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#11 「ハルサクラ」入港

 #11「ハルサクラ」入港


 その後イディナロークは何事もなく列島州と大陸の間に広がる海を越えると無事に大陸へと到達した。


「間もなくハルサクラ湾に着水します艦長」

「大きな波を立てないようにね、前進微速、艦首上げ角5、カナードを折り畳め!フィンスタビライザーはビルジキールモードに移行!フライトリアクターは着水後に停止」

「前進微速、艦首上げ角5」

「カナード折りたたみます、フィンスタビライザーはビルジキールモードに移行、フライトリアクターは着水後に停止」


 機関長と操舵手が復唱しエンジンテレグラフと操縦桿をゆっくりと動かす。

 重い音をたててカナード翼と下部のフィンスタビライザーが折り畳まれる。

 艦尾が海面に触れた。

 程なくしてイディナロークはハルサクラ湾にゆっくりと着水した。


 「亡霊」の討伐部位である頭部と角、牙を飛行甲板にワイヤーで固定した空中航空巡洋艦イディナロークは巡視艇や消防艇の盛大な放水の歓迎を受けた。

 艦の周囲に放水によってできた虹に艦体が囲まれる。


「うわあ…綺麗」

「それだけの働きをあたし達がしたって事よ、充分誇っていいわ」

「何しろ「亡霊」のせいで列島州から大陸への物流が完全に止まっていましたからね……商いの再開を待っていた商人ギルドからの報酬も期待できますよ艦長」

「そう願いたいわね、みんな入港後の準備はしっかりね」

「昶、ミスティックシャドウⅣとシュツルムカノーネ及びその他の艦載機は全て準備できました」

「うん、じゃあ艦載機は全部港での一般公開が終わったら予定通り一足先にハルサクラ基地に戻ってて、どうせ暫くこの船はドック入り確定だからね」

「わかりました昶……あ、見えて来ましたね」

「あのピンク色は何です?」


 リルミアが遠くに見えるピンク色の山を指差しながら亜耶に聞いた。


「桜ですよ、ソメイヨシノによく似た品種の桜の花が満開になっているんです」

「桜の花なんて久しぶりに見ます……でもまさか異世界で見られるなんて」

「ふふっ、上陸したらもっと驚きますよリルミアさん」

「?」


 リルミアは首を傾げた。




 無事に入港したイディナロークの艦内は積んできた荷物を下ろしたり補給物資の積み込みをしたりで活況を呈していた。

 リルミアはその中、艦から降りる準備をしていると昶と亜耶に艦橋へ呼び出された。


「あの…何でしょうか?」

「実はね、リルミアに渡す物があるのよ」

「この前言っていた報酬ですか?」

「違うわよ、それはまだ討伐部位を冒険者ギルドに引き渡していないから多分明日あたりになるかな」

「え?じゃあ何を?」

「これよ、受け取って欲しいの……亜耶お願い」

「え……それって…」

「はい、貴女が欲しがっていた日本刀です、正確には軍刀ですがモノの良さは保証しますよ」


 亜耶が刀を抜いて見せた。よく見ると刀身にはリルミアの名前が刻んであった。

 その刀身は少し黒ずんだ、明らかに通常の日本刀とは異なる質感である。


「リルミア、ちょっと魔力を流してみて」

「え?魔力を?」


 昶は頷いた。

 リルミアが魔力を刀に流すとその刃がぼうっと蒼く、淡く輝く。


「うん、問題なさそうね」

「これは……」

「使い手の魔力は若干消費しますが実質的に魔剣と同じ効果がありますよ」

「すごい……!でもいいんですか?」

「いいのよ遠慮しないで、対「亡霊」戦で助けて貰ったからね、魔力を流す事ができるミスリル銀とアダマンタイトの合金で作った軍刀よ、これはイディナローク一同からのお礼…日本刀が欲しかったんでしょ?」

「ありがとうございます、皆さん!」




 リルミアは舷側の車両搬入用ランプから埠頭に降り立った。

 自分を呼ぶ昶の声にイディナロークへと振り返る。

 すると艦上にずらっと乗組員達が整列していた。

 艦橋の脇に昶と亜耶、麻衣にリトラが白い士官用の礼装を着用して並んでいるのが見えた。


「総員、旅立つ戦友に帽振れ!!」


 昶の号令で乗組員達が一斉に帽子を持って手を降った。


「みんな……!」


 リルミアの緑色の瞳から涙がこぼれた。応えるように刀を持った手を大きく振るとリルミアはイディナロークを背にしてハルサクラの街へと歩いて行った。


「面白い娘でしたね」

「そうね…彼女の平穏無事な旅を祈る事にしようよ」

「寂しそうですね、昶」

「まあね、でも次こそはあたしの艦に正式に来て貰いたいな……ところで麻衣、冒険者ギルドと商人ギルドの担当者がそろそろ「亡霊」の討伐部位確認に来るのよね」

「はい」

「しっかり討伐報酬を貰う為にも冒険者ギルドと商人ギルドへの報告書は頼んだよ」

「わかりました艦長」

「さて、全部片付いたら乗組員のみんなには休暇を出さなきゃね」


 昶は小柄なその身体には不釣り合いな軍帽を被り直すと艦内に戻っていった。

 



