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第四話 寝る時間が気に入らないお嬢様

我儘を言うたびに、執事のクラウに意地悪されてしまう貴族令嬢フィリー。

今度は夜に寝ないと我儘を言いますが……?


どうぞお楽しみください。

「やだやだ! まだ寝ないもん!」

「ですがお嬢様、もう遅いですから、お休みになられた方が……」

「全然眠くないもん! まだ遊ぶんだから!」


 いつもの寝る時間になっても一向に眠ろうとせず、ベッドの上で人形の服を剥いたり着せたりしているフィリー。

 メイドのヴァレッタはほとほと困り果てていました。

 ここで寝かせておかないと、翌日一日中不機嫌になるのがわかっているからです。

 すると、寝室の扉がノックされました。


「こんばんはお嬢様。素敵な夜ですね」

「!」


 その声に、フィリーは犬の鳴き声を聞いた猫のように跳ね起き、身構えます」


「クラウ! 何しに来たのよ!」

「いえ、お嬢様がまだお休みにならないようなので、夜のお散歩にご招待しようかと」

「!」


 扉越しのクラウの言葉に、フィリーは目を見開きました。

 家にいた頃も別邸に来てからも、夜更かしを肯定的に認められた事はありません。

 昼寝のしすぎなどで眠れず、結果として夜更かしした事はあっても、それはベッドでごろごろしていただけだったので、クラウの誘いはこの上なく魅力的でした。


「いいの!?」

「えぇ。ただ旦那様や奥様には内緒ですよ」

「うん! やったー!」

「あ! お嬢様! お待ちください!」


 ベッドからぴょんと飛び降りてスリッパを履いたフィリーは、ヴァレッタの制止も聞かず、そのまま扉を開けます。

 そこにはランタンを持ったクラウがいつもの笑みを浮かべていました。


「では参りましょう。お嬢様、お手を」


 差し出された手に、フィリーは腕を組んでそっぽを向きます。


「手なんか繋がないわ! 屋敷の中で迷子になるとでも思ったの!?」

「そーですか。ではどーぞこちらへ」

「まったくいつもクラウは私の事をバカにし……っ!?」


 フィリーが一歩廊下に出ると、消灯した廊下に満ちる深い闇。

 窓から入る月明かりとクラウが持つランタンの光とが、かろうじてその輪郭を浮かび上がらせていました。


「いやー、夜独特のこの空気、たまりませんねー」

「……そ、そそ、そうね……。わ、悪くない、わ……」

「おやー? お嬢様、震えておられますかー? 怖いんですかー?」

「ぜ、ぜぜ、全然……」


 震える声と自分の服の裾を握りしめるフィリーに、笑みを深めるクラウ。


「では参りましょう」

「……う、うん……」


 今まで許されなかった時間を謳歌できると思っていたら肝試しだったフィリーは、意地だけでクラウに付いて行きます。


「どこに行きましょうか?」

「……どこでもいいわよ……」

「では地下の貯蔵庫に行ってみましょうかー。あそこなら窓もないので、本当の真っ暗闇に」

「だ、ダメ! べ、別の所がいいわ!」

「えー、どこでもいいって仰いましたのにー」

「と、とにかくゆっくり歩いて、面白い所があったらそこに行くの!」

「はーい」


 クラウは震えるフィリーに歩調を合わせつつ、階段を降りて行きました。

 明かりの消えた玄関ホール、客間、食堂。

 どこを見ても暗くて不気味で、フィリーは全然楽しくありません。

 しかし「部屋に戻ろう」と言うのは、クラウに負けたような気がして嫌でした。


(……ど、どうしよう。……そうだわ、一通り回って、「あんまり面白くなかったわね」って言って、部屋に戻ればいいんだわ! 地下室は絶対ダメだけど……)


 そう決めたフィリーの目の前に、暖かな光が見えました。

 そこは厨房。

 タステが明日の料理の仕込みをしていました。


「!」


 うっすら香る甘い匂いも相まって、限界に近かったフィリーは走り出しました。


「あ、お嬢様ー。走ると危ないですよー」

「……!」


 クラウの言葉を無視して、フィリーは厨房に駆け込みます。


「おや、お嬢様。こんな夜更けに何を……?」


 鍋をかき回す手を止めたタステに、明るい場所に来て気が大きくなったフィリーは胸を張りました。


「ちょっとね! 夜のお散歩なの! 気にしないで仕事してて!」

「はぁ……」


 入口脇の木箱に腰掛けたフィリーは、タステの大きな背中を眺めながら、煮込まれるシチューの匂いを嗅ぎます。

 ゆっくりと鍋をかき混ぜるタステの動き。

 シチューの甘く優しい香り。

 そして先程までの緊張感から解放された安心感が合わさり、フィリーを強烈な眠気が襲います。


「……ふゅ……、んむ……」


 ゆらゆらと船を漕ぎ始めた隣には、いつの間にかクラウが腰掛けていました。


「おっと」

「……すぅ……。すぅ……」


 かくん、と力が抜けたフィリーの頭にそっと手を差し伸べると、そのまま抱き上げたクラウは静かに厨房を後にしました。




 翌朝。


「いやー、あれだけ『眠くないもん!』とか言っておいて、あっさりでしたねお嬢様ー」

「ふんぐ……!」


 クラウの言葉に、フィリーは顔を真っ赤にして歯を食いしばる事しかできませんでした。


「どうですか今夜、夜のお散歩再挑戦!」

「やだ! 行かない! 夜はちゃんと寝るもん! クラウのバーカ!」

読了ありがとうございます。


寝ない子にはちょっと場面転換を入れると、結構寝てくれたりします。

夏のキャンプの就寝時間、パロディ昔話で笑いを取ってから、ローテンポの普通の昔話(市◯悦子さん風)に切り替えて、全員を消灯三十分以内に沈めたのは良い思い出。


フィリー……六歳

寝る前に人形遊びをしたり、お話を読んでもらったりと、ストーリーのある遊びを好みます。ただ寝る前の人形遊びは、散らかしたまま寝てしまう事もしばしば。


クラウ……十八歳

寝る前のルーティンは読書。適当に選んだ本を適当に読んで眠くなったら寝ます。あえて読みたいものにしない事が、睡眠の邪魔にならないコツなのです。つまらない本の方が良く寝れるとか。


ヴァレッタ……二十歳

寝る前には髪とお肌の手入れ、そしてホットミルクを欠かしません。以前牛乳が切れていて飲めなかった時は、一晩中ベッドでごろごろする羽目になりました。それ以来タステは牛乳を多めに頼んでいます。


タステ……四十一歳

寝る前につい余り物を口にしてしまいます。空腹だと寝れないと主張しますが、単なる口寂しさではないかと周りからは思われています。痩せないのはそのせいだとも言われています。


次話もよろしくお願いいたします。

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