笑顔の仮面
話の本題に入る前に私の自己紹介をさせてもらおう。
私は某所に店を構える仮面職人である。
生き物や自然現象、それから著作権的にアウトになりそうなので売りモノにはしないが、子供向けキャラクターのものも作っている。
また……これはあまり大きな声では言えないので、読者諸君との間だけの秘密にしてほしいのだが、いわゆる呪いや、神秘の力のようなものを宿した仮面も製造し、売り物にしている。
なぜそんなものが作れるのかというと、私が学生時代に出会った『まじないし』からいくつか教えてもらい、独学でいろいろと研究重ねたからである。
自己紹介はこの辺にして、それでは話の本題に入ろう。
その日は私は『出張』をしていた。仮面職人の出張というのは、自分の店で作った仮面を、依頼主に直接届けにいくことでね。
その依頼主というのが……プライバシーと自己の保護のために詳細には話さないでおくが、某地方で有名な、いわゆる裏社会の人たちであり、
どこで情報を仕入れてきたのか、私に多額の金を支払って、これまた、詳しいことは話さないが、まぁろくな使い方をされないような、まじないをかけた仮面を作らされたのだ。
そして、その仮面を届けに行き、帰りの電車の中での話である。
電車の中はいつもより空いていて、恐い顔をしたお兄さんだらけの事務所から帰ってきた私としては、ゆっくり座れて大変都合がよかった。
そして少したって、うとうとしていたのだが、そんな私の目を覚ますような怒声が聞こえてきた。
同じ車両に乗っていた男二人が、何やらもめ事を起こしているのだ。
一人は気弱でいかにも貧弱そうな男、もう一人は対照的に、金髪に日焼けした肌、いかにも喧嘩なれしてそうな男であった。
普段なら後者のような男は私も恐ろしいので、関わらないようにそのまま寝たふりをしていたのだろうが、今日の依頼主が依頼主だっただけに、少し調子に乗ったというか
あまり恐くないなぁ、『本職の人』に比べればお遊び程度のいかつさだなぁ、などと思ってしまい、ついちょっかいを掛けてしまったのだ。
私は出張の際、普段から依頼された商品のほかにも、まじないのかかった仮面をいくつか持っていっている。
そういう、まじないに頼るような人間は強欲で、他人にない特別な力を好むため、ついつい依頼したもの以外も買ってくれることが多いのだ。
まぁ、今回は相手が相手のため、すぐに帰りたかったので、そういう余計なことはしなかったため、仮面の入った鞄の中には、他にもいくつかまじないの掛かった仮面があった。
そこで、この場を穏便に収めるのにぴったりな仮面を私は取り出した。
『笑顔の仮面』である。
これに掛けられたまじないは、被った者を心の底から、仮面の表情と同じように、仮面の下を笑顔にさせることができるものである。
だが取り出したはいいものの、次に一つの問題が生じた。
この仮面をどちらに被せればよいのだろうか。
一方的に殴られて、涙目の男だろうか?彼に被せれば彼は笑顔になる。
痛みや恐怖から解放されるだろう。
だが、金髪の男はそんな彼を見て、へらへらしてんじゃねーぞっと、もっと激しい暴力をふるうかもしれない。
ではその金髪の男の方に被らせればいいのだろうか?
そうすれば、彼の怒りは収まり、事も収まるだろう。
しかし、それでは、殴られた方の気弱な男は救われるだろうか。
自分を殴り飛ばし、床に尻もちついている自分を見て嘲笑っていると思い、彼の、男としてのプライドを傷つけてしまうのではないか。
「うーむ」
私は悩んだ。
悩んだすえに、第三の選択肢を編み出し実行した。
私は揉めている二人の元へと行く。
「おいコラァ、てめぇこっちにガン飛ばしてただろォ?」
「ち、ちがうって言って……うっぐ、痛い、痛いです!!」
「ハッハッハ、おい」
私の声に二人は同時に振り返った。
「ハッハッハ、喧嘩や暴力はよくない、話合いたまえ、ハッハッハ」
顔が老人の様にしわくちゃにして微笑んでいる仮面を身に着けた私が、その二人の仲裁に入ったのだ。
場を和ませるため、私は仮面のまじないの力で心の底から笑い声を上げた。
「ハハハハハッ!!平和が一番だと思うだろう。なぁ、ハハハハッ!!」
私は貧弱そうな男と、金髪の男、二人の顔を見て話しかけた。
しかし彼らは、なにか、お化けだとかそういったものを見るような目で私を見て、先ほどまで争っていたのに、ちょうど同じタイミングで、その車両から二人、別々の車両へと移動していった。
そうして、その車両に残されたのは、仮面を被り笑い続ける私だけになった。
ずいぶんと広く感じる車両、好きな席に飛び掛かるように座り、仮面を外す。
……妙だな、笑顔にするまじないをかけたのに、どことなく、心が傷ついたぞ。