表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

にゃんてことないワンニャイト

作者: 歌岡赤

 温もりに溺れるようだった。暖房の効いた室内は冬とは思えない暖かさでコタツも付けてしまえばそこはもう天国だ。畳んだ布団を背もたれに無気力に寛ぐ。

 大学二度目の春休み、何でもない日の夜をそんな風に過ごしていた。


「”~……」


 あ~とも、う~ともつかない呻きを漏らす。動き出そうという意志が挫けた音だ。

 資格の勉強や新作のアプリをしたい。食器洗ったり布団を敷いたりしないといけない。

 けれどそんな思いも眠気の伴わない気怠さには打ち勝てず寝返りを打つに留まった。

 まだ十時過ぎ、寝るには早い、時間はたっぷりある、まだ大丈夫。そんな言い訳を考えていた時だった。


「全く。君達がそんなだから二百年後の地球は大変なことになっているにゃ」

「ん!?」


 驚いて身を起こし部屋を見回してみる。他の人間は見当たらない。一人暮らしなのだから当然だ。

 ……気のせいだったのか? もしくは街宣車的な何かが通りかかったのかもしれない。夜だというのに近所迷惑だな。

 そんなはずはないと思いつつもそれ以外に理由が思いつかない。強引に辻褄を合わせ納得する。


「後ろだにゃ」


 慌てて振り向いた。そいつは布団のさらに後ろにある棚の上に佇んでいた。体毛は白と黒。四本の脚を棚に着けシャンと座っている。つぶらな瞳と真っ直ぐな髭を持つその動物は。


「……猫?」

「大体そんな所にゃ。正確にはロボットだがにゃ」


 ピョンと飛び降りた猫が隣にやって来る。呆然と眺めていたがふと我に返り訊ねる。


「あんた何者だ!?」

「吾輩は猫ロボットのマダナイにゃ。二百年後の二十二世紀から世界を救いに来たのにゃ」

「……ん? 二百年後なら二十三世紀なんじゃ?」

「あれ、そうだったかにゃ? 計算ミスみたいだ、許してくれにゃ」


 ロボットが計算ミスるなよ。


「ところでどこから入って来たんです?」

「ワームホールだにゃ。別の時間同士を繋ぐワームホールとても不安定だからもう閉じているけどにゃ。っと、そんなことどうでもいいにゃ」

「勝手に家に侵入されてるのは全然どうでもよくないんですが」

「二百年後の地球が大変なんだにゃ」

「さっきも言ってましたねそれ。具体的にはどうなったんです?」


 無視されたことは一旦無視して話を進める。地球が大変とは穏やかではない。気怠さも吹き飛ぶくらいの一大事だ。


「具体的には猫の増え過ぎで世界中の文明が崩壊したにゃ」

「前段階がまとめてすっ飛びましたね。経緯を教えてください」

「猫を飼う文化があるのは知ってるよにゃ」

「まあ、はい」


 ペットぐらい当然知っている。そんなに俺が世間知らずに見えるのか。


「時代を経るごとに猫のペット需要は増していったにゃ。西暦2022年以降幾度か起きた猫ブームにより2220年に入る頃には一世帯で数匹飼うのは当たり前になっていたにゃ」


 そこで一旦話を区切ったマダナイはべしべしと前脚で耳を掻いた。まるで本物の猫みたいだ。


「そんな時勢の中で猫飽和度は急増。政府が手をこまねいている間に猫達は過飽和状態となり猫力学的相が発生。その中で猫エネルギーが循環、増幅、膨張を繰り返しそして2222年2月22日22時22分、閾値を超えたエネルギーは非常に強力な電磁パルスとなって世界を呑みこんだにゃ。これが俗に言うキャッツクランチだにゃ」

「……」


 知らない分野の話だからだろうか、話が全く入って来ないが何かとんでもない事が起きたのは伝わった。


「長らく電子技術に依存しきっていた文明はキャッツクランチにより滅亡。血で血で洗う暗黒の時代が到来したんにゃがあまり重要じゃにゃいからこの辺りはスキップにゃ。その暗黒時代に吾輩の開発者であるN博士は資材を掻き集めたりコミュニティに協力を要請したりして吾輩やワームホールを完成させたにゃ」

「大変だったんですね」

「そうにゃ。そして吾輩は二百年後のキャッツクランチを防ぐべくこの時代にやって来たという訳にゃ」

「なるほど」


 マダナイがどこから何をしにやって来たのかは分かった。しかしここで疑問が一つある。


「現代に来たのはマダナイさんお一人……お一匹? なんですか? さっきの話にあったN博士とかは来ていないのですか?」

「そうだにゃ、吾輩一匹だけだにゃ。ワームホールは面積の二乗に比例して必要エネルギーが増えるからにゃ、未来のエネルギー事情的に猫の通り抜けられる程度の穴を一瞬空けるのが限界だったのにゃ」

「なるほど、ありがとうございました。それで俺は何かした方がいいんですか?」


 ワームホールの出現位置がランダムでないなら俺の部屋に繋がったのには何か理由があるはずだ。正直心当たりは微塵もないが確認して損は無い。


「それはだにゃ──」




 マスクを着けてマンションの外に出る。二月の夜の冷たさは鋭い水気を含んでいて室内の気温に慣れ切った体はすぐにガクガクと震えだす。回れ右したくなる気持ちを押さえてバイクに乗り外へ出る。

