階段からの音
今日も階段から聞こえてくる。
ズルズル ズルズル…
義母が2階に上がってくるのだ。
認知症を患い、もう長い。
「ねえ、お母ちゃんどこにいる?」
自分の母親を探しているのだ。もちろんもうこの世に
いるはずもない。
「ねえ、お財布がないんだけど」
すぐに無くすので、ずいぶん前から私が預かっている。
「ねえ、夕飯は何にしようか?」
もう何年も義母は料理なんてできない。
「ねえ、お客さんがふたり来ていたはずなんだけど
どこに寝てるの?」
もちろんお客さんなんていない。
こんな調子が1日に何回も繰り返される。
目はうつろで、何かブツブツ言っている。
「寂しくてひとりじゃ嫌なの。もうひとり暮らしは嫌なの。」
同居してもう15年だ。
義母の頭の中はどうなっているのだろう。
夢の中、雲の上を漂っているような感じなのだろうか。
うるさいよ!もうしつこいよ!話しかけないで!
なんて言える訳ないか…
義母の机にメモを見つけた。
「もう何もかも忘れてしまった。自分が情けない。
若い人達に助けられて本当に感謝しています。」
読んでから私はそのメモを丸めて捨てた。
どうせ書いたことも忘れてしまうのだ。
ある日の真夜中、またズルズルと階段を上がってくる
音が聞こえた。
義母はまた焦点の合わない目をして、私の寝室に
入って来た。
ふと殺意に似たものをおぼえた。
色々言い聞かせて義母の寝室に連れて行った。
寝息を聞いてから私は寝室に戻った。
義母の首に手を回す自分を想像した。
人生の終わりは自分では選べない。
私が決めてあげようか。
今も階段を上がってくる音が聞こえる。