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夜明けの氷狼  作者: チカガミ
3章 夕暮れの領域
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【3-10回想】思惑

 間近に迫る先生の顔。目を強く瞑っていると、先生から引き剥がすかの様に横から手が伸びてくる。

 これまでに何度かあった展開だが、今回はそれらよりも強く抱きしめられると、リアン先生に向けて彼が手を伸ばすのが見えた。


「っ、ライ……‼︎」

「ごめん、遅くなった」


 私が名前を呼んだのに対し、ライはそう答えると、リアン先生に向けて魔弾を放つ。

 突然の攻撃にも関わらず、先生は涼しい顔をしたまま顔を逸らして魔弾を避けると、右手を伸ばし空で何かを掴む。瞬間、間近から濃いバラの香りが漂ってきた。


(バラ……?)


 何? と周囲を見渡すと、頭上からライが咳き込み苦しげな声を漏らす。振り向くと、薄らとだが彼の胸元に赤いバラが現れ、バラの蔓が外に向かって伸びるのが見えた。

 その現象に言葉を失うと、ライは口元を袖で押さえながらも、リアン先生を睨む。リアン先生は表情を変えずただ一言こう言った。


「私の手の内から奪うまでに、彼女が好きな様だな」

「っ……」


 ……好き?

 視線を再びライに移せば、否定も肯定もせず、静かに先生を見る。と、騒ぎを聞きつけたのか、見回り中の兵士達がやってくる。

 その兵士達にライは小さく舌打ちすれば、リアン先生は笑みを消す。再び息を吐いた後、ライに向けていた手を下ろせば、一人の兵士に声を掛ける。


「何でもない。さっさと戻れ」

「えっ、で、ですが……」

「言っただろう? 何でもないと。まさか、天使ごときが私を疑うのか」

「い、いえ……」


 こちらを何度も見ながら訊ねる兵士に対し、先生は圧を強め返す。すると兵士は渋々引き下がり、一瞬こちらを睨みながらも、離れていった。

 こうしてまた三人だけになると、先生はこちらに歩み寄る。そして通りすがりにライに向かって耳打ちすれば、そのまま背後に向かっていき、姿を消す。

 シンとした冷たく暗い廊下に抱きしめられたまま、立ち尽くしていれば、糸が切れたかの様にライが座り込む。


「ライっ!」


 膝をつく彼に、私は慌ててしゃがみ込み彼の顔を覗く。汗が酷く、どことなく顔色も悪く見える。

 やはり何かされたのでは?

 そんな事を考えつつ、彼の顔に手を伸ばし頰に触れる。と、その手にライの手が重なれば、いつの間にか腰に手が回され、ぐいと引き寄せられる。


「……ライ?」


 先程と打って変わって戸惑いがちに訊ねれば、ボソボソと彼から声が聞こえた。だが、はっきりと言葉は耳に入ってこない。

 間を置いて再度彼の名前を呼ぶと、重ねていたライの手がゆっくりと上がっていき、背中から後頭部と回される。そしてそのまま腕の中に閉じ込められれば、か細い声で囁かれた。


「離したくない。誰にも渡したくない……けど」

「……ライ」


 ライの声や言葉には不安と葛藤があった。さっき、リアン先生から言われた事と関係があるのだろうか。

 何も聞けず、されるがままに抱かれていれば、深く息を吐いた後ライは言った。


「ごめん。俺のせいで、巻き込んで」


 そう謝った後、ライは身体を離す。が、逆に私はそっと彼の背中に腕を回せば、こつんと彼の胸元に頭を当てた。


「こちらこそ、ごめん。心配かけちゃって……助けてくれてありがとう」

「……怖かった?」

「怖かった……かも。でも、今はもう、大丈夫」


 だって、ライがいるから。

 口にはせずともそう思っていると、ライも私の背中に腕を回す。

 背中にある翼が無意識のうちに動く中、それを見たライがくすりと笑むと、その翼を撫でながら言った。


「翼のあるコハクも可愛いね」

「……そう? おかしくない?」

「おかしくないよ。……けど、どっか飛んで行っちゃいそうだから、いつものアンタが良いかも」

「ふふ。そっか」


 ライの感想に私も笑う。すると、不意にライの顔が近づき額が重なれば、ライは真剣な眼差しで呟いた。


「あいつ、キスしてないよね? 未遂だよね?」

「……多分? 」

「なら、良かったけど。……あ、でも、あの様子だとまた手を出す様な気がする」


 嫌だなと苦々しく顔を歪める彼に、私は苦笑いをしてしまう。

 とりあえず彼からいつもの様子が見られる様になったのもあり、額を離して抱擁を解きお互い立ち上がる。

 その頃にはだいぶライの顔色も良くなり、服についた埃を叩いて払った後、突然私の手を握った。


「え、手を繋ぐの?」


そう言うと、彼は首を傾げる。

 

