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本の箱庭  作者: 白藤結
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人が死にます。閲覧注意してください。

 働き始めて二週間が経ちました。主に掃除、たまに本の手入れをして働いています。

 本の手入れは簡単です。たまに日焼けしすぎた本の側面を細かい専用のやすりで擦ったり、軽く濡らした布で表面を拭くだけです。ただし布は濡らしすぎても濡らさなすぎてもいけないのでまだやらせてもらってませんが。ちなみにこの作業は昨年まで我が家にあった本でやったことがあったので慣れたものです。

 ここの職員さんたちはみんな本が好きで、貴族ですが平民の私にも親しくしてくれます。どうやら私がここに通わなくなったときも気にしてくれていたらしく、私はとても嬉しくなりました。

 さすがに王宮から宿までは遠いので、いつも父様が迎えに来てくれます。王宮の給料はたとえ清掃員でもそこそこ高いので、いずれ利子付きでトルフィーラ伯爵から借りたお金を返したら近くに家を買いたいものですね。いつになるのか分かりませんが。

 やはりと言うべきか、トルフィーラ伯爵の利子はとても高いです。けれど王宮勤め(清掃員だけど)になったのだから、きっと半年以内には返せるはずです。さすがにもっと利子を増やされたら終わりですが。

 ああだけど、その分彼がマルケン準男爵の借金を増やさせて私たちを貶めた、という疑いはなくなりましたね。あんなに分かりやすい人が黒幕なわけありません。黒幕と関わりがあるとしても、彼も利用された口でしょうし。


「すみません」


 あら珍しい。そう思いながら、私は声をかけた人物のいる右側を見る。父と同じくらいの年齢でしょうか?整った顔立ちで、まさに大人の男性!と感じる御方が私を見てました。


「私でしょうか?」


「ああ、そうだ、君だ。申し訳ないが、探してる本がある場所まで案内をしてくれないだろうか?」


 彼は自然にそう訊きますが、それはおかしいことです。私の服は清掃員のそれです。しかも掃除道具も持ってます。何故そんな私に訊くのでしょう?


「ここら辺には司書の方はいないようだから。それに、君は本が好きでここの清掃員になったのだろう?以前本に関する話を司書の方としてるのを聞いたから」


 確かにそうでした。今日は司書さま方はほぼ総出で新しく入った本を分別していて、いるのは受付の方と巡回の方の二人だけです。見つからないのも仕方のないことでしょう。


「分かりました。できる限り案内しましょう。お探しのほんを教えてください」


 幸いにも、彼の探してる本は私の読んだことある、もしくはチラッと見たことのある本ばかりでした。けれどもジャンルがバラバラで、場所も離れています。

 この静謐な空間を壊さないよう、何も話をせずに進みます。もう遅いと思いますが、まあ先ほどの会話は必要だから仕方がないでしょう。そういうことにします。

 彼の求める本を全て集め終え、私は最後の一冊を手渡します。


「これで最後です」


「ああ、ありがとう」


「いえ、役に立ったのなら何よりです」


 では、と言って私は仕事に戻ります。それにしても羨ましいです。司書さまたちはこんなに楽しい仕事ができるなんて。

 探している本を探す手伝いをするのは、新たな本との出会いを促します。「この本面白そうだけど、本当に面白いのかな?」と思った本も、借りてる人を見ると借りる気が溢れます。

 まあ私は平民なので借りれませんが。

 こう言ってはなんですが、貴族に戻りたいですね。新しい生活はすぐに慣れてしまいますが、書物は多くあり、新たな知識に飢えることはありませんから。


 そしてその日以来、私の元にかの男性が本の場所を聞きに来ることが多くありました。具体的に聞かれることもあれば、こういう情報が載ってる本、と漠然とした形で聞かれることもあります。

 それでも私のすることは変わりません。知らない本や情報を探してる場合、内容を推測して近くの本棚まで案内します。そして一緒にこれはどうかと探すのです。

 こんなこともありました。


「この本を読むなら、こちらも読んだ方が分かりやすいですよ。というよりこちらの本を読んだことを前提に書かれているので。それで売り上げを伸ばそうという魂胆なのでしょうね」


