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薄情と厚情の狭間にて

作者: きりぼし団子

「君は思っているよりずっと情に厚い人間だよ」


 彼女はそう言うが、やっぱりそれは違うといつも思う。

 俺は薄情だ。生まれてからこれまで、ずっと薄情な人間として生きてきた。

 今だってそうだ。人と喫茶店に来るならせめてカウンターではなくボックス席に座るべきだ。大体、雨の日に人を連れ出すことは良いことじゃない。大した用事でないのなら尚更だ。だから、いつものように返答を返す。


「俺はそういった人間じゃない。そういった人間になる資格が無い」

 息を口の中に虫が湧いているような心持で溜めこみ、言葉を紡ぐ。

「それはお前だって知ってるだろ」

「――うん、そうだね。でも、私は君が厚情ある人だと思うよ」

 少し呆気にとられる。いつもとは違う返事だ。しかし、言わんとすることが分からない。

「それは一体どういう意味だ?」

「だから、そのままの意味。確かに君は薄情な人間だよ。でもそれ以上に、優しくて親切な人間だと思う」

 ますます分からない。口の中に湧いた虫は、どうやら脳に巣を作ったようだ。薄情と厚情って対義じゃないのか。


「やっぱり分からねえ。大体俺のどこを見たらそう思えるんだ」

 相手の返答を待つ。静寂が空気の隙間を縫う。まるでこの空間にたった二人しか居ないような、そんな静けさが流れる。緊張で全身に虫が湧き上がるような感覚と澄んだ空気が相反し、溶け合う。まるでこの空間の王になったような気分で相手の答えを刹那の間待った。そして彼女が笑みを浮かべ、口を開く。

「そうだな。例えば、今日私を呼んでくれたのは嬉しかったよ」

「迷惑じゃなかったか」

「ううん。それにほら、そうやって心配してくれるところとか」

 彼女の率直な言葉で反射的に目を逸らす。人から褒められることは苦手だ。

「別に気を遣った訳じゃない」

「だったらそれでもいいよ。ただ私は君のその優しさにいつも感謝してる」

「……そりゃどうも」


 顔が少し火照る。彼女は褒め上手だ。褒め上手で褒められ上手で人当たりがいいから友人が多い。でも俺は薄情だ。冷たくて残酷で悲観的だから友人は隣の彼女ぐらいなものだ。こうやって休日に急に呼び出して来てくれるような彼女に、俺はいくら感謝すればいいだろうか。

 それと同時に怖さも感じている。自分が例え僅かな厚情あれど、それが薄情を上回っているとは思えない。だからもしかするとそれで彼女が離れていってしまうかもしれない。別に彼女に対して疑いの念がある訳ではなく、寧ろ多大なる敬意と感謝を抱いているのだが……それを思うといつも怖くなる。


「なあ、お前は嫌じゃないのか? 俺みたいなのと友人で、色々と」

 まずい、と思った。どうやら今の思考が言葉に変わって口から溢れていたようだ。

「思ってないこと言われるのは、あんまり嬉しくないかな」

「……ごめん」

 素直に謝罪の言葉を述べる。しかし、いややはり流石だ。言い訳をする隙すら与えてくれない。


「それと、あんまり自分を卑下しないで欲しいな。君はとっても優しい人だし、それを否定してるの見ると少し哀しくなるんだ」

ただただ素直な言葉で、心なしか気持ちが少し晴れる。笑みがこぼれる。

「何だか、いっつも気使わせちゃってるな」

「全然だよ。悩みがあれば相談して欲しいし、私だって相談するし、てか相談されなくても何かありそうだったらいつでもぶっこむから」

「……ああ、またその時はよろしく頼む」


 彼女は、いつだって笑って俺を肯定してくれる唯一の存在だ。俺が感謝しきってもしきれない大切な存在だ。そんな彼女からこうやって言われるということは、案外俺は薄情ではないのかもしれない。いつの間にか、身体に湧いていた虫達はどこかへ去っていた。そして彼女に何か恩返しをしなければならないと、ふと思う。突如彼女が声を上げる。


「あ、雨が止んだよ」

「ああ、もう夕方だけどな……」

 そんなことをボヤいていると、ふと朝のニュースを思い出した。反射的に席を立つ。

「そろそろ行くか」

「どこか行くの?」

「ああ、少し南のあの山に行こう」

「何かあった?」

「思い出したんだ。今夜は――」


今夜は、流星群が流れるらしい。

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