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この気持ちに名前をつけるなら

作者: 新條璃兎

幼い頃から中性的でどちらかわからないとよく言われた。


別段それで困ったことはなかったし、僕自身この容姿も声も気に入っていた。



「×××って結局どっちなん?」



男友達からそう聞かれた。


そのたびに僕は決まってこう答えたのだ。



「キミはどっちに見える?」







__________。







大学に上がった頃、友人の付き合いで合コンに行った。


そこで一人の女性に告白された。


断る理由もないからなされるがまま付き合い始めた。


ただし、セックスはしないことを条件に。



「×××くん、お待たせ」


「ん、大丈夫だよ。僕もさっき来たばかりだから」



何度目かわからない彼女とのデート。


今日はショッピングがしたいらしい。


彼女の行きたいところに手を引かれるままついていく。


大学生にしては背伸びしたブランドの店。


半年に一度は自分へのご褒美としてここで服を何着か買うんだそうだ。



美希(みき)ちゃんならこっちの色のが似合いそう」


「そう? ×××くんが言うんならそうしようかな」


「試着してみなよ。僕も見てみたい」



相手が欲しいであろう言葉を口にして、相手がして欲しいであろう対応をする。


それは中学の頃に身に付けたものだ。



試着室に向かった彼女。


ふう、と小さく息を吐く。



「お二人、お似合いのカップルですね」


「ありがとうございます」



店員にそう言われ、笑顔で答える。


ほどなくして彼女が試着室のカーテンを開ける。


普段は着ないような色のワンピース。


可もなく不可もなく、他よりは映えて見えるだけの彼女に「似合ってるよ」と(うそぶ)く。


そして彼女はなんのためらいもなくそのワンピースを買った。


値段は………この際省略しよう。


これも、可もなく不可もない金額だからだ。



それから僕たちは落ち着いた雰囲気のカフェで昼食をとった。


いかにも女の子が喜びそうな店。


料理もオシャレなさらに盛られて出てきた。



「あれ、(おと)?」


「……(あきら)?」



懐かしい幼なじみがそこに立っていた。



「久しぶりだな。見ないうちに………かっこよくなったな」


「晃は変わらないね」


「やかましい。その子は……」


「僕の彼女。かわいいでしょ」


「もうっ、×××くんったら」



晃が呼んだときは鮮明に聞こえた自分の名前。


それなのに、他の人が呼ぶとなぜかノイズが入ったように聞こえなくなる。


なぜなのかは僕自身もわからない。


誰かにこれを打ち明けたこともない。



「じゃ、また時間あるときゆっくり話そう」


「ん、またね」



晃が去った後、僕らは運ばれた料理を口にしながら雑談を交わす。



「晃くんと×××くんってどういう関係なの?」


「幼なじみだよ。家が隣だったんだ。引っ越してから滅多に話さなくなったけどね」


「そうだったんだぁ。晃くん、かっこいいね」


「なぁに、恋人の前で堂々と浮気発言?」


「ちがうよー。一番は×××くんに決まってるじゃん!」



なんていかにも恋人らしいやりとりをする。


彼女は嫉妬深いほうが好きらしい。ここ数ヶ月で知ったことだ。


僕にとっては、正直どうだってよかった。


少ししてきれいに食べ終わった皿を眺める。


晃が触れていた皿。


他にもあるんだ、あいつが触ったものが。


そう考えると、なんとも言えない気持ちになった。



「………×××くん?」


「……ああ、ごめん。行こうか」


「うんっ」



伝票を持ってレジに行くと示し合わせたかのように晃がいた。



「おいしかった?」


「うん。それなりに」


「相変わらず辛口」



屈託なく笑う晃を見て胸がきゅうっとした。


ついでと言うようにメモ用紙を渡す。



「これは?」


「仕事終わりにでも見て。はい、ちょうど。レシートはいらないから。ごちそうさま」



早口にそういって彼女の手を引いて店を出た。


ちなみにあのメモ用紙にはいま借りてるマンションの住所が書いてある。


勝手に手渡して気恥ずかしくなっているなんて知られたくない。


だけどあいつは察しがいいからきっと気づいているんだろう。


その日はなかなか寝付けなかった。



