曲射についての覚書――忘れていた宿題の回収
〇弓の曲射理論とは?
判り易く極端な例を挙げます。
弓で10メートル先の対象を狙うのに――
A ほぼ真っ直ぐ全力で狙い撃つ
B 全力で天へ目がけて射て、放物線を描いて命中させる
の二つの手段があるというものです。
これは漫画などでお馴染みですが……冷静に考えれば不可能と推察できます。
でも、漫画などの描写を真に受けて『弓は曲射できる』と主張される方も。
長らく作者も――
「できないはずだけど、反例も幾つかある。意外と難しいな」
と考えていました。
〇判り易く野球で考えましょう
高い運動エネルギーを持っているのはどちら?
A ピッチャー強襲ライナー
B 異常なまでに天高く上がったピッチャーフライ
念のために言っておきますが、威力があるのはAの方です。
ピッチャー強襲ライナーで人が死んだり、グラブから弾かれたりは起こりますが……ピッチャーフライの場合、そこまでの運動エネルギーは残っていません。
〇なぜか?
これは終端速度の問題です。
全ての落下物は、重力によって加速されます。
しかし、同時に逆向きの力――空気抵抗も発生させています。
そして空気抵抗は、物体の形状と速度によって決定されます。
※
重量が同じでも、空力抵抗に優れた形状の方が空気抵抗は小さい
例) 開いた傘より、閉じた傘の方が早く落下する
※
同じ物体でも、早く動く方が大きな空気抵抗を受ける
例) 歩くときは体感すらできないのに、走ると空気抵抗を確認できる
そして重力の引っ張る力と空気抵抗で逆らう力が等しくなると、それ以上の速度へ到達できません。
重力で加速すればするほど、同じだけ空気抵抗も大きくなるからです。
〇つまり?
野球の球を成層圏から落とそうが、人力で精一杯に投げ上げようが、地上へ戻ってくる速度は同じとなります。
べつの言い方をすると――
落下物は、打上げる時に使ったエネルギーを保証されていない
とも。
〇そして弓の曲射理論へ戻る
「10メートル先で遮蔽物に隠れていようと、天高く矢を撃ちあげて――放物線を描いて狙えばいいのだ」
が弓の曲射理論となります。
………………うーん?
しかし、意外なことに終端速度の説明で、この曲射理論を否定しきれません。
「いや、それだと全然運動エネルギー足りないじゃん」
と予想できるだけ。
なので作者も長らく「判断は難しいな」と思っていました。
最も確実に判定するには、矢の実物を高いところから落として実測するしかなさそうなんですよね(苦笑)
〇さらに実例
理論の実例も存在します。
それは祝砲での事故です。
通常、祝砲を撃つ場合は空砲――音だけする薬莢を使います。
しかし、馬鹿な人は実包――実際に弾が出る薬莢でやってしまうとか。
そして実包ですから弾は発射されて、それが命中してしまう運の悪い人もいます。
〇でもね
しかし、ライフルの実弾祝砲ですら、帰還時は時速300km程度とのこと(孫引きなので参考程度に)
これは撃ちだす時の1/10程度の速度です。
そう――
ライフル弾の様な空力抵抗の良さそうな物体ですら、それほど終端速度は速くない
のです!
ちなみに拳銃弾ですら、基本的に時速1000kmを超えます。
つまり、祝砲落下弾は――
確かに殺傷能力は残っているけど、銃器として考えたら信じられないぐらい弱い
といえます。
ちなみに某国では――
「結婚式で祝砲を撃ったら、それが偶々花嫁に当たっちった。てへ」
が頻繁に起こるそうですが、必ず一撃で致命傷というのは……あっ(察し)
※
ハンドガン祝砲の事故例が極端に少ない(作者は発見できず)のを考えると、拳銃弾の形状では、殺傷能力が残るほど終端速度が出ない可能性あり。
※
終端速度に到達してから減速はしないので、一様な解釈は危険。
〇そして
以前の研究で弓の速度は、時速180キロぐらいだろうと出ました。
つまり、終端速度が時速180キロを超えたり近かったら、曲射理論も成立します。
ですが、色々な抵抗を無視しても――
最低5秒の落下時間と130メートルの距離が必要です!
これは『最低でも130メートル以上の高さがないと、加速しきる前に命中してしまう』であり――
『130メートル以上の高さへ撃ち上げる必要がある』でもあります。
……いけるかな?