「そうか、ありがとう」


 そう言って彼は本を受け取ります。その際に少しだけ当たった指先が熱を持ち、心臓がバクバクしました。とても幸福な時間でした。

 けれどその分仕事が疎かになるのは当然の結果です。そしてとうとう司書長さまから怒られました。


「本を探す手伝いをするのは構いませんし、むしろ有難いですが、本職を疎かにしてはいけません。せめて目に見えるところの掃除は終わらせてからにしなさい。終わらないようでしたら、近くの司書を捕まえなさい」


「……申し訳ありません」


 確かに軽率だったと思います。私は仕事をするために来ているのであって、それに対し正当な報酬を頂いています。その仕事をしてないのなら、報酬を受け取る権利も、ましてやここで働く価値もないのです。

 司書長さまも反省してることが分かったのか、その後はため息をつくだけで留めてくださいました。

 そしてその翌日、かの御仁が現れました。


「あの……」


「申し訳ありません。仕事がまだ残っておりますので。司書さまを呼びましょうか?」


 私は目を伏せて答えます。申し訳ないですが、私はここに働きに来ているのです。

 小さく、けれど鋭く息を吸う音が聞こえました。彼はしばらく黙っていましたが、やがて離れていきました。

 そろそろかな、と思って顔を上げると、既に周りには誰もいませんでした。少しだけ──いやかなり寂しいですが、これは仕方のないことなのです。

 ズキズキと痛む胸から目を背けます。本来交わることのなかった道だ、と無理矢理納得させます。



「貴女のしたことは正しいよ」


 帰る間際に、懇意にしている司書のアーシェラさまからそう言われました。アーシェラさまは男爵令嬢ですが、平民とさほど変わらない生活をしていたらしく、今の私にとってはとても親しみやすい方です。


「知ってる?夜会でここ最近貴女のこと話題になっていたのよ」


 その言葉に驚きます。話の流れからして、きっと原因はあの御方。果たしてあの御方は誰なのでしょう?


「貴女は知らないだろうけど、あの人は宰相補佐のオスカー・ルンペリア様。ルンペリア侯爵家の当主様よ。宰相補佐は実質的な宰相補佐と、若手育成用の宰相補佐があるでしょう?彼はその実質的な宰相補佐よ。しかも奥様は一人息子を産んでお亡くなりになってるわ。後妻を迎えろ、と言われても奥様一筋で、結局男手一つで息子を育て上げた御方よ。その方が成人済みの女性と親しいと知ったら誰でも話題にするわ」


 知らないことだらけでした。まさかそんなに偉い御方だとは思わず、今日の行動は失礼だったのかと思います。それに、


「…そんな、あの御方が私をその……有り得ません」


「分からないわよ。私たちはあの方ではないのだから」


 確かにそれはそうです。私たちは一人の人間で、決して別の人物になることはできません。他人の全てを共有するなど不可能です。


「……とにかく、もう関わらないことよ。ここ最近、人が多かったでしょう?全員貴女を見に来てたのよ。もしかしたら、あの方に娘を宛がおうとしている人物が貴女を排除するかもしれなかったのだから」


 そう考えると恐ろしいことです。勘違いで殺されるなど、考えただけで虚しいです。

 胸は針が刺さったような痛みを発し続けますが、私にはそれをどうすることもできません。こんな痛みは初めてです。乳腺病かな、とも巫山戯て考えますが、痛みはなくなりません。


「……まだ傷が浅くて良かったのよ」


 頭をポン、と優しく叩かれました。確かにそう思うしかありません。けれど、そう考えたところで、痛みが消え去ることはありませんでした。






 それから四ヶ月経ちました。無事にトルフィーラ伯爵から借りたお金は利子付きで返すことができました。トルフィーラ伯爵はお金が手に入ったことによりホクホク顔でした。そして最後に爆弾を落としていきました。


「ルンペリア侯爵家に取り入ろうとしたんだって?君みたいな平民は頭もどこかおかしいんだね。そんなことできるわけないのに」


 トルフィーラ伯爵は私を嘲笑います。どうやら彼の耳にも私の噂は届いていたようですが、とても歪められたものらしいです。私は取り入ろうとなどしてませんし、むしろ近づいてきたのはあの御方からです。

 それにしても、まだその噂はあったのですか。それともトルフィーラ伯爵が覚え続けていただけか。


「体も売ったとか?そこまでしてお金欲しいんだ」


「申し訳ありませんが」


 流石に我慢できませんでした。体を売る?静謐な図書館でそんなことできるわけありません。そんなことも分からないのでしょうか。それとも王宮の外でも会ったと考えられているのか。全くもって不愉快です。