 リルミアはハルサクラの町並みをキョロキョロと眺め回す。


「うわあ…なんか「古都」って感じ」


 確かに入港前に亜耶が言ったとおり驚きに値する町並みである。

 それは古都とか小江戸という言葉が似合う純和風の建物が並ぶ大正や昭和初期の日本に瓜二つであった。

 そして満開になっている桜が日本らしさを際立たせていた。


 艦内で亜耶に教えてもらった道を歩いていくと迷うことも無くハルサクラの冒険者ギルドにたどり着いた。

 古都らしい町並みの中で冒険者ギルドだけは建物のデザインがデフォルトので決まっているのか白い壁の西洋風の建物である。


 リルミアが中にはいると冒険者たちの視線が集まった。

 エルフの冒険者自体は数は少ないもののさして珍しい訳ではない。

 リルミアが視線を集めたのはエルフ故の美少女ぶりとエルフの冒険者には珍しく弓矢を持たずに武器として日本刀と銃を装備していたからだ。

 基本的に森の住人であるエルフはあまり金属製の武器を好まないのである。


 早速男性ばかりの冒険者パーティが話しかけてきた。

 武器や防具を見る限りそこそこ経験を積んでいるように見える。


「お?見ない顔だな?どうだ俺達のパーティに来ねえか?これでも俺達はさっきLv40のFランクになったんだ、色々教えてやるぞ」


 Lv40といえばかなり強い部類には入る。中堅より少し上と言っても差し支えないだろう。

 とはいえリルミアの冒険者レベルは50である。あまりこのパーティに加入したところで旨味があるようには思えなかった。


「ふうん…これから報酬受け取るんだけどそれから考えてあげる」


 適当に答えると報酬受取カウンターにリルミアは冒険者証を提出した。


「はい、リルミアさん、種族はエルフですね承りました」


 再び冒険者たちの意識がリルミアに集中した。


「え?え?ええええええええ???」

「な、何かありました?」

「あ、貴女があの巨大ドラゴンを討伐したんですか?」

「そうですけど私だけの手柄じゃないですから……」

「とんでもない!この街、いや国益を救うレベルの働きなんですよ!?」

「あ、あのわかったからもうちょっと落ち着いて下さい」


 受付嬢のまくしたてる勢いに思わず引くリルミア。


「す、すみません、とにかく今回のですね…「天翔山脈の亡霊」、つまり大型ドラゴンの討伐達成による大量の経験値でLv65のDクラスに上がっています、それに加えて「ドラゴンスレイヤー記章」の付いた冒険者ドッグタグが贈呈されますのでどうぞ。

それと討伐報酬ですが傭兵部隊アトロポス所属の空中航空巡洋艦「イディナローク」からさっき大プラチナ貨2枚分が振り込まれましたのでこちらの確認もお願いします」

「え???そんなに???」

「はい、艦長の若桜中佐から「リルミアの精霊魔法による攻撃がなければ討伐成功はあり得なかったから分け前は多めにして下さい」とさっき連絡がありましたのでこれでいいんですよ、もっと誇って下さい」


 冒険者達の間になんとも言えないどよめきが起こった。

 大プラチナ貨は1枚が500万円相当だから1000万円の報酬である。

 国益に関わる輸送経路である天翔回廊航路を再び使用可能にしたのだから充分といえる金額であった。

 報酬を確認するとその一部をストレージボックスに収納して残りは冒険者ギルドの銀行部門に預ける。

 どこの冒険者ギルドでも預金を下ろせる。だから当分は生活費には困らない。


「それとですね、リルミアさんには商人ギルドからも報酬が出る事を若桜中佐から言付けを頼まれましたのでお伝えしますね。ただ手続きに今日いっぱいかかるそうですので明日辺りに行くのがよろしいかと思いますよ」

「わかりました、ありがとうございます」


「お兄さんたち縁があったらまたね~」


 リルミアはぽかんと口を開けたままのさっき声をかけてきた男性パーティに軽く手を振ると冒険者ギルドハルサクラ支部を後にした。




 適当に町中を観光客気分で桜を見ながら歩いていると宿、いや旅籠と言ったほうがいいような和風旅館が建ち並ぶエリアに出た。


「そこのエルフのお嬢さん、安くしとくよ!」

「ウチは新鮮な魚介類の料理が自慢だけどどうだい!」


 様々な旅館の呼び込みに声をかけられる。


(そっか、この町で魚介類って事は久しぶりにお刺身とか食べられるかも♪…それに大きなお風呂とかも♪)


