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第七話 お手紙が気に入らないお嬢様

別邸で我が物顔に振る舞おうとするも、毎度毎度若手執事のクラウに邪魔されてしまう貴族令嬢フィリー。

今日は実家からの手紙に苛立ちをぶちまけますが……?


どうぞお楽しみください。

「〜〜〜っ!」

「どうしましたお嬢様? そんなに机を叩くと手を痛めますよ?」

「わかってて言ってるでしょクラウ!」


 フィリーは苛立たしげに、机の上に広げられた手紙を再び叩きました。

 その手紙を持ってきたクラウは、涼しい顔でその様子を見守ります。


「お父様からのお手紙がお気に召しませんでしたかー?」

「もうこれで何回目よ! 『もう少し別邸にいてくれ』って!」

「そーですか」

「やっぱりお父様もお母様も、私の事なんかどうでも良いんだわ! だから私をこの別邸に追いやって、帰らせてくれないんだわ!」

「そーですか」

「……何よ……」

「何がですー?」


 不満そうなフィリーの視線に、クラウはぽんと手を打ちました。


「あー、お嬢様はこう言ってほしいわけですねー? 『そんな事ありませんよ。旦那様も奥様もお嬢様を愛していらっしゃいますよ』ってー」

「ふぎ……!」

「それがお嬢様のお望みとあればー、お応えするのが執事の役目ー。『そんな事ありませんよ。旦那様も奥様もお嬢様を愛していらっしゃいますよ』」

「全然心がこもってない!」

「込めてませんからー」

「ふんぐぅ……!」


 涙目になって睨みつけるフィリーに、クラウは笑みを崩さないまま続けます。


「だって僕がどれだけ心を込めて言ったとしてもー、お嬢様は『そんな事ないもん!』と聞き入れていただけませんからー」

「う……」

「それに旦那様や奥様のお心なんてー、僕にはわかりませんしー。適当な事を言うならー、適当に言った方がかえって正確じゃないですかー?」

「またわけのわからない事言ってバカにして……!」


 歯を食いしばるフィリーの目から、涙の筋が頬を伝いました。

 それを見たクラウは、やれやれと溜息を吐いて、椅子に座るフィリーに目線を合わせます。


「僕は長男で、下に弟や妹が沢山いるんですよ」

「……え?」

「最初の弟が生まれた時、僕は四歳でした。母のお腹が大きくなって、お兄さんになるんだとわくわくしていました」

「……?」


 何故今その話をするのかわからないフィリーが首を傾げるのを気にせず、話を続けるクラウ。

 その真剣な顔に、フィリーは黙って耳を傾けます。


「そしていざ生まれる時は、もう地獄でした。家中に響き渡る母の絶叫。僕は母がそのまま死ぬのではないか、怪物になってしまうのではないかと怯えました」

「……」

「その後も弟や妹が生まれるたびに、その叫びは家を揺るがしました。僕は弟と妹を抱えて震えていました。でも母を責める事はできない。辛かったですよ」

「……」

「どこか別のところで、生まれるまで過ごせたら、なんて事を思ったりもしましたよ。……お嬢様は幸せです」

「!」


 クラウの話の意味を理解したフィリーの目に、再び涙が浮かびました。

 震える声で、クラウに尋ねます。


「……じゃあ、お父様とお母様は、生まれる時のその声を聞かせないために私をここに……? 新しい子ができたから、私がいらなくなったんじゃないのね……?」


 縋るような言葉に、クラウは笑みを浮かべました。

 三日月のような、悪い笑みを。


「いやだから知りませんってー」

「えっ」

「僕のところはそうでしたけどー、別に子ども産む時に全員が叫ぶわけじゃないでしょうしー」

「あ……」

「しかしお嬢様ったらー、『新しい子ができたから私はいらない子なの……』なーんて事思ってたんですねー。かーわいーいなー」

「なっ!」


 悲しみ、寂しさ、希望、不安、様々な感情が渦巻き、乱れていたフィリーの思考が、怒りの一色に塗りつぶされます。


「だから不安で僕達使用人に当たり散らしてたわけですねー? いやー、それが聞けて良かったー。ヴァレッタさんもタステさんもよーろこーぶぞー」

「まっ、待ちなさい! それは言っちゃダメ! お願い! 言わないで!」


 立ち上がるクラウの服を掴んで、必死に引き留めようとするフィリー。

 それを微笑んだまま見下ろすクラウ。


「言っちゃダメですかー?」

「……お願い……。言葉にしたら、すごく恥ずかしくて……」

「……」

「お願い……!」

「……わかりました」

「……! ほんと……!?」

「えぇ、この事は誰にも言いませんよ」


 優しい微笑みにフィリーの手が緩んだ瞬間、


「じゃあお手紙で伝えますねー。ついでに旦那様と奥様にもー」


 悪魔の笑みに戻したクラウがするりと抜けて部屋を飛び出しました。


「あ! ま、待ちなさーい! お手紙なんてもっとダメー!」

「あははははは。まずは素敵な便箋を探すところからですねー」

「待てー! それやったらほんとにクビだからねー!」


 クラウを必死に追いかけるフィリー。

 その顔にはもはや不安は影も形もなく、怒りと、恥ずかしさと、そしてほんの少しの安堵が浮かんでいるのでした。

読了ありがとうございます。


フィリーの我儘の裏には、下の子が生まれる事による不安がありました。

いわゆる赤ちゃん返り。

しかしそれを言葉にできた事で、フィリーはその感情と向き合っていける事でしょう。


さて、明日で企画が終了なので、後一話で畳めるところまで来ています。


俺は一話で畳む。

多分畳むと思う。

畳めるんじゃないかな。

ま、覚悟はしておけ。


次話もよろしくお願いいたします。

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