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第六話 演技が気に入らないお嬢様

別邸での生活で、執事クラウの意地悪に怒りを爆発させる事が増えてきた貴族令嬢フィリー。

クラウの留守に我儘を通そうとしますが……?


どうぞお楽しみください。

「だーかーらー! もっと可愛く『お姉様』って呼ぶの!」

「お、お姉、様……?」

「ちーがーう! 妹はそんな風に言わないー! 恥ずかしがってるから変になるのー!」

「そ、そう仰られましても……」


 耳まで真っ赤にしたヴァレッタに、フィリーは容赦のない演技指導を続けます。


「親指をちゅっちゅって吸って、私の服の裾を掴んで、可愛く『お姉様ぁ……』って言うの! はいやって!」

「えぇ……」

「やって!」

「……ほ、ほねえはまぁ……」


 さらに顔の赤さを増しながら、言われた通りにするヴァレッタ。

 しかしフィリーは不満顔を崩しません。


「やっぱり膝で立ってても私より背が高いのが変なのよ! もっと小さくなって!」

「は、はい……」


 膝立の姿勢から更に膝を曲げ、空気椅子の正座版のような格好で震えるヴァレッタに一応満足したのか、フィリーの目はもう一人の被害者へと向きました。


「タステ! さぁ『お姉ちゃん』って呼びなさい!」

「お、お姉ちゃん……」

「声が低いー! そんな声の弟なんかいないでしょ!? もっと可愛い声で!」

「お、オネエチャーン?」

「違う! 何か変! 気持ち悪い!」

「えぇ……」


 渾身の裏声を否定されて、言葉を失うタステ。


「さぁ、ヴァレッタ! タステ! 上手にできるようになるまで練習よ!」

「お、お許しくださいお嬢様!」

「わ、私は夕食の仕込みもありますので……」

「ダメー! 練習しないとなんだから!」


 腰に手を当てて扉の前に立ち塞がるフィリーに、二人の顔が絶望に塗りつぶされそうになったその時です。


「おやおやー? 何やら楽しい事をされてますねー」

「!」


 扉から聞こえてきた声は、フィリーには悪魔の声に、ヴァレッタとタステには救いの福音に聞こえました。


「な、何で……? お家に手紙を届けるから、一日お出かけするって言ってたじゃない……!」

「いえいえー、僕は、『お屋敷に手紙を出しに行く』と『お手紙がお屋敷に届くまで一日はかかる』と申し上げただけですよー」

「だ、だからクラウは一日戻って来ないんじゃ……」

「お嬢様。お手紙はですね、お金を払うと届けてくださる方がいるんですよ。ですから僕はその人に手紙を渡して、戻って来たんです」

「そ、そう、なの……」

「そしたら僕のいない時に面白い事してるじゃないですかー。入ってもよろしいですかー?」

「……」


 フィリーはしばし考え込みます。

 これまでの経験から、クラウが関わるとろくな事にならないのは明らかでした。

 しかし下手に断っても、その理由を巡って意地悪を言われかねない、とフィリーは迷います。

 そんなフィリーに、閃きが舞い降りました。


(今これにクラウが入るなら、弟役って事よね……! 私を『お姉ちゃん』って呼ぶクラウ! それなら意地悪なんか言えないわ!)


 その閃きに勝利を確信したフィリーが、扉の外に堂々と声をかけます。


「いいわよ、入っても。でもクラウの役は弟だからね!」

「かしこまりました」


 扉を開けて中に入ってきたクラウ。

 すると突然床に仰向けに寝転んだクラウは、


「にぇあ! にぇあ! にぇあ!」


 と大声を上げ始めました。

 驚いたのはフィリーです。


「な、何をしてるの!?」


 するとぴたりと声を止めたクラウが、手足を縮こめた仰向けのまま、ちらりとフィリーを見ました。

 その狂気の光景に、フィリーは恐怖すら感じます。


「生まれたばかりの弟君でしたら、大体こんな感じでしょう。赤ちゃんなんて、大抵寝てるか泣いているかですから」

「そうなの!?」


 反射的にヴァレッタとタステに目を向けると、二人とも若干の硬さはあるものの頷きました。

 再びクラウに視線を戻すと、寝転んだ体勢のままにたりと笑います。


「お気に召しませんかー? そうしたらもう少し大きくなった弟君をやりましょうかー?」

「う、うん、そうして……」

「では次は、立って歩き回るようになり、何でも口に入れたがる時期の弟君をやりましょう。お嬢様のお人形とか、丁度良さそうですねー」

「だ、ダメ!」

「えー、でもそれではちゃんとした演技ができませんよー」

「!」


 にやにや笑うクラウに、フィリーはまた意地悪されているのだと感じました。


「わ、私が赤ちゃんの事知らないと思って嘘ついてるんでしょ! ねぇヴァレッタ! タステ! そうよね!」


 すがるように叫ぶフィリー。

 しかしヴァレッタもタステも首を横に振ります。


「赤ちゃんってそんな感じですよ。すごく可愛いんですけど目が離せなくて……」

「そうです。フィリーお嬢様もかつては奥様のスカーフをずっとおしゃぶりがわりにされていて……」

「……!」


 絶句するフィリーの後ろに、起き上がったクラウが忍び寄りました。


「さぁフィリーお姉ちゃん、遊びましょ……?」

「や、やめ! この遊びおしまい! ヴァレッタ! お茶の用意して! タステはおやつ持ってきて! クラウは私の人形を離しなさーい!」


 こうしてフィリーのお姉さんごっこは、無事に幕を下ろしたのでした。

読了ありがとうございます。


赤ちゃんの全力ボイス、それは聞いた事のある人にしかわからない……。


次話もよろしくお願いいたします。

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