 そんな事を考えながらてくてくと歩いていると10代前半くらいの子供に突然手を引っ張られた。


「をを?」

「ねえねえエルフのお姉ちゃん、ウチに泊まってよー!めっちゃ美味しいお魚の料理にふっかふかの気持ちいお布団、それに源泉かけ流しの温泉露天風呂もあるんだよー!」

「へ?な、何??」


 一瞬思わずたじろぐリルミア。

 めっちゃ明るいテンションの少女にもう一度くいっと腕を引っ張られた。

 とはいえ少女の言った旅館の内容はエルフではあるものの中身が完全な日本人のリルミアには到底無視できない魅力的な誘惑だった。


「ねえねえ来なよ損は絶対にさせないからさあ、エルフさんには貴重な体験になると思うよ~?」

「わかった、わかったから、そんなに引っ張らなくても行くって」

「へへ~、ありがとうエルフのお姉さん♪こっちこっち~」


 少女に案内された宿は2階建ての時代劇に出てきそうは古い和風旅館だった。

 

「ただいまー!お客さんだよ!エルフの美人のお姉さんだよー!」

「おー!そうかでかしたぞスミレ!美人とはよくやった!!」

「あらいらっしゃいませ!あら、刀を持ってるって事は冒険者さん?丁度お部屋の掃除が終わったところですからどうぞ」

「食事付きで一週間お願いしたいのですがいくらになりますか?」

「おう、美人エルフなら半額……ぐはっ」


 さり気なくスミレの母親らしい女性の肘が父親らしい男性の腹に食い込んだ。


「ウチは安いから素泊まりで中銀貨2枚、2食付きで中銀貨3枚だよ、いいかい?」

「はい、それでお願いします」

「そうだ、お客さんは生魚は大丈夫かい?刺し身っていって新鮮な魚料理がこの町の自慢なんだよ」

「大丈夫ですよ、こんな外見ですけど私は日本人転生者なので」

「へえ……転生者でエルフとは珍しいね、エルフの身体を貰えるなんてよほど神様に褒められる何かがあったって事だから大事に生きなよ……スミレ、さっき掃除した2階の部屋にご案内して」

「はあい」

「ありがとうございます、お世話になります…あの、露天風呂があると聞いたのですが」

「それならこの裏にあるからどうぞ、ウチのは自慢の湯だからね」




 岩風呂。

 源泉かけ流し。

 湯船のお湯に浮いているのはお盆に乗った熱燗におつまみ。

 金髪美少女エルフの頭の上に乗るのは温泉マークと桜があしらわれた模様の手ぬぐい。

 リルミアは心地よい露天風呂のお湯に浸かって完全にとろけきっていた。

 徳利からおちょこにハルサクラの酒蔵で醸造されたという地酒の熱燗をとくとくと注いできゅうっと一杯。


(ああ~、もう何もしたくない……このまま一生ダラダラと過ごしたい……)


 とくとくとく、きゅうっ、こくん。


(ああ、もう一生働きたくないでござるうううううううう………)


 駄目人間、いや駄目エルフ一歩手前であった。

 本来の、生前の玲菜の年齢ならまだ飲酒はできないが今は肉体年齢不詳の転生エルフの身体である。

 そして飲酒できる年齢に関する法律はこのラティス帝国には存在しない。


 散々ダラダラと露天風呂で過ごしたリルミアは部屋に戻ると備え付けてあった桜の花の紋様をあしらった浴衣に着替えると夕飯の用意ができたとスミレが呼びにきたので食堂へと移動した。

 一応大切な刀も左手に持って行く。


「おー………」


 リルミアは目を見張った。

 転生してから一年近くを過ごしたアクアフィールドの街では見かけることの無かった刺し身や鍋物を中心とした日本食。

 

「ああああ……生きてて、いや生き残れて本っ当に良かったあああああああ」


 刺し身の盛り合わせ。

 焼き魚。

 寄せ鍋。

 固形燃料を使う小さなコンロには味噌汁。

 もうお目にかかる事は無いだろうと半ば諦めていた和食。

 そして晩酌には清酒。

 幸せここに極まれり。

 

 気持ちのいい温泉露天風呂に美味しい食事。

 久々に気分良くのんびり過ごせるなと思いながらリルミアはこの宿で夜をすごしたのであった。



もし面白かったら、作者的にすごく励みになりますので下の評価をクリックしてポイントをよろしくお願い致します。ヽ(´▽`)/!


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