#13 商人ギルドパーティ
#13 商人ギルドパーティー
翌日、商人ギルド主催のパーティーにリルミアの姿があった。
場所は商人ギルドの最上階である5階にある大ホールである。
アペイロンが知り合いの服飾専門の商人から借りてくれたドレスを着用したリルミアがホールに入ると一斉に視線が集まった。
それというのも人間、所謂種族としてのヒューマンがメインのパーティーにエルフが出席するのは非常に珍しいからである。
パーティーは商人ギルドの長であるアペイロンの挨拶に始まり引き続いて主賓として招待されたこのハルサクラ市の市長兼領主である伯爵の挨拶、「天翔山脈の亡霊」異名を持つ大型ドラゴン討伐の立役者である空中航空巡洋艦イディナロークの艦長である若桜昶中佐とその戦闘部隊の隊長を努める涼月亜耶中佐への感謝状及び記念品の贈呈が滞りなく行われた。
その後は立食形式のパーティーである。
リルミアが「天翔山脈の亡霊」にトドメを刺した事を聞いた伯爵をはじめとしたお偉いさん系の参加者達が口々に御礼を言いに来る。
リルミアは生前に政治家を招いたこの手のパーティに何度か父親に連れて行かれた事がありそつなくそれをこなしていた。
会話の大半はどのようにして「天翔山脈の亡霊」を倒したかという話題が圧倒的に多かった。
だが他にも冒険者に有用な情報として、例えばこのハルサクラの街に幅をきかせている盗賊団やここから程近い空域に出没する空賊の情報も聞く事ができたのはまだこの街に来て日が浅いリルミアにとって収穫だった。
パーティーも半ばにさしかかった頃、士官用の白い礼装に身を包んだ昶と亜耶もお偉いさん達に囲まれ談笑していたがやがてそれも一段落すると二人揃ってリルミアの所にやって来た。
「大丈夫ですかリルミアさん?緊張していませんか?」
「大丈夫です、転生前に似たようなパーティに父と出席した事がありますから………とは言ってもこういう畏まったのは少し苦手なんですけどね」
「それは私も同じですよ、いつもの格好で身体を動かしてる方が楽ですし」
「だよねえ、あたしも艦に乗ってるかオフの時に冒険者してる時の方が遙かに楽しいもん」
「今回は討伐対象が大型ドラゴンでしたからこういう席に出ざるを得ないのは仕方ないですよ」
「そうですね……バルコニーに出て少し外の空気を吸ってきま………ん?」
リルミアがバルコニーに出ようとするとその前に立つ者がいた。かなりがっしりとした体格の男性である。
年の頃は30代くらいでその鍛えた身体から察するに冒険者か軍人か。顔が赤いのは酒を呑んで酔っているからだろう。
その男はリルミアの身体を舐めるように見回してからおもむろに口を開いた。
「あんたがあの巡洋艦に乗って「亡霊」とやりあったってエルフか」
「ん?何よあんた」
不躾な物言いに自然とリルミアの言葉に棘が出る。
「あの巡洋艦……イディナロークって言ったか、以前あれの人員募集に行って選考から弾かれた事があってなあ……おまえ、亜人の分際でどうやっって潜り込んだんだ?」
「あたしは普通に便乗するのに誘われてそれで一緒に戦っただけなんだけどさ、あんたが選考で弾かれた理由は何となくわかるわ」
「あぁ?」
「多分そういう所が理由よ、不躾で礼儀知らずな上に頭も性格も悪いでしょ」
「なっ、なんだと?!?!」
「自分から名乗る程度の事もせずにいきなり難癖付けるような失礼な奴はどこに行っても嫌われるに決まってるでしょ、その程度の事も想像できないバカだから弾かれたのよ」
「言わせておけばこのエルフ如きが……!!」
「あ”ぁ”?礼儀知らずのバカがイキがってんじゃないわよ!」
「このっ……!」
お互いの手が出そうに、喧嘩になる寸前に貫禄のある壮年男性の声がかかりそれは回避された。
「馬鹿者!貴様はこんな所で騒ぎを起こして私に恥をかかせるつもりか!」
「い、いえそんなつもりじゃ……!」
「貴様にそのつもりが無くても周りで見ている者達がどう思うかくらい考えんか!下がれ!」
「は、はい………」
壮年男性に一喝されると男はすごすごと引き下がりパーティーの人混みへと消えていった。
「すまんね、エルフのお嬢さん、うちの者が不愉快に思いをさせてしまったようだ」
「あ、いえ私も少し言い過ぎましたから」
「そう言って頂けると助かる、今後部下の躾には気を付けるとしよう」
リルミアに一礼するとその壮年男性はパーティーの人混みへと消えていった。
「全く、失礼な………!」
「あまり気にしない事よ、どうしてもあたし達転生者は色眼鏡で見られたり妙な妬みを持たれる事多いから」
「やはり昶さんも似たような経験が?」
「転生したばかりの頃は色々ね………この外見年齢だから変な奴に絡まれる事は多かったわよ」