「嫌?」

「なんか恥ずかしい」

「……そうだね」


 じゃあ、やめよ。

 そう言いつつ名残惜しそうにライは手を離すも、隣同士で距離は近いまま、私達は会場に戻っていった。


※※※


 会場に戻ると心配していたのか、シンクが駆け寄るなり、怒涛の質問攻めをしてきた。

 私達は謝りつつも「何でもない」と答えたのだが、私を助けに行く際に、ライが尋常ではない焦りの形相で飛び出していったようで、シンクには中々信じてもらえなかった。

 そうして仕事を他所に、そんなこんなで話していれば催しが始まり、会場に次々と神らしき人々が入ってくる。その中には何故かリアン先生の姿もあった。

 リアン先生は席に着くなり、ふとこちらを見る。視線が合ってしまい、咄嗟に目を逸らせば、唯一何も知らないシンクが話しかけてくる。


「なあ、何で先生があそこにいるんだ?」

「さ、さあ……」


 何でだろうね。と返す。

 だが冷静に考えてみれば、確かに気になる所ではあった。それに橋の所で会ったブーリャの事も引っかかる。


(ブーリャ・シルヴァー……か)


 先生と同じファミリーネーム。それに先生はブーリャの事を「息子」とも言っていた。

 恐らく二人は親子で間違いないのだろうが、同時に気になるのはブーリャの母親の存在である。彼の特徴的な黒髪に深緑の瞳。……そういや、そんな人物をどこかで見かけた事はなかっただろうか。

 そう思い、記憶を遡っていると、視界にその記憶の黒髪が目に入る。

 長いであろうその髪を背後に一纏めにし、ワインボトルを抱えていたその人物は、先生の元に歩み寄り話しかける。

 すると、それを見ていたライは「あれ」と呟き、目を顰めた。


「あの人……もしかして」

「お? 知り合いか?」


 ライの言葉に、シンクが訊ねる。私も気になって見つめれば、黒い前髪の合間から見た事のある顔が現れる。それは、今までにも何度も見かけた事のある顔で、私達にも馴染みのある人だった。


「理事長……⁉︎」

「え、理事長⁉︎まじで⁉︎︎」


 私の驚きの声に、シンクは理事長を二度見する。ライも理解した様だが、驚きよりも呆れが優っていた。


「何であの人がここに……息子に任せていたんじゃ」

「息子って、あのブーリャ?」

「そう……って、コハク知ってるんだ」

「いや、まあ」


 言葉を濁らせつつも、ライの会話により疑問が確定に変わった所で、しばらく二人の様子を眺める。

 理事長らしきその給仕は先生に小さく会釈した後、グラスに赤ワインを注いでいくと、先生はグラスを手にした後小さく揺らし見つめる。

 一見楽しげに対話している様で、とんでもなく空気が張り詰めているのを感じていると、隣でシンクがライに話しかける。


「ライ、なんかあの二人何か事件とか起こりそうな雰囲気じゃね?」

「何か起こりそう……ねぇ。気のせいじゃないって言いたい所だけど……」


 そう、ライが呟いた時、会場にパリンとグラスが割れる音が響く。それによって辺りが静まり、会場の誰もがそちらに視線を向けると、会場の入り口に酔い潰れた白髪の若い男がいた。どうやら手にしていた酒瓶を投げ捨てた様だ。

 新たにやってきた人物に私とシンクはキョトンとしていると、周囲にいた給仕が慌て始める。そして、先程一緒に仕事していた女性給仕がこちらを見るなり小声ながら叱った。


「何をしているの! 早くこちらに並びなさい‼︎」

「は、はい……!」

「お、おお……」


 言われ、私達も走って並べば、その男は金色の毛皮のマントを引きずり、ふらつきながらも歩む。

 態度はアレだが、上質で装飾の多い服装からして、貴族以上の身分であるのは確かだった。


「あー……ヒック、ようやっと準備が出来たか……ったく、どれだけ待たせたら気が済むと思って……」


 最早呂律も回っておらず、給仕達で作った花道を千鳥足で歩いていけば、ヴィンチェン用に用意された席に座る。

 そこでようやっと彼がヴィンチェンだと理解すると、客として招かれた神々を見るなり、ふんぞり返って言った。


「いやぁー……申し訳ない。少し手間どってしまい、席に着くのが遅れてしまいました……ささ、お気兼ねなく、楽しんでいただけたらと」


 はっはっはとヴィンチェンの笑い声が会場に響く。その一方で、招かれた神々の顔はあまりにも冷めていた。


「これは……想像以上だな」


 ヴィンチェンと会場の温度差が広がる中、ぽつりと隣でシンクが呟く。それに対し、ライが無言ながらこくりと深く頷くのが見えた。

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