#6 空中航空巡洋艦イディナローク
#6 空中航空巡洋艦イディナローク
アクアフィールドの市街の文字通り中心にある中央広場にリルミアが着くとそこには一台の軍用4WDが止まっていた。
あれかなと思い近づくとその4WDの運転席から銀髪の少女が降りてきてリルミアと目が合った。
(えっ、すごい綺麗な人……)
それはエルフであるリルミアも驚く美少女だった。
年齢は18才位だろうか。
陽の光を反射してキラキラと煌めく見事な銀髪。
意思の強そうな目には神秘的な金色の瞳。
クールビューティー系ではあるが冷徹な感じはない。
素材の良さが活きる控えめなメイク。大きくはないものの形の良さそうな胸に綺麗にくびれたウエスト、すらりと伸びた脚。
その容姿はアイドル級を超えるレベルの美少女と言っていいだろう。
服装はいわゆるヘソ出しの丈の短い半袖Yシャツに真っ赤なリボンタイ、濃いブルーの上着の左右の肩にはそれぞれ銃を持った女神のデザインの部隊章や甲冑とランスをデザインした騎士章や階級章、パイロット記章に近衛騎士章らしいワッペンが付いている。
背中には魔法陣の紋様とそれを囲むように術式の文字の刺繍。
ミスリル銀でできているらしいチョーカーに白い手袋、それに上着と同じ濃いブルーのショートパンツとブーツにグレーのニーハイ。
身体や脚のラインがかなりはっきりわかる衣装である。
腰には右に小型の拳銃、左側には長さ1メートル弱の金属製で棒状の武器。
右の太ももにはダガーが装備されていた。
その少女はリルミアを見ると近づいてきて軽く敬礼すると微笑んだ。
「貴女がリルミアさんですね?若桜中佐の指示で空中航空巡洋艦「イディナローク」からお迎えに上がりました涼月亜耶中佐です…はじめまして、よろしくお願い致します」
「リルミアです、こちらこそお世話になります」
「こちらへどうぞ、艦までお送りします」
リルミアを乗せると4WDは走り始めた。
市街地を抜けて港へと向かう。
「それにしても馬車ばかりでクルマが少ないんですねえ」
「20年前の大戦の被害で整備維持の技術力が落ちましたから今はクルマを一般市民が維持するのは難しいですね、私が転生したばかりの頃はまだ大戦前の比較的平和な時代でそこそこクルマも多かったのですけど」
なるほど、とリルミアは思った。
基本的にこの世界の政治形態は地球でいう中世から近代にかけての王政が多く、機械文明はどうやら大正から昭和初期に近い。
ただ地球世界と決定的に異なるのは魔法文明が発達している事である。
軍用も、医療も、生活インフラも魔法に頼るものが多い。
例えば大正時代でもガスや電気の利用はあったがこの世界では利用されておらずその代替として魔法によるコンロやランプが主力である。
乗り物もクルマや鉄道は蒸気機関ではなく魔導エンジンによって動く。
実際今乗っている4WDも魔力を圧縮、膨張させる事でおむすび型のローターをハウジング内で回転させるタイプ、地球世界でのヴァンケル型ロータリーエンジンとよく似た構造の魔導エンジンで走行している。
これが空中艦や魔導機兵になると魔力タービン方式と大地の魔力との反発効果を組み合わせる事で飛行する統合魔導推進と呼ばれる方式を使う。空中船舶や魔導機兵特有とも言える魔導エンジンの一種である。
「見えてきましたね、あれがこれから乗る艦、空中航空巡洋艦「イディナローク」です」
亜耶が指差す方向を見るとそこには全長200m程の軍艦が埠頭に停泊しているのが見えた。
その武装は前部には連装の20.3cm主砲が背負い式に2基と多連装ロケットランチャーが1基と艦橋の両舷に三連装の短魚雷発射管。
更に舷側にも同様の主砲が1基装備されている。
艦首にはまるで潜水艦のように3門ずつ計6基の魚雷発射口。
そして艦橋にはそれを守るように複数の対空機銃がある。
艦橋の後部にある飛行甲板には艦載機らしいVTOLが2機駐機されていてさらにその後は一段低くなっておりそこにも1基の後部主砲がある。
そして特徴的なのは巡洋艦としては大きめなマストでそこには各種のセンサーらしい細かい機器がこれでもかと装備されているのが見えた。
全体的なイメージは現代地球世界の軍艦に例えると仏海軍のヘリ空母ジャンヌ・ダルクや海上自衛隊のしらね型ヘリ搭載護衛艦に近いだろうか。
とにかく巡洋艦としてはかなりの重武装と言っていいだろう。
艦橋は窓が少し小さめでスラントしている。
そのデザインは旧ソ連のスラヴァ級やソブレメンヌイ級といった軍艦に少し似ていた。
もっともこの異世界にミサイルは存在しないのでスラヴァ級のように両舷に斜め上前方へ向けて装備されたミサイルのランチャーは無い。
「そういえば船の名前がロシア語っぽいんですね」
「ロシア語ですよ」
「え?」
「イディナロークというのはロシア語でユニコーンという意味なんです」
「やはり……でもなんでまた異世界なのにロシア語なんです?」
「設計者がロシア人転生者なんですよ、軍事関係での転生者の起用は多いので」
「あー……なるほど、でもユニコーンってのはなんとなくわかります、あの大きなマストがユニコーンの角みたいとかそういう由来なんでしょう?」
「その通りです、航空管制や通信、索敵、照準のセンサー類を充実させた結果あのような大きなマストになりました、ただ……」
「ただ?」
「装備を充実させたせいで建造コストが高くなり過ぎてイディナローク級はこの艦1隻しかないんですよ………このまま艦内に入ります」
