
(いや、まさかな)
そんな事があるのだろうか。
好奇心以上の恐怖が湧き上がる中、チロチロと泣く鳥の声が現実に呼び戻す中。ふと、森から出た時あの男の姿が無くなっていた。
「……あれ、どこ行った」
「スターチス」
朱雀の低い声が聞こえる。
心臓が煩いくらいに脈打つのが聞こえると、朱雀が凝視するその視線の先には、虚な表情で玉座に座る男の姿があった。
髪は白く伸び切っており、瞳も濁っている。正直生気が感じられないが、けれどもそれ以上に力が存在を示している。
朱雀は朱雀で怖気ついているのか、さっきよりも真っ青な顔になり口を押さえる。俺も立っているのが精一杯で、足が震えるのが分かった。
ぞわりと背筋が凍り、身動き出来なくなる俺達を他所に、男はただ見つめるだけ。声も発さず石像の様に固まっている。
しかし、その一方で男の元から力が広がるのが分かると、頭に何かが響いてきた。
『○^>>^>』
ぶつぶつと何かが聞こえる。それが言葉なのか分からず、頭を抱える。だが、それば力を通じて何度も訴えてきた。
『○^>>^>』
『○^>>^>』
『○^>>^>』
「……っ、何だよ、何が言いたいんだよ」
苦し紛れに呟けば、力が少し抑えられる。代わりに男の目に涙が見えた気がした。
すると背後からどさりと音がして、肩を跳ね上げる。振り向けば、朱雀が蹲り過呼吸を起こしていた。
俺もふらつきながら朱雀の前に膝をつく。そして小さく「一旦離れるぞ」と言えば、朱雀は何度も頷き俺に寄りかかってくる。
ふと来た道を見れば、白い鳩がそこに座り込んでいるのが見えた。
(ああ、これは)
とんでもない所に踏み込んでしまったかもしれない。なんて思いながら、朱雀を抱え足を踏み出した。
「……けて……くれ」
森に入った途端、途切れ途切れの掠れた声が風に乗って耳に入ってくる。
ちらりとあの男を見れば、姿は遠く小さくなりつつも、視線が合い見つめ返された気がした。




