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お買いものは楽しいけれど

「やあ、クレアちゃん。今日は何を買いに来たんだい?」


「いつもと一緒です。食料と日用品」


「じゃーいつものようにオマケしちゃおうかな!」


 イシルビュートがドットーレと話し込んでいる間、クレアはロレンヌ国境の街に買い物へと来ていた。

 国境の街は辺鄙な場所だ。周辺の村々の住人が村で手に入らないものを買いに来るような場所なのでこの辺りでは一番栄えているが、ロレンヌ王国中心部とは比べるべくもないらしい。もっともクレアは中心の都に出かけたことは無いので、全部人から聞いた話なのだが。

 街の中心にある市場は朝から人が多く詰めかけている。必要なものが全部揃うのでクレアはこの場所を主に利用している。ざわめく人の間をすり抜け、今日買うべきものをそらんじた。


「えーと、果物に野菜に肉に魚に小麦っと。あ、おばちゃん。果物いいのある?」


「はいよ、今日はツヤッツヤの林檎が入ってるよ」


「じゃあふたつお願いします」


「毎度あり。これはうちからのサービスで、ルルカの実だよ。炒めると旨いよ」


「わあ、ありがとうございます」


 林檎とルルカの実を受け取って代金を渡し、バスケットへと入れる。次は肉屋で肉を買おうと店主と目を合わせると、ニカッと笑った肉屋の親父さんがいつも買っている鶏肉を素早く紙で包んでくれた。その上に、頼んでいない干し肉の塊が。


「肉屋の俺からは薫製肉だ。保存に最適だぜ」


「嬉しい、ありがとう!」


「今晩もクレアちゃんとこの夕食メニューはトリの丸焼きか?」


「うーん、多分そうなるかな」


「イシルビュートさんの鶏肉好きも重症だなぁ!」


 はっはっは、と肉屋の親父さんが笑って言った。全くもってその通りである。

 師匠の鶏肉好きは筋金入りで、週に二回は夕食に鶏の丸焼きを所望される。かつて師匠は言っていた。「鶏の丸焼きなら毎日でも食べられる」と。そういうものかと思っていたのだが、市場で買い物をして色々な人の話を聞いているうちにどうも毎日毎日鶏の丸焼きを食べるのはおかしいということに気がついた。

 そんなわけで今では、「そんなに同じものばかり食べちゃダメです!」と師匠を叱り、バランスの良いメニューを市場の人々に聞きながら作っている。師匠が料理担当の日には、必ず鶏肉が食卓に上るけれど。


 お次は魚屋。目指して歩いていると、魚屋のお兄さんの方から声をかけてくれた。


「おークレアちゃん。今日は五色鮎が安いよ、旨いよ!」


「わっ、本当だ。二匹ください」


「お安い御用だ。ほんで干物をオマケにあげちゃる」


 市場で買い物をする度にオマケをもらうクレア。それをニコニコしながらありがたく受け取った。断っても断ってもバスケットに勝手に放り込まれるので、もうありがたく受け取ることにしている。


「いつもいつもこんなに沢山、すみません」

 

「なあーに、イシルさんとクレアちゃんのおかげでこっちは安心して暮らせているんだ」


「そうそう。お師匠様にもよろしく言っておいてくれよ」


「はい」


 市場には色々なものが売っていてクレアはこれを見て回るのが好きだった。まだ八歳くらいの頃、初めて市場に来たクレアは師匠に手を引かれてあちこちキョロキョロ見て回り、夢中になりすぎて転んで恥ずかしい思いをした記憶がある。

「クレアがもっと大きくなったら、もっと大きい都に連れて行ってやるよ」と師匠は笑いながら言っていたけれど、十七歳になった今もその約束が果たされる気配はない。

 師匠の言う「もっと大きくなったら」が一体いくつくらいなんだろうと最近よく考える。もう十七歳ですよ、師匠が思うより子供じゃありませんよ、と言う言葉が喉元まで出かかってはグッとこらえる毎日だ。

 

 そんなことを考えながらも街の人は朗らかに声をかけてきてくれる。


「やー、クレアちゃん元気にしてる?」


「はい、それはもう!」


「あ、魔術師のお姉ちゃんだ。今度僕にまた魔術を教えてよ」


「いいよ。簡単なやつね!」


「えー、僕かっこいいやつがいいんだけど。剣から炎を出したいんだ」


「それはちょっと難易度高いかなぁ。手のひらから灯火を出すところから頑張ろうか」


 行き交う人々はにこやかにクレアに話しかけ、手を振ってくる。簡単な魔術ならば教えられるので、ちょっとした師匠気取りみたいなこともやっていた。「調子に乗りすぎるなよ」と師匠に釘を刺されているから、危険なものは教えていないけれど。魔術というのは便利な反面、危険な部分も多い。

