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夜明けの氷狼  作者: チカガミ
1章 夜明けの領域
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【1-3回想】託された子(キリヤside)

『これより獣人、半獣人を我々の敵とみなす』


 天の国にいる、何処かの神がそう宣言した日を境に、この領域の獣人、半獣人の運命は変わった。


 時はコハクが産まれて間もない頃。夜明けの領域の中でも唯一にして最大。獣人・狼の国インヴェルノ国が神に唆された人間達によって滅ぼされた。

 俺は、炎に包まれた城からユキヅキ様とハルカ様から託されたコハクを連れ出すのが精一杯で。夜空の下最後に崩れていった城を見つめながら、俺は煤だらけの外套を手繰り寄せ、コハクと共に国を後にした。

 命令だったとはいえお二方を置いて、コハクだけを託されて。悲しみと不安に苛まれながら、暗い夜道を歩いて行ったのをよく覚えている。

 幸いにも、その間に何もなく。時間をかけて何とか知り合いのいる街に辿り着くと、そのまま知り合いの店に向かった。

 時刻は早朝。道には殆ど人の姿はない。

 念の為魔道具で人の姿をしていたが、獣耳のあるコハクを外套で隠しながら、店の扉を叩けば、店舗の上にある住居の窓から見知った顔が見えた。店の女主人アンナだった。


「キリヤ?」

「朝早くにすまん」


 そう謝るとアンナは中に引っ込み、しばらくして店の扉が開くと、腕に抱えているコハクを見て声を上げた。


「どうしたんだいその子は⁉︎」

「ちょっと訳ありだ」

「訳あり……まあいいさ。早く中に入んな」


 そう言って俺達を店に入れると、俺からコハクを取り上げる。あっと声を出す間も無く彼女の腕にコハクが抱かれると、慣れたようにあやしながら言った。


「まあ、確かに訳ありではあるようだね」


 コハクの耳を見るも、アンナの表情は穏やかだった。その様子に安堵しつつも俺は店の椅子に座って話す。

 

「……一応、お前なら信頼できるかと思ってな」

「ふふ。それは嬉しいね。とはいえ、私も昨晩噂で聞いていたから気にはなってたのさ」


 訪ねてきてくれて安心したよ。

 アンナに言われ、俺は目を伏せる。彼女は人間ではあるものの、昔からよく獣人達が店を訪れていたという事もあり、俺達の理解があった。

 だからって訳ではないのだが、彼女の元を訪ねたのは、他にも理由があったからである。

 コハクをあやしていると、コハクとは別に上から赤ん坊の泣き声がする。その声にアンナは苦笑いを浮かべると、俺にコハクを返して、急いで二階に向かう。

 ふと店のカウンターを見れば、数年前に撮ったと話していた写真が飾られている。そこにはかつてこの店の主人であり、アンナの旦那であったカリオが写っていた。

 その写真を見つめていると、泣き声が大きくなるのと同時に、濃い金髪の赤ん坊を抱いたアンナが降りてきた。


「ごめんね。うちの坊も起きてしまったみたいで」

「いやこちらこそすまん」


 そっちはそっちで大変だったなと気遣いつつ、つられてぐずり出したコハクを揺らす。

 数ヶ月先に生まれていたとはいえ、流石に彼女にコハクも任せるのは酷だなと考えていると、自分の子をあやしながらアンナが訊ねてきた。


「それで? この後どうするんだい」

「……まだ、考えていない」

「そうかい。昨日の今日だしねえ」

「けど、じっとしている訳にもいかないからな」


 出来れば今すぐにでも動きたい。そう考えていると、アンナはようやく泣き止んだ赤ん坊を傍の揺籠に入れ、椅子に座る。

 その揺籠を揺らしながら、アンナは一つ提案をした。


「それじゃ、先ずはしばらくここに身を置くかい」

「えっ」


 まさかそちらから言われるとは思わず、驚きの声を漏らすと、アンナは笑って言った。


「どうせあんたの事だ。ここに来たという事は少なからず頼る気でいたんだろう?」

「う……まあ、あ、いや……」


 図星を突かれ肯定しかけるもすぐに否定すれば、アンナからまた笑われる。


「大丈夫。私もそのつもりでいたから。ただ、店や坊の事もあるからね。せめてその子と坊がある程度大きくなるまでは店の方も手伝ってほしいんだが……」

「ああ、それは構わない。すぐに仕事に行けるって感じでもないしな」

「なら決まりだ」


 そう言ってアンナは手を叩く。そして椅子から立ち上がり、再び俺からコハクを抱き上げると、「可愛いねえ」と言って優しくコハクの頭を撫でた。

 その様子を見つめながら、ふと先日まであったハルカ様の姿を思い重ねていると、アンナが声を掛けてくる。何度か呼ばれてハッとなれば、アンナはやれやれと言った様子で、店の奥を指差した。


「まずはシャワーでも浴びておいで。着替えは用意するから」

「あ、ああ……すまん。その、所でさっきなんか言ったか」

「ん? ああ。いや、この子の名前を聞こうと思ってね」

「名前か。コハクだ」


 答えれば、アンナは頷き「コハクちゃんか」と言って笑む。アンナの腕の中から微かにコハクの嬉しそうな声が聞こえ、俺もホッとすると、彼女に甘えシャワーを浴びに行った。

 それからしばらく彼女に頼りながら、店の手伝いだったり、街のギルドの依頼をこなした。

 それこそ最初は毎晩夜泣きに起こされ、充分に休息が取れずある意味新兵だった時よりも過酷な日々を過ごした。

 だが、あっという間にそんな時期も過ぎ、いつしか俺はコハクを姫という守る対象ではなく、自分にとって大事な何かになっていった。

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