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 沈黙が、面映ゆい。保健室に到着し、元が何の部屋なのか分からないほど空っぽの室内に置かれたスタンプを見つけるまでの間、無言の時が気詰まりで仕方がなかった。繋いでいた手を離してスタンプをカードに押しながら、「何か話せば?」と千秋は会話を促した。我ながら鼻にかかった言い方で、小さな自己嫌悪に襲われていると、「えっと」と知佳は恥ずかしそうに口ごもってから、切り出した。

「千秋くんは〝カシマさん〟って知ってる?」

「カシマさん?」

「うん。旧校舎の幽霊は、皆からそう呼ばれてるの」

 この状況で怪談かよ、とうそぶきかけたが、何とか黙った。委縮されるよりは、気ままに話をさせる方が、千秋としても気楽だ。

「旧校舎に棲んでる寂しがり屋の幽霊で、鈴の音とともに現れるんだって。本当は〝学校童がっこうわらし〟だったのに、皆が〝カシマさん〟って呼ぶから〝カシマさん〟になったの」

 康太も話していた怪談のことだろうか。〝学校童〟という名前は初耳だ。保健室を出て階段を上がると、ぎい、と古い床板が軋みを上げた。怖気を誘発する音色に合わせて、知佳の語りは続いた。

「もし〝カシマさん〟に出会って「私の名前は?」と訊かれたら、「仮面のカ、死人のシ、悪魔のマ」と答えたら何もしないで帰るけど、別の名前を答えたら、「友達になれた」と思われて、黄泉の国へ連れていかれるんだって」

「ありきたりな怪談だな」

〝カシマさん〟はともかく〝学校童〟の方は、家に棲むという座敷童ざしきわらしの学校版のような存在だろうか。千秋が想像を巡らせた時だった。

 突如として「助けてくれぇ」と野太い悲鳴が、古い校舎にとどろいた。

「康太の声だ!」

 はっと千秋は顔を上げると、階段を駆け上がって二階の廊下に躍り出た。『理科室』と札の掛かった教室をすぐに見つけて踏み込むと、懐中電灯をさっとかざした。ライトが闇を青白く切り裂き、人体模型といきなり目が合ってぎょっとする。そこから光を少し逸らした黒板前に、康太はうずくまっていた。千秋に気づいた康太は、安堵の顔で立ち上がった。

「千秋ぃ、会いたかった!」

「康太、一人なのか? 英美理は?」

 今にも千秋に抱きつこうとしていた康太は、動きを止めて、顔色を曇らせた。

「……英美理は、一人で逃げたよ。さっき一階の方から大きい物音がした時に、理科室から飛び出したんだ」

「物音?」

 千秋が旧校舎へ入った時に、扉が閉められた音だろうか。康太は俯くと、点いていない懐中電灯をゆらゆらさせた。

「その音と同時に懐中電灯が消えて、しかも理科室の外から英美理の悲鳴が聞こえて……廊下に出てみたら、いねえんだよ。あいつ。俺、怖くて動けなくなって……」

「英美理ちゃん、探した方がいいんじゃない……?」

 気づけば背後にいた知佳が、怖々といった様子で提案した。すると康太は「やだよっ」と即答した。千秋の懐中電灯に照らされた顔には、鬼の面のような凄みがあり、この異常な空間で際立った幼馴染の負の感情に、千秋は初めて気圧された。

「あいつは俺に、『どうしてあんたなんかと組まなきゃいけないの』って文句ばっかり言ってたんだ。どうなったって、知るかよ。それに英美理、消える直前に誰かと口論する声が聞こえたから、そいつと外に出たんだろ」

「口論って?」

「さあ。『あんたの名前なんか知らない』って騒いでたけど、どうでもいいよ。……俺、外に行くわ。英美理がいないと失格だし、もう動けるから」

 一人で廊下に出て行く康太を見送った千秋は、嘆息してから「周辺の教室だけでも探してくるから、待ってろ」と知佳に言った。

「英美理が見つからなかったら、さっさとスタンプを集めて委員長に報告しよう。康太が言うように、もう外にいるかもしれないしな」

 肝試しは馬鹿馬鹿しいが、暗がりで動けなくなっているかもしれない女子を放置したとなれば、後味の悪い思いをするだろう。知佳が何だか嬉しそうに「うん」と頷いたので、千秋も康太のように一人で廊下を歩き始めた。

 だが、英美理を呼びながら歩いても、冴えた静寂からは人の気配が感じられない。外でかえるが鳴く声すらも聞こえず、えた匂いは冷えていて、呼吸一つにも緊張を覚えた。

 どうして、誰ともすれ違わない? 違和感が、加速した時だった。

 凛、と。鈴の音がまた聞こえた。

 直後、音の残滓を追うように、再び康太の悲鳴が響き渡った。

「康太!」

 弾かれたように振り向いた千秋は、暗い廊下を駆け出した。

 まだ近くにいるはずだ。そう希望を懸けたが、間に合わなかった。

 階段まで駆けつけて、明かりを翳した時――そこには蒼白な顔で床にへたり込む知佳と、持ち主を失って転がる懐中電灯だけが、光の輪の中に残されていた。

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