 クレアはロレンヌ王国では歓迎されている存在だ。それにはれっきとした理由がある。八百屋の恰幅の良いおばちゃんがクレアにどっさりと野菜を手渡しながら思い出したかのように言葉を付け加える。


「そうだ、クレアちゃん、買い物終わったら町長さんのところへ行ってもらえるかい?」


「町長さんのところに?」


「ああ、なんか話があるみたいでさぁ」


「わかりました」


 買い物を終えたクレアはおばさんに言われた通り、丘の上に建っている町長の家まで行く。コンコンとノックをするとすぐに中から扉が開けられた。


「おお、悪いねクレアちゃん」


「いいえ」


 眼鏡をかけた人好きのする笑顔を浮かべた中年の町長がクレアを笑顔で招き入れる。リビングに通されたクレアは奥さんの出してくれた紅茶とお菓子をいただいた。この近辺で飲まれる紅茶は、土地が痩せていても育つ種類の木から採れるものでパンチの強い味わいなのだがクレアはこれが結構好きだった。師匠であるイシルビュートも好んで飲んでいるため家にも常備されている。嗜好品も乏しいためにミルクや砂糖などは入れずストレートで飲むタイプの紅茶だった。

 

「それで用事というのは、他ならぬアレのことなんだが」


 奥さん手作りのちょっと硬めのクッキーをぽりぽりと食べていると、町長は神妙な顔つきで窓の外をちょいっと指差した。視線を動かすと、そこには淀んだ色の空が見える。


「最近、瘴気の色が濃くなっている気がすると住民が不安がっていてねぇ」


「ああ……」


「イシルビュートさんとクレアちゃんの張ってくれた魔術結界のおかげで街に害はないとわかってはいるんだけどね。そうは言っても空の色が淀んでいると気になるものだろう」


「確かにその気持ちはわかります」


 クレアの住んでいる場所など、ここよりさらに沼地に近いためもっと空気が悪い。町民たちが不安がるのも無理はない。

 クレアは話を聞きながらクッキーをもう一つ摘んだ。今度のは木の実入りで食感が違ってまた美味しい。


「ロレンヌはテオドライトと違って魔術師の数が少ないから、こうやって辺境の街に気をかけてくれるお二人がいると心強いのだけれど……ねぇ」


 意味ありげな視線をチラチラと送ってくる。

 ロレンヌ王国は騎士の国だ。発達しているのは騎士が剣や盾に刻んで利用するタイプの魔術陣で、機動力と攻撃性に優れている。なので街全体を覆うような結界を展開できる魔術師というのがほとんど存在しておらず、伝えられている魔術陣の数も少ない。魔物が街を襲わないよう、主要都市には騎士が在住しているのだがそれだと突然の奇襲に対応するのは難しかった。

 逆にテオドライトは魔術大国で、魔術師の数が豊富らしい。魔術結界が街ごとに張られていてそれにより魔物の襲撃を防いでいる。効率が良く、魔物による被害はロレンヌに比べて圧倒的に少ない、というのは師匠の言葉だった。昔になんやかんやがあってテオドライトを追放された師匠は国内に踏み入ることを許されていないらしく、クレアもテオドライトへと行ったことはない。師匠を追放するような国には用もないので、別に行ってみたいとも思っていなかった。


「あの瘴気の原因は沼地に巣食う毒竜のせいなんだろう? 二人の力で倒す……っていうのは無理なのかね。なんなら、ロレンヌの騎士たちも動員して」


「うーん……お師匠様は、毒竜は放っておいて大丈夫と言っていました。それにあそこは不可侵地帯になっているので、ロレンヌ側もテオドライト側もどんな理由があっても立ち入れないことになっていますよ」


「ああ、そういえばそうだったね。いやぁ、イシルさんの言葉を疑うわけではないんだけど、本当に大丈夫なのかい? 毒竜といえば『死の運び手』だとか『厄災の竜』だとか呼ばれる、恐ろしい竜だろう。千年生きる古の邪竜がこんな近くに住んでいるとあっては寝覚めが悪くてねぇ」


「お師匠様の話だと、こちらから手出ししなければ襲ってこないらしいです」


「本当かね?」


 町長の声には不信感がありありと滲み出ている。

 まあ、クレアとしても半信半疑だ。魔物の考えていることなんて人間には理解できないものだし、ある日突然襲われたらたまったものではない。

 討伐できるものならしたいとクレアとしても常々思っているけれど、それをそのまま伝えるのもどうかと思う。

 なので、笑ってごまかすことにした。


「大丈夫です、お師匠様のいうことに間違いはありませんから!」


「まあ……クレアちゃんがそう言うなら……しかし、くれぐれもイシルさんに伝えておいてもらえないかね」


「はい、それはもう。伝えさせていただきます」


「我々にできることがあればいいんだけど。力が無いというのは困ったものでね」


 町長はそう言ってため息をつき、再び窓の外を見やる。

 瞳には紫に濁った空がうつっていた。


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