#14 リルミアへの依頼
#14 リルミアへの依頼
リルミアが冒険者ギルドの受付で呼び出しがあった事を告げるとすぐにギルド長の部屋に通された。
そこで冒険者ギルド長と二人で待っていたのは意外な人物だった。
「君がリルミアさんか、よく来てくれたね。私がここの冒険者ギルド長のナナサキだ、よろしく頼むよ。そしてこちらが知っているとは思うが………」
「はい、存じておりますがどうしてここにアペイロンさんが?」
「うん、ナナサキと私は子供の頃からの友人でね、今回彼と共同で君に指名依頼したい事案があるんだ」
「私に冒険者ギルドと商人ギルドそれぞれの長から指名依頼ですか?でも私はまだ冒険者としてはあまり経験豊富じゃないですよ?」
「それでも君に頼みたくてね、中々頼める高レベル冒険者がいないんだよ、取り敢えず話だけでも聞いて貰えるとありがたい」
「わかりました、話を聞く位なら……」
「うん、実は我々商人ギルドと冒険者ギルドは共通の由々しき問題を抱えていてね」
「はい」
出されていたお茶をすするとアペイロンが話を続ける。
「最近、妙な薬が出回っているんだよ」
「妙な薬ですか?」
リルミアが聞き返すと今度はナナサキが口を開いた。
「君も既にその事案の当事者なんだよ」
「え?私がですか?」
「ああ、3ヶ月前に暴漢に襲われた旅館の子供を助けただろう?」
「あっ………!」
思わずリルミアは口に手を当てた。確かにあの時スミレを襲った男は様子がおかしかったし、生前の極道令嬢だった頃に見た薬物中毒患者みたいな状態だった。
「…………アッパー系の薬物、ですか」
「その通りだ、よく知っているな。あの薬の名前は夢の旅人、「ドリーム・トラベラー」と呼ばれているアッパー系の違法薬物だよ」
ぽつりと漏らしたリルミアの言葉にナナサキが頷いた。
基本的に違法薬物は三種類に分けられる。
アッパー系は服用すると精神が高揚してハイな状態になる。地球世界では覚醒剤やコカインがこれに該当する。
もう一つはダウナー系。こちらはアッパー系のように高揚した、興奮した状態になる訳ではなく意識が落ち着くタイプでこれはヘロインが該当する。
3つ目はサイケデリック系でこれは幻覚症状が強くでる。LSDやマジックマッシュルームがこれに該当する。
ちなみにアッパー系とダウナー系の両方の特性を持つのがマリファナである。
リルミアは生前の極道令嬢という育ちもあってこの辺の簡単な知識は父親やその配下達から聞いていた。
「長い事この街では違法薬物絡みの事案なんて無かったんだがね、ここ数ヶ月で急激にその被害が広がっているんだよ」
「でもそれならこの街の警備兵や帝国軍の憲兵隊の仕事なんじゃないですか?どうして一介の冒険者の私に?」
「それは単純な理由でね、警備兵も憲兵隊も動いているんだが捕まるのは末端の売人程度でそれ以上の情報にたどり着けないんだよ……どうも敵には警備兵も憲兵隊も情報が筒抜けになっているらしくてアジトを見つけて踏み込んでも既に逃げられた後、という有様なんだ」
「だからまだあまり顔を知られていない高レベル冒険者の君に指名依頼をしようという話になったんだよ……それに精霊魔法の使い手なら万一の事があっても体内の薬物成分を生命の精霊を使って自力で浄化できるだろう?」
「そういう事だったんですか」
「うん、まあそんな理由でリルミアさん、貴方に指名依頼しようという話になったんだよ……どうか受けて貰えないだろうか?」
「わかりました、お受けします」
「ありがとう、助かるよ……これが今まで商人ギルドと冒険者ギルドで集めた資料だ、参考にしてくれ」
「はい」
リルミアは資料を受け取り現状で商人ギルドと冒険者ギルドが把握している情報を二人から聞き取るとすぐに行動を開始する事にした。
受け取った資料にあるのは冒険者ギルドと商人ギルドの調査で判明した「ドリーム・トラベラー」患者の治療や更正を行っている施設や売人がうろついている酒場のある歓楽街等である。
リルミアは準備のために部屋に戻るとまず変装に着手した。エルフ耳が隠れるような髪の長めのウィッグを買うと一人でやる以上あまり顔が知られるのもまずいに違いないからだ。
「まずは資料にあった酒場で売人に接触かなあ……」