「そんな事実はございません。お金も返したことですし、失礼します」


「体売ってくれるのなら、私もお金あげたんだけどね」


 去り際にトルフィーラ伯爵が言いました。まだそんな世迷言を言いますか。きっとトルフィーラ伯爵は私が何を言っても信じてくれないことでしょう。

 これは、悪意を持って噂を歪めて広めた方が居られるのかもしれませんね。もしかしたらルンペリア侯爵が侯爵家の名誉を守るためにでしょうか。それとも彼の一人息子、または親戚。私は何もしてませんのに。

 苦いです。苦くて辛くて、吐き出せたらどれだけいいでしょう。けれど吐き出すことのできる相手は一人だけ。しかも会うことはありません。

 早足で宿に帰ります。


「あらおかえりなさい。お金は返せた?」


「うん、大丈夫」


 母様は逞しくなりました。貴族夫人でいた頃に比べ、肌の色も小麦色になり、この宿で料理を手伝うことで稼いでいます。


「そう、良かった」


 本当にホッとしているようでした。胸に手を当て、息を吐きます。


「うん、トルフィーラ伯爵は考えが浅いですからね。少し利益が出ただけで満足しました」


 私が肩を竦めて言うと、母様は笑いました。私はここ最近、トルフィーラ伯爵から借りたお金のことを常に心配していた母様が笑ったことにより、ホッとしました。






 それから一ヶ月ほど経ちました。今日も今日とて帰ろうとしました。ええ、しましたです。何故か父様が迎えに来ないのです。


「帰らないの?」


 帰ろうとしていたアーシェラさまに訊かれます。アーシェラさまはちゃんとした貴族令嬢なので、送り迎えは馬車らしく、馬車止めまで行く途中のようでした。


「父様が……」


 それだけで伝わったようでした。ああ、と言って間もなく完全に沈む夕日を見ます。


「お父さん、来ないのね。けれどもうすぐ日が沈むし……。門衛に、伝言を頼みましょう。馬車で近くまで送ってあげるわ」


 頼もしいことです。私はすぐに門衛さんに伝言を頼み、アーシェラさまの馬車に乗せていただきました。

 久しぶりに乗る馬車はすぐにお尻が痛くなりました。そうでした。こんなに揺れるのですよね。一年半ほど乗ってないので完全に忘れてました。

 お尻の痛みをたまに動かすことで解消しながら、私はアーシェラさまと話します。


 やがて宿の近くまで来ました。これ以上先は馬車では通れないくらい狭い道なので、ここで降ろしていただきます。

 アーシェラさまと別れの挨拶をし、馬車が見えなくなるまで見送ってから、宿へと足を向けます。既に日は沈み、何処も彼処も夜の雰囲気です。

 露出度の高い服装をした女性たちや酔っ払った男性たちを尻目に、私は宿へと着きました。ここまで来ると夜の雰囲気もなく、ただただ闇が広がってます。

 宿の中は真っ暗です。これは営業していないのではなく、店主さんによるランプの油代削減のためです。ケチかもしれませんが、おかげで安く泊まれているので直接文句は言いません。さすがに心の中で思うくらいは許して欲しいですね。

 私はいつも通りそのまま部屋に向かおうとしました。


「お嬢さん」


 しわがれた声に、私は一瞬不審者かと思いましたが、聞き覚えのあることに気づきます。それは店主さんの声でした。部屋を借りた際に聞いただけなので、かれこれ一年半ほど経ってますね。今日は懐かしいことばかりです。


「何でしょうか、店主さん?」


 店主さんは無言で手紙を出しました。市井でたまに使われる安い紙です。たまにしか使われないのは、紙自体が比較的高価ということもありますが、識字率が低いことにも所以してます。

 はてさて、誰からでしょう?そう思って手に取ると、父様と母様の名前が書かれていました。嫌な予感がします。

 いつの間にか店主さんはいません。あの人は人付き合いが嫌いなので、すぐに去ったのでしょう。私は手紙を手に、部屋へと戻りました。


 部屋に入り、愕然としました。やはりと言うべきか、父様と母様は居らず、荷物もありません。私はふらふらとボロボロのベッドに座り、手紙を急いで開けます。


『エレイナへ

 きっと君は部屋に戻って驚いているだろうね。まずは謝るよ。ごめん。勝手なことをしている自覚は父様にもある。それでも、これが君のためだと思うから、私たちはこういう行動をさせていただくよ。

