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第27話 魔法使いになれなかった賢者のラストシューティング

「よ~し、じゃあもう一軒いくわよ~」


 上気した顔で彼女が気勢を上げる。


「少し飲みすぎじゃないか? 今日はもうこれで帰ろう」


 すると彼女はクルリと振り返って僕を睨んだ。


「ちょっと、何言ってんのよあんた。テンションさがるわねー。医学部も看護学部も普段は課題やら何やらで忙しいんだから、今日くらいいいでしょ」


「でも二人とも晴れて酒が飲める年になったからって、いきなり飲みすぎは良くないだろ。医師や看護師を目指す人間として少しはその辺にも気をつかうべきじゃ…」


「あーもううるさいうるさい。そんな正論、聞きたくないわ。あんたは普段からマジメすぎんのよ」


「いやだって、医者になるためには仕方ないだろ」


「だとしてもよ。いつもは私が休日に遊びに誘っても、なんだかんだと理由を付けて断ってばかりじゃない。今日は久々のデートなんだから、こんなんじゃ帰さないわよ!」


 僕はハーとため息を付いた。


「だから今日は、もう十分付き合っただろ。1日歩き回って体も疲れたし、これ以上飲むと酔いつぶれかねない」


 映画にショッピングに海浜公園の散策など、普段部屋から出ない僕にはかなり目まぐるしかった。


「せめて飲み屋以外のところで一休みしないか?」


 僕が次善の策としてそう提案すると、突然彼女がニヤニヤとしだした。


「へ~、そうなんだ。つまりあんたは、御休憩がしたいってわけね。それならそうと、ハッキリ言ってくれればいいのに~」


 彼女の意味ありげな視線を追った僕は、そこでブッと噴き出した。


「ち、違う! 僕はそういう意味で言ったんじゃない!」


 そこにはビジネスホテルとは少々趣の異なる、派手なデザインのホテルが立ち並ぶ路地があった。


「いいのよ、誤魔化さなくても。そうよね、あんたも男の子だもんね。むしろ今までよく我慢した方じゃないかしら」


 勝手に納得しながら僕の手を取ろうとする彼女に僕はたまらず叫んだ。


「や、やめてくれ! そんなことをしたら汚れてしまうじゃないか!」


 彼女の手がピタリと止まる。


「汚れるって……何?」


 思わず本音を口走ってしまったことに気付いた僕は、彼女の質問に答えることができない。


「本当は私みたいな女に、れられるのは嫌だってこと? だから今まで、私のことをなるべく避けてたってわけなの?」


 違う、そうじゃない。罪にまみれた僕によって、『君が』汚れてしまうのが怖いんだ。

 これ以上踏み込んでしまうと、彼女は僕という暗闇からますます抜け出せなくなってしまう。僕はもう、これ以上の犠牲者を自分の手で生み出したくはなかった。


「私、ビッチじゃないって言ったよね? それ、信じてくれてなかったんだ」


 だから、そういうことじゃないんだ。


「デートはいつも私から誘わないといけないし、あんたの方から手を握ってくれることもなかった。

 昔のことがあるから、あんたが積極的になれないのも仕方ないって、そう思ってたけど。本当は心の中で私のことを、ずっと嫌い続けてたってわけね」


 彼女が悄然しょうぜんとうなだれる。


「私、バカみたいよね……。あんたのことを守ってあげられるのは自分だけだって、そううぬぼれてたのに。当の相手には実はずっと嫌がられてただなんて、そんなのピエロもいいとこじゃない」


 ぽたぽたとしずくが地面に落ちた。


「ご、ごめんさい、気付かなくて。わ、私別に、あんたのことを、困らせたかったわけじゃないのよ。私はあんたに返しきれない恩があるし、は、初恋の人だから……。とにかく励ましたくて、一緒にいたかっただけなの」


 スンと鼻をすする音が聞こえてくる。


「でもあんたがやっぱり困ってるなら、もう連絡……しない。あんたにこれ以上避けられたり、嫌われたくないもの」


 彼女はゴシゴシと袖でぬぐうと顔を上げて笑った。 


「そ、そうよね。私に秘密を知られてるあんたが、素直に嫌だって言えるわけないものね。や、やあね。私ったらあんたの本音にずっと気付かずに彼女面してただなんて。ほんと恥ずかしい。あー、なんだか顔が熱くなってきちゃった。

 そうだ、私はどこかこの辺で適当に飲みなおすからここで別れましょ。たぶんもう、二度と付きまとうことはないと思うから。だから、だから安心して……ね」


 そう言ってトボトボと去っていこうとする彼女の腕を、僕はとっさにつかんでいた。


「な、何!? もういいでしょ。これ以上私をみじめにしないでよ!」


 振り向いた彼女は、やっぱり泣いていた。

 ここでこのまま別れた方が彼女を解放することに繋がると分かっていながら、僕はそうすることができなかった。

 どん底にいた僕を優しく支えてくれた彼女の3年間を、こんな形で踏みにじることなど僕にはとてもできない。

 いや単に、僕が彼女と別れたくないだけなのかもしれない。


「僕は君に、感謝している。それは……、本当だ」


 好きだと言えない僕には、それが精一杯だった。


「…………ウソ」


「ウソじゃない」


「ウソよ。私を傷