第三話 勉強が気に入らないお嬢様
両親から離れて別邸にやってきた貴族令嬢フィリーは、若手執事のクラウの意地悪に苛々する日々を送っています。
今日は勉強の時間に顔を出したクラウに本を勧められて……?
どうぞお楽しみください。
「あー! もー! わかんない! 勉強嫌い! やりたくない!」
「で、ですがお嬢様、お勉強はお父様とのお約束では……」
「嫌なものは嫌なのー!」
勉強係も兼ねるメイドのヴァレッタに当たり散らすフィリー。
と、そこにノックの音が響き、
「フィリーお嬢様ー? 遊びに来ましたよー」
「……クラウ……!」
続くクラウの軽薄な声がフィリーの顔を更なる怒りに染めました。
「何よ! 今は勉強の時間よ! 邪魔しないで!」
「あれあれー? 『勉強は嫌いー』って屋敷中に聞こえてましたけどー?」
「むぐぐ……!」
「まーまー。息抜きにお嬢様の好きそうな本をお持ちしたので、よろしければ気分転換にお楽しみいただけませんかー?」
「……どんな本……」
「王子様が隣の国のお姫様と結婚するために、様々な冒険を繰り広げていくお話です」
「……! ……」
フィリーの目がぱっと輝き、そして迷いに揺れ動きます。
クラウの言う内容は、フィリーの好きな冒険譚と恋物語の両方を楽しめそうな物でした。
しかしこれまでのクラウの言動から、何か仕込んであってもおかしくはありません。
悩みに悩んだフィリーは、
「……いいわ。入って」
好奇心を優先しました。
「はいでは喜んでー」
扉を開けて入ってくるクラウ。
その手には、剣を持った青年が立ち塞がる竜と睨み合い、その後ろの城にはお姫様の姿が描かれた表紙の本が握られていました。
期待通りの表紙に、フィリーの警戒心がほぐれます。
「ねぇねぇ、早く読んで!」
「はい、それでは。『……その時代、魔と人とが未だ分かたれぬ混沌の時代。ある国に次期王位継承者となる勇壮な若者があった』」
「!?」
『むかしむかし……』で始まる事を期待していたフィリーは、思いもかけない語り出しに目を丸くしました。
「『若者は眉目秀麗、文武両道、温厚篤実、一騎当千、容姿端麗、頭脳明晰と非の打ちどころのない、国民からの信頼の厚い、まさに完全無欠と言える男である』」
「え、ちょっと……。ね、ねぇ! ヴァレッタ! クラウは何語を喋ってるの!?」
「あ、いえ、公用語です。少し難しい言い回しですが……。古い本なのでしょうか?」
戸惑う二人を置いて、クラウは朗々と話を続けます。
「『またその隣国に麗しき姫があった。その美しさと気高さは月下美人のようと称された。その稀有な美しさは、不滅を謳われた金剛石すら塵に堕とすと言われた』」
「ヴァレッタ! 翻訳して!」
「えっと、『昔々、ある国に、素敵な王子様がいました。王子様は格好良くて、強くて、優しくて、えっと、強くて、格好良くて、頭も良い、凄い人でした』」
「うんうん!」
「『隣の国のお姫様も幻と言われる花に例えられるくらいに素敵な人でした。ダイヤモンドも敵わないくらい綺麗でした』、……そんな感じです」
「わかったわ!」
話の筋を飲み込めたと思ったフィリーを、更なる難解な言葉が襲いました。
「『思慕の情を募らせる二人。しかし時代は群雄割拠。権謀術数が跋扈する乱世に、国家間の関係性は悪化の一途を辿り、二人の比翼の想いは嵐中の木の葉』」
「……? ……!? ヴァレッタ!」
「えっと、『二人はお互いを好きだったけど、国同士の争いのせいで、二人の結婚は反対されました』……かな、と」
「『その時天にわかにかき曇り、魔なる物の首魁たる竜、姫の前に降り立ち、我が伴侶に相応しい! 異を唱える者はその威を以て示すが良い! と咆哮する』」
「……ヴァレッタ!」
「そうですね……。『魔物の王様であるドラゴンが、姫様と無理矢理結婚しようとして、文句があるならかかってこい! と言った』……だと思います……」
「『その時かの国の王位継承者たる若者、剣を取りて立ち上がり、かの姫は我が半身! 軽々に奪い去ろうなどとその蛮行許し難し! と激憤と共に絶叫し』」
「もういい! 何よその本! 難しすぎるじゃない!」
我慢の限界を超えたフィリーの言葉に、しかしクラウは涼しい顔。
「おやおやー、勉強は嫌だと仰るくらい十分に学ばれているなら、このくらいは簡単かと思ったのですがねー」
「むぐ……!」
「言葉をたくさん学んでおけば、読みたい本があった時に自分で好きに読む事ができます。あぁ、好きな本を好きなだけ読めるって楽しいなー!」
「……クラウ……!」
「まぁお嬢様はヴァレッタさんに簡単な言葉に訳してもらえばいいんでしたっけね。なら勉強などしなくてもいいのかもしれません。大人になってもずっとそのまま」
「そんな恥ずかしい事できるわけないでしょ!? ちゃんと勉強するわよ! ヴァレッタ! 続きをやるわよ!」
足音荒く勉強机に向かうと、椅子にどかっと腰を下ろすフィリー。
「お嬢様……!」
感激した顔で勉強机に駆け寄ろうとするヴァレッタ。
しかしクラウがその肩を掴んで止めます。
「お嬢様。教えてもらう時は、教えてくれる方にきちんと敬意を払うものですよ。ちゃんと『お願いします』と言わないと」
「……わかったわよ! ……ヴァレッタ、お勉強、教えて、ください……」
「お嬢様……! 勿論です!」
「お願い、ね……」
決まり悪そうに言うフィリーに、ヴァレッタは目を潤ませて喜びました。
それをにこにこと眺めたクラウは、
「ではこの本は置いておきますね。お勉強が進んだらどうぞお楽しみください」
「ふん! 言われなくても!」
そう言って本を置くと、フィリーの声に追い出されるように部屋を去るのでした。
数日後。
「クーラーウー! 何よこの本! 普通に私でも読める昔話じゃない! わざと難しい言葉にして私を馬鹿にしてー!」
「あははははは」
「待てー!」
金切り声を上げるフィリーと高笑いを上げるクラウの追いかけっこが、庭で繰り広げられるのでした。
読了ありがとうございます。
勉強は目的がないと捗りませんからね。
それもできれば、知る事、調べる事自体が面白いように誘導できると良いですね。
中学の時、好きな曲の和訳は楽しかった……!
しかし「難しい本をばっちり読んでクラウをぎゃふんと言わせてあげるんだから!」とたくさんの難しい言葉を覚えて、辞書の使い方まで教わって、いざ!と本を開いたフィリーの心境やいかに。
フィリー……六歳
好きな話は爽快な冒険活劇か、ロマンティックな恋物語。お気に入りを何度も読み返す傾向にあります。クラウの持ってきた本は、経緯はともかく内容は好みドストライクで、お気に入りの一冊になりました。
クラウ……十八歳
推理、ミステリーなど、裏の裏を読むような話を好みます。ハッピーエンドは嫌いではないですが、露骨な御都合展開にされるくらいなら納得できるバッドエンドの方が良い、と思っています。
ヴァレッタ……二十歳
料理本や食事描写が丁寧な本をコレクションしています。食べるのが好きですが食が細いので、本を眺めて味を想像し、うっとりしています。現代ならグルメ番組にどハマりするタイプ。
次話もよろしくお願いいたします。