横方向へ100メートルも届かない弓で、上へ向けて130メートル?
ちなみに130メートルというと、ビルの約37階に相当します。
※ 参考までに
時速60km 約1.7秒 約14メートル
時速90km 約2.5秒 約30メートル
時速120k 約3.5秒 約55メートル
遠的で落下による再加速を利用して時速90kmで届かせるぐらいなら、ぎりぎり実現可能……かな?
でも、ゼロ距離射撃の半分なパワーとなります。
ようするに「重力で加速して威力が増して……」的な表現は誤解でしょう。
※
時速180キロで真上へ等速運動で撃ち上げた場合、重力で止められるまでの5秒で進む距離は300メートル。
しかし、撃ち上げた瞬間から地面へ向けて落下している距離が-130メートル。
合成すると高度170メートルへ到達。
……もしかしたら、いける!?
しかし、4秒後に平均時速140キロへ減速(約75%)するような、極めて小さい空気抵抗としても――
4秒で進む距離が155メートル強。
重力によって速度ゼロとなるのに4秒。落ちる距離は80メートル。
結果、到達高度は75メートル。
75メートル落下で到達する速度は138キロ。
そして落下時も空気抵抗によって減速するので、それが約85%と考える(速度と距離が短くなる分、抵抗によるロスも小さく)たら時速約120キロとなります。
つまり、真っ直ぐ撃つ場合の2/3!
しかも、これは極めて小さい抵抗での想定。現実には、威力半減以下でしょう。
※ イメージ把握として……
野球の球は初速と終速で10%ぐらい減ります(ちなみに距離は約18メートル)
なので4秒後に75%程度は、ほぼ無いに等しいレベル
〇さらに
終端速度の天井があります。
……弓で近的に曲射して有効射撃?
ちょっと無理じゃないかなぁ?
難易度に見合った成果が見込めないし。
昇るときに減速、到達距離が稼げなくてパワーロス、落下するときに減速と……実質的に空気抵抗が3~4倍なので、成立は至難といえます。
(なので珍しく空気抵抗へ言及している)
〇その上
以前の研究で判明した『弓での狙撃は難しい』が再びです。
上昇に4秒、落下に4秒とします。
つまり、撃った瞬間から到着までに8秒かかることに!
それは――
遮蔽物の陰にある標的を正確に狙い、8秒後の位置を未来予測する
が、できないと当たらないとなります。
そもそも弓は狙撃に向きません。
なぜなら到達するまでの時間が長すぎるから。
現在のスナイパーライフルが馬鹿みたいに高出力なのは、全て弾速を稼ぐためです。
風の影響だろうと、ターゲットの移動だろうと……弾着までの時間が短ければ短いほど少なくできますから。
〇まあ、現実には行われませんが
さらに弓による曲射――自由落下を利用した攻撃が可能であれば、それは銃器にも可能です。
できない理由が何一つとしてありません。
(まあ実現しちゃうと、榴弾系統の砲撃兵器となりますが)
なぜか曲射が可能で、それも弓だけの専売特許で……となっていたら、それはフィクションに騙され過ぎです。
いや、漫画のヒーローが不可思議な技を使うのは良いのですが、それを現実と言い張るのは無理があります。
ヒーローたちは現実に不可能な技を使うからカッコいい訳ですし。
そしてヒーローにやらせるとしても、苦肉の策かフェイント止まりで……必殺技にはしない方が吉?
〇総論
弓だろうが銃だろうが、使用者側の都合で射線を変更はできません。
なぜなら大きくパワーロスしてしまうからです。
特に弓はパワーソースが小さく、融通も利かせられないので、無駄にする余力はありません。
ようするに――
『a地点を狙う方法は最初から一つしかない』
のです。
また自由落下頼りの攻撃は、それほど強くありません(作者推定で威力半減です)
遠的で仕方なしに実施はされたと思われますが、発射時のエネルギーを可能な限り叩き付ける方法には負けます。
なぜなら重力による加速は非効率だし、すぐに天井へ到達してしまうからです。
〇結論
弓の曲射は極端に不利。
なぜなら――
1 上昇時と落下時の両方で空気抵抗を受けるので、通常の倍となる
2 空気抵抗で減速する分だけ、重力での停止も早くなる
3 早く停止する分だけ、高度――位置エネルギーも獲得できない
4 落下時間が短い分、速度が乗らない(加速運動であるため)
5 その上、飛翔体の形状に依存する天井――終端速度もある
から。