次の日の朝、スマホに通知がきていた。


彼女からのおはようのメッセージと、晃からだ。



「ッ……」



どくん、と心臓が跳ねた。


恐る恐る見てみる。



『昨日は店に来てくれてありがとう。帰り際にもらったメモに書かれてたのって引っ越し先の住所かな。

家からそんな遠くないし、せっかくだから明日行くよ。昼過ぎになると思う。また近くまで来たら連絡するよ』



「は…うそ……」



メッセージの日付は昨日。


昨日付の明日とは、つまり今日のことだ。


慌てて時間を確認する。


午前9時48分、もう10時前だ。


昼過ぎ、少なくとも正午まではあと2時間と少ししかない。


僕は急いでシャワーを浴びて身支度を調える。


それから部屋の片付け。少しでも綺麗にしておかないと。


昼は食べてくるのだろうか。でも作っている時間はない。


どうしようかと悩んでいるとスマホから通知音。


びくりと肩が震える。


確認するとやはり晃からだった。



『大きいマンションの前まで来たけど、ここで合ってる?』



そわそわしている身体とは裏腹に指が驚くほどスムーズにキーボードをタップしていた。



『うん、そう。1204号室。中のインターホン鳴らしてくれたらオートロック外すから入ってきて』



送って画面を暗くしてから少しして部屋のインターホンが鳴る。



「……はい」


「響、来たよ」


「うん、すぐあける」



ロック解除のボタンを押す。


暫くしたら晃が来る。


言い知れない感情が胸の奥から込み上げてくる。


ただ幼なじみに会うだけのはずなのに。


コンコンと扉をノックされる音がやけに響いた。


この部屋を訪れる者など一人しかいない。


ゆっくりと玄関に行き、これまたゆっくりと扉を開く。


そこにはよく見慣れた……だけど少し年をとって大人びた幼なじみが立っていた。







「広いな」


「最上階だからね」


「でも、あれ? 引っ越し先って確か安アパートじゃなかったっけ」


「うん。理由は、あれ」



奥の部屋を指さす。


そこには一つの仏壇と二つの写真。



「去年、交通事故で。僕だけ奇跡的に助かったんだ」


「あ………そうだったのか…」


「んで。保険金がおりたからこっちに越してきた。大学も近いし」


「そうか……響」


「な、」



に、とまでは言えなかった。


気がつけば僕は晃の腕の中にいた。


抱きしめられたのだ、彼に。



「あっ……あきらっ…!?」


「辛かったろ。無理して笑わなくて良い」


「……あき、ら…」


「響、俺がいるから。いつでも頼ってくれていいから」



ああ、なんともどうしたら。


この胸の高鳴りが収まるのか。


こんなこと、思ってはいけないのに。



「あきら…あのね…」


「ん…?」


「………僕の…」



ぼくのものに、なってくれますか。



僕はおよそ人とは思えない早さで口に薬を含み、晃に口づけた。



「ん…ッ!?」



舌を絡ませて、口の中の錠剤を晃に移す。


ほんのり苦い味が広がって、晃の喉が鳴ったことを確認して離れた。



「お、と…なにを……っ」


「晃が、僕のものになってくれたら、僕はそれで十分なんだ」



ああ、そうか。やっとわかった。


これが”恋”ってやつなんだ。


僕は、晃が好きなんだ。



「あきら、あきら…すき、だいすき。あいしてる」



子供みたいに愛の言葉をささやく。


晃の耳には届いていないけれど。


睡眠薬を飲んで眠った彼を自室に運ぶ。


重たくて大変だったけど、そんなこと気にならないくらい興奮していた。


足枷をつけて、逃げられないように別のところに繋ぐ。


これからずっと一緒。ずっとずっと、ずうっと。


彼が目を覚ますまでベッドに寝かせておく。


それから彼女に連絡を入れた。



『キミのことは最初からそこまで好きじゃなかった。ほんとうに好きな人ができたから、別れよう』



それだけ送って彼女の連絡先を削除する。


彼女はこの家の場所をしらないし学校も別だ、会う機会はほとんどなくなるだろう。


それでもいい、あんな女、本当はどうでもよかった。


今の僕には晃がいる、それだけで、しあわせなんだ。



「ふふっ……これから永遠にいっしょ…。もう二度と離さないよ、晃…」

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