 ライダースーツを貫通してくる寒風に歯の根を震わせながら走ること十数分、近所の住宅街の一角に到着した。


「つっ、つ着きましたよ。こここ、ここで、いいんですよね?」

「オッケーにゃ」


 路肩に停車しバイクを降りる。背負っていたリュックを開けると中からマダナイが出て来る。ひょいと地面に降りたマダナイはすたすたと歩いていく。


「確かこの角の先に……おっ、あったにゃ」


 マダナイの示す先には一つの段ボール箱、中では一匹の子猫が丸まっている。まるで捨て猫だ。


「早く回収するにゃ」

「は、はい」


 子猫をリュックに入れる。かなり人慣れしているようで逃げ出す気配はない。


「よし、早く次の目的地に向かうにゃ」


 再びバイクで走ること数分。今度は豪邸の前に停まった。


「ミャァ~」


 停車した瞬間に子猫がリュックから飛び出した。駆けるようにして豪邸の門をすり抜けあっという間に夜闇に消えて行った。


「よくやったにゃ、これで第一計画は完了にゃ」


 第一計画、それは先程の子猫を飼い主の元に帰す計画だ。

 元の歴史ではあの子猫は明日の朝ランニングをしていたサラリーマンに拾われていた。首輪もなく段ボールに入れられていた猫をサラリーマンは捨て猫と勘違いしたのだ。

 だが実際はその子猫は捨て猫ではなくこの豪邸で飼われていた猫だった。ある日窓の隙間からひょいと逃げ出してしまい元の飼い主も張り紙を配るなどして捜していた。

 そのことが(のち)に発覚し小さな騒動にもなったが飼い主もサラリーマンも争う気はなかったためすぐに和解。元飼い主は自身の落ち度を認めて子猫を譲った。

 それだけならなんてことない話なのだが問題はその後、サラリーマンが子猫の動画をSNSにアップし出したことだ。子猫の可愛らしさで動画は大ヒット。日本中、さらには世界中に猫ブームを巻き起こした。


 これがキャッツクランチに進む大きな要因となったためマダナイは阻止したのだ。

 子猫の飼い主も次に逃げられた時すぐ見つけられるよう首輪をつけるはずなのでこれで一件落着である。


「そそそう言えば。子猫を殺したりはしなくて良かったんですか?」

「そんな惨たらしい計画だと動物愛護団体からの協力が得られないにゃ」

「そっか」


 まあ当然ながらそんな残酷な計画はしないようだ。少し安心した。


「なな何事もなく終わってよかったです。か、帰りましょうか」

「いや、君とはここでお別れにゃ」


 早く帰ろうと急かすとマダナイはそんなことを言った。

 言われて思い出すのは家を出る前の事。どうして俺の家に来たのかと問うた時、マダナイはこう答えた。


『ワームホール発生装置と同じ位置座標に合ったからにゃ』


 俺のところに来たのは何か目的があったからなどではなくそこにしか繋がっていなかったからだ。協力者として選ばれたわけではなかった。


「そうですか……。一匹だけで危なくないですか?」

「心配するにゃ。吾輩単独でも交番くらいなら制圧可能にゃ」


 微妙に強さが分かりづらいな。


「キャッツクランチを避けるために俺がした方がいい事とかありますか?」

「特にはないにゃ。歴史にも弾性、元に戻ろうとする性質があるからにゃ。それを超えるには大きな力が必要にゃ。一般人の行動による影響は今回みたいな状況でなければごく少量だにゃ。けれど猫に優しくしてくれるなら、一つ一つは大きな力を持たなくてもいくつも積み重なれば、それが未来を変える助けになるにゃ」

「優しく、ですか?」


 目的から考えると普通逆の気がするが。


「そうだにゃ。抑圧は却って反発を生むにゃ。猫を虐げるようなことは絶対にするんじゃないにゃ」

「わかりました。これからもし人手が欲しいことがあったら言ってくださいね」

「分かったにゃ。その時は頼むにゃ」


 そう言い残すとマダナイは民家の屋根に上りどこかへ去って行った。きっともう会うことはないのだろう、そんな確信めいた予感があった。

 それを見送った俺はバイクを発進させ一人、自身の家に戻るのだった。




 後日、無気力にスマホでニュースを見ていると一つ気になる見出しを見つけた。


『猫の違法ブローカー組織が壊滅!! 監視カメラの捉えた犯人は猫!?』


 どうやらマダナイは今日もどこかで頑張っているらしい。そう思うとなんだか部屋で無為に過ごしているのが馬鹿らしくなってきた。俺の力が微小でも、与えられる影響が微少でも、出来ることをしていこうと思えた。

 気怠さはいつの間にか消えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ぬこは正義ヽ(=´▽`=)ノ
[良い点] マダナイ様の賢猫(?)っぷりに惚れました~。 読み進めるうちにジワジワと笑いが込み上げてくるのが、とても面白かったです! [一言] 「2222年2月22日22時22分」←未来の猫の日に、キ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