その酒場は歓楽街の端にある薄暗い路地から更に入った場所にあった。
リルミアは今は売人に警戒されないように目立つ日本刀はストレージボックスのブレスレットに収納している。
その代わり以前アクアフィールドの冒険者ギルドで買った小型リボルバー拳銃をすぐ出せるようにスカートの内側に隠し持っておく。
それともう一つ。一旦部屋に戻ったときに手持ちの化粧道具で頬に殴られてできた痣に見えるようなメイクをしてきていた。
念のためにあらかじめ生命の精霊の身体強化魔法で身体能力を上昇させてから酒場に入るとまだ時間が早かったせいか店内に他の客はおらず閑散としていた。
リルミアはわざときょろきょろしながらバーカウンターに席を取ると無愛想なバーテンダーに話しかけた。
「お兄さん、水割りにサラミとチーズの小皿をおねがい」
「はいよ」
バーテンダーはすぐに水割りを出した。
「ねえ」
「何です?」
「アレが欲しいんだけど」
「はて、アレとは何でしょうか?」
「ドリーム・トラベラーよ、三日前だっけ?あたいの彼氏に売ってた奴がパクられて困ってんのよ、おかげで手に入らなくて散々あのバカに殴られたんだから!見てよこれ!」
「……………ふむ」
リルミアが痣を見せると(といってもメイクだが)バーテンダーは一瞬、同情するような表情を見せたがすぐに元の無愛想な口調でリルミアに「少し待っていろ」というとカウンターの奥のドアへと手招きした。
後についてドアの奥にある小部屋に入るとそこの棚に置いてある箱から小さな包みを取り出してリルミアに見せる。
「ほらよ、ドリーム・トラベラーだ」
「間違いないのね?またあのバカ男に殴られるのは嫌よ」
「この通り、純度の高さも保証するぞ」
「ふうん………じゃあそれで、いくらなの?」
「こいつは純度が高いからな、小金貨2枚だ」
「そう、でも小金貨じゃなくてこれで支払わせてもらおうかな、「身体強化」!」
リルミアはバーテンダーの襟首を左手で掴むと持ち上げた。魔法で身体強化されているから大人一人を持ち上げるくらいは簡単である。
「うおっ!?何を?!」
「ごめんねえ、あたしドリーム・トラベラーの事調べてんのよ。色々教えてくれないかなあ?」
「けっ、そうそう教えられるかよ」
「ふうん、そう」
リルミアはバーテンダーを持ち上げたまま右手でリボルバーを抜き、その周囲だけ風の精霊魔法で音を消すと耳をかすめるように一発撃った。
「こっ、この!!」
「二度も言わせないで。知り合いが被害にあって頭にきてんのよ」
更に二発、三発と撃つ。
「わ、わかった、仕入先を教えるからやめてくれ!!売人程度で死ぬのはごめんだ!!」
「そう、じゃあ話して」
バーテンダーは怯えながらリルミアに仕入先の商会の名前を話した。
「その商会が元締めなんでしょうね?」
「あ、ああ、少なくともこのハルサクラの街のドリーム・トラベラーはあそこしか扱ってねえから間違いねえよ……いい加減この手を離してくれ!!」
「そうね、離してあげる」
リルミアは銃を太腿のホルスターに戻すとバーテンダーを持ち上げていた左手を離した。
「くそっ!!」
バーテンダーがリルミアの手を振り払って部屋から逃げ出す。
「ブラウニーよ!」
家屋の精霊であるブラウニーにリルミアはバーテンダーの目の前の床の一部を少しだけ剥がれさせた。
「ぎゃあーっ!」
バーテンダーは剥がれてめくれあがった床板に右足の小指のあたりをモロにぶつけてその激痛にのたうち回った。
「バカな奴……そうだ、ちょっとあんた」
「痛えええ………うげぇっ?!」
リルミアは棚からウイスキーのボトルを取るとバーテンダーに馬乗りになり、その鼻を摘まんでその口に突っ込んで無理矢理飲ませる。
「げほっ!!何を……う…………」
「そのまま三日ほど寝てて」
生命の精霊魔法「スリーピング」でバーテンダーを眠らせるとソファーに連れて行って残ったウイスキーを上からかける。更にウイスキーの空き瓶を何本か転がしておく。
これでどう見ても酒の飲み過ぎで酔いつぶれて眠っているようにしか見えない。
少なくともこのバーテンダーが目を覚ます三日後まで誰かがドリーム・トラベラーの事を嗅ぎ回っている事に元締めの商会は気がつかない筈である。