 エレイナ。君はたとえ清掃員でも、立派な王宮勤めだ。稼ぎはやっと雇用契約を結べた私よりも断然高い。僕と母様は君のお金で暮らしているようなものだ。

 だからこそ、申し訳ないんだ。私たちがいなければ、君はこの宿を離れて、もっと良い部屋を借りることができるんだろうね。そう思うと悔しいよ。だから母様と相談して、君と離れて暮らすと決めたんだ。実はかなり良い給金で雇ってくれるところが見つかったんだ。けれどそれは地方の仕事でね。とある飲食店なんだけど、地方の村に出店するから、文字を書けたり計算ができる人を探していたらしいよ。

 本当にごめん。けれど、私たちは後悔はないよ。

 王都で幸せに。

 ────君を愛する父様より



 エレイナへ

 父様が長く書いたから、私は簡潔にさせていただくね。

 事情は父様の書いた通りよ。私たちは私たちで、王都を離れて幸せを見つけるわ。家事だってもう御手(おて)の物だし、心配はいらないわ。

 だから、貴女は貴女だけの幸せを見つけて。

 愛してるわ。

 ────母様より』


 ポタ、ポタと手紙にシミができます。いけません。この紙は脆いのです。

 私は手紙を封筒に戻し、机の上に置きます。涙が止まりません。痛いです。ズキズキします。

 何でこんなことになったのでしょう。私はただ、家族三人で暮らせれば、それで良かったのです。お金のことだって、父様と母様があまり稼げてないことは意識したことありませんでした。ただ私は、穏やかに暮らせればそれで良かったのです。

 父様と母様は後悔がないようですが、私は後悔ばかりです。私が王宮勤めになったから、二人は負い目を感じてしまったのでしょうか。そんな風になると分かっていたのなら、私はいくらでも我慢しました。どれほど新しい知識に飢えようと、頑張って耐えました。せめて相談してくれれば、とも思います。けれど、これはもう過ぎてしまったことなのです。


「とっ……さまっ、…あっ、さまっ!」


 久しぶりに泣きました。

 父様、母様。私はこれから、何のために働けば──生きていけば良いのでしょうか。






 その後の生活はボロボロでした。朝は寝過ごし、遅く出勤したものの仕事は手につきません。そして夜は父様と母様がいないことを実感して泣く。それがずっと続きました。司書さま方や、果てや見知らぬ利用者の方にも心配され、情けないことです。

 一度、アーシェラさまに何があったのか聞かれましたが、私は答えませんでした。まだ上手く事態を飲み込めてないのです。父様と母様はきっと戻って来る。そんな風に考えてしまいます。


 そんな日々がしばらく続いた頃、王宮図書館に兵士の方々がやって来ました。一人の兵士さまが私に言います。


「エレイナ・カールレンだな。来てもらおう」


 腕を強引に掴まれ、私はふらふらと連れていかれます。いったい何があったのでしょう。


「待ってください!」


 アーシェラさまだ。アーシェラさまが、兵士の方々の前に立ちます。


「彼女がいったい何をしたと!?」


「カールレン元子爵夫妻の殺害だ」


 え、と声が出ました。どういうことでしょう。父様と母様が死んだ?

 アーシェラさまも驚きに目を見開いています。


「証拠は……」


「実行犯を捕まえたところ、こいつの名前が出てきた。それに動機もある」


 どうき、とアーシェラさまの口が動きます。兵士の方が頷きました。


「そうだ。こいつは王宮勤めで稼いでいるが、両親はほとんど稼いでいない。そんな両親にイラついて殺すことも有り得るだろう?こいつにとって両親は穀潰しだったのだから。それにトルフィーラ伯爵曰く、こいつはお金を借りて、未だ返していないらしい。そこから、こいつがどれだけ金稼ぎが好きか分かる。それに、訃報を聞いても泣かないのは、知っていたからではないか?」


 いったい何が起こっているのでしょう。泣かないのは仕方ないじゃないですか。もう、涙は残ってませんから。

 私が何も分からないまま、この劇は進んでいきます。


「以上だ。意義があるなら証拠をちゃんとした手続きを踏んで提出しろ」


 フン、と鼻を鳴らして、兵士たちはゾロゾロと歩き始めます。アーシェラを蹴っていく人物も居ました。私は何が何だか分からないまま、ただ連れていかれます。

 その時視界に入った顔には気付かないふりをしました。

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