亜耶は舷側にある車輌搭載用のランプから艦内に4WDを乗り入れると艦載機格納庫の隅にある車輌用のスペースに駐車し、艦が揺れても大丈夫なように床にワイヤーで車体をロックした。
どうやら格納庫の空きスペースを利用する事で小規模な輸送艦としても利用できる機能もあるらしかった。
「艦橋で待ってる人がいますから行きましょうリルミアさん」
「あっはい!」
巡洋艦の艦内という滅多に見られない光景にキョロキョロと見回していたリルミアはあわてて亜耶についていった。
リルミアと亜耶が艦橋に入るとそこは出航前の様々なチェックや準備で活況を呈していた。
艦橋にある艦長席を表す赤いシートには軍帽を被った小柄な人影があり、それに亜耶が声をかけた。
「昶、リルミアさんをお連れしました」
「あ、おかえりー、それにリルミアもようこそ空中航空巡洋艦イディナロークへ」
「お世話になります昶さん」
「うん、まあ気楽に過ごしてよ」
「昶、あとどれくらいで出航できます?」
「もう出られるよ…亜耶、空いてる席をリルミアに」
「わかりました、リルミアさんこちらの席にどうぞ」
「ありがとうございます」
程なくしてイディナロークは機関を始動すると埠頭を離れゆっくりと港の外側へ出た。
「麻衣、湾内から出るまであとどれくらい?」
「間もなく出られますのでそろそろ増速しても良いかと」
麻衣と呼ばれたこの艦の副長らしいツインテールの少女が答える。
どうやら名前から察するに日本人転生者らしい。
「ん、わかった、機関室にその旨伝えて、フライトリアクター起動!」
「了解、フライトリアクター起動します」
艦内に主機の発する低いエンジン音が響く。
「うわー……なんか緊張するなあ」
「リルミアさんは空中艦は初めてですか?」
さっき昶に麻衣と呼ばれた少女がリルミアに話しかける。
「はい、まだ転生して1年も経ってないので、えーと貴女は…?」
「申し遅れました、私はこの艦の副長を務めている新條少佐です、よろしくお願いします」
「リルミアです、こちらこそよろしくお願いします」
「すぐ慣れますよ、それに水上艦艇よりも空の方が揺れませんから」
「えっそうなんですか?」
「飛行機よりも重量が大きい分だけ揺れにくいんですよ」
「これより本艦は離水する、両舷前進強速!フライトリアクター出力60%、艦首上げ角20!」
「両舷前進強速!フライトリアクター出力60%!」
「艦首上げ角20、離水!」
昶の指示がとぶ。
操舵手が復唱しつつ操縦桿を手前にゆっくりと引き、機関長がエンジンテレグラフを動かす。
主機の轟音がひときわ大きくなり艦橋の床にビリビリと振動が来る。
ふわりと浮く感触と同時に波に揺られる感覚が消えた。
イディナロークは海面を離れ全長200mの巨体を離水させた。
「フィンスタビライザー及びカナード翼展張!面舵、方位150!両舷最大戦速!このまま巡航高度まで一気に上昇する!」
「フィンスタビライザー及びカナード翼展張します、面舵、方位150」
「両舷最大戦速!」
昶が指示をすると重い作動音と同時に折り畳まれていた逆V字型の安定翼であるフィンスタビライザーと艦体前部のカナード翼がゆっくりと展張されていく。
30分ほどかけて巡航高度まで上昇するとイディナロークは水平航行に入った。
「機関減速、両舷前進強速まで落とせ、フライトリアクターは巡航出力へ」
「両舷前進強速、フライトリアクター巡航出力」
「……これで一段落ですね艦長」
「あとは「天翔山脈の亡霊」が問題だけどその時には瑞嵐とミスティックシャドウⅣを直掩機として出撃させて」
「それしかないですね、いつもの事とはいえ本艦のみの単独航行ですし……でも艦載機に頼れるだけマシと考えるべきかと」
「そこが航空巡洋艦の強みよ……麻衣、あとは任せたからこのまま予定通りの航路でお願い、ウインドミルの補給物資の積み込みは問題なし、シュツルムカノーネのIRAN(定期整備点検の一種)はまだ暫くかかるのよね?」
「整備班の報告では最短でもあと4日程必要だそうです」
「ただでさえ戦力不足なのに稼働、投入出来る機体は魔導機兵1機と瑞嵐が2機…例の「亡霊」を相手にするには少し厳しいか…」
「あと砲術要員が足りませんのでシュツルムカノーネが使えない間はリトラ少佐に砲術長をして貰おうかと」
「そうだね、じゃあリトラにその旨伝えておいて、各パイロットのローテーションはきっちりお願いね亜耶……現状での航海は予定通りに進めるから」
「わかりました、昶」
「了解しました艦長」
必要な指示を一通り終えると昶はくるりと艦長席の椅子を回してリルミアの方に向き直った。
「忙しくてごめん、一段落ついたからあたしが部屋に案内するよ」
「はい、お世話になります昶さん」
「そうだ、このバッジを貸すから艦内では付けておいてね……少尉待遇にしてあるからその階級章ね、これを付けてれば食事は士官食堂でできるから」
「ありがとうございます」
昶に案内されて連れてこられた部屋は士官区画にある客員用の小さな個室だった。
見回すと丸い舷窓にベッド、小さな洗面台とタンス、机があり軍艦ということもあってか飾りっ気は皆無のシンプルな部屋だった。
かくして大陸に到着するまでの5日間のリルミアの生活拠点は定まったのである。
前作「異世界に創作キャラと転生しました。」からヒロインの1人、亜耶さん登場です。
前作の時代から時が経って昶と共に少し立場が偉くなってたりします。
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