「でもお酒が入っているとは言え彼の部下があんな絡み方をするのは珍しいですね」
「そうね、でも最近は護衛や用心棒の人材も不足してるからね」
「あの、昶さん」
「ん?」
「今の人、有名なんですか?」
「多分このハルサクラじゃ知らない人はいないんじゃないかな」
「そうですね、このあたりじゃ一番有名な実業家ですよ、利益は地域に還元すると言って孤児院やボランティア活動への寄付がかなりの金額だった筈です」
「そういや前回あたし達がこの街に来たときはかなりの人数の護衛兼用心棒を募集してたよね、確か経営してる農場が広大すぎて警備の人手が足りないって話だったかな」
「そんな事があったんですか」
「さっきの失礼な人………多分それが原因ですね」
「そうだね、やたらと人数増やして雇った所でその分だけ質の低い奴も紛れ込んでくるよ」
「なるほど……そういう訳だったんですか」
「リルミアは今回の一件で有名になっちゃったからね、利用されないように気を付けなよ」
「はい、ありがとうございます」
ちょうど話が一区切りついた所で昶と亜耶は領主の伯爵に呼ばれてそちらへと離れていった。
翌日。
リルミアが温泉の朝風呂から出て自分の部屋でゆっくりお茶を飲んでいるとそれは起こった。
階下から女の子の悲鳴と男性らしき大声、それも何を言っているのかさっぱりわからない大声が聞こえてきたのである。
刀と銃を持って悲鳴が聞こえた階下へ駆けつけ、外を見ると血走った目をした男がスミレをまるで人質にするように襟首を掴んで刃物を振り回していたのである。
「親父さん、一体どうしたの?」
「それが……ウチの食堂で朝定食を食べていたらどうも体調が悪いってんでフロントのソファーで休ませていたら急に暴れ出して………」
「それをスミレが止めようとして捕まっちまったんだよ……お客さん、冒険者なんだろ?いくらでも報酬は出すからスミレを助けておくれよ………!」
女将のすがりつくような必死の表情にリルミアは無言で頷くといつでも刀を抜けるようにしてスミレを掴んだままの男と対峙する。
未だに男は訳の分からない事をわめきながらショートソードを振り回している。
身なりを見ると皮製の防具だし武器も含めて軽装である。ならず者、せいぜい盗賊といったところか。
(こういうのは初めてじゃ無いけど………でも迂闊に動けないな、一瞬で無力化しないと)
スミレを助ける方法を色々と考えつつ思わずため息をつく。
生前、リルミアが極道令嬢だった頃に似たような状況を見たことがあった。
………どう見てもこれって薬物中毒じゃないか。
ただ単に我を失っているのとは違う。目は血走り身体は不自然に、そして小刻みにぶるぶるとふるえていて口の端からは涎が垂れている。
いずれにしてもこのままだとちょっとした刺激でスミレが殺されかねない。
「仕方がないか………スミレちゃん、あたしが気を引きつけるからそしたら蹴飛ばして離れて……このっ!!」
リルミアが近くのテーブルにあったフォークを盗賊風の男へと投擲した。フォークはスミレを掴んでいた右腕手首に刺さると男は何が起こったのかわからないようで自分の手を怪訝そうに見ると一瞬動きが止まった。
「スミレちゃん、離れて!」
リルミアの声にスミレが慌てて男から逃げてリルミアの後ろに隠れる。
「うおあああああああああ!!!!!」
虚ろな表情のままようやく事態を理解した盗賊風の男は叫びながらショートソードを振りかぶるとリルミアに襲いかかった。
「遅いのよ!」
愛用の日本刀の柄に手をかけたリルミアが襲いかかってくる男が振り下ろすショートソードをかわしてすれ違った一瞬何かを切断する鈍い音がした。
すれ違った男がゆっくりとリルミアに凄まじい形相で振り向く。
「ぎゃあああああ!!!」
ぼとりと男の手首がショートソードを握ったまま地面に落ちた。
リルミアの居合い抜きで放たれた刃がすれ違った一瞬で斬り落としたのである。
「はあっ!」
リルミアの短い気合いと共にその刀身がその背中を打つ。
数瞬の間をおいてゆっくりと男が倒れた。
「すげえ…一瞬で倒しやがった…」
「死んだのか………?」
野次馬のどよめきが聞こえてくる。
「死んでませんよ、最後のは峰打ちだから気絶しているだけです」
リルミアは植物の精霊魔法で男を頑丈な蔓で縛り上げると駆けつけてきたハルサクラの街の警備兵に引き渡した。
スミレの両親である旅館の夫婦に感謝されたリルミアは「客」から家賃と食費無償の「下宿の住人兼用心棒」となった。
それからは特にトラブルもなくマイアと冒険者ギルドに行っては依頼をこなす日々が続いたが3ヶ月程たったある日、リルミアの元に冒険者ギルドからの呼び出し要請が届いたのである。
久し振りの更新になりました
またぼちぼち書き続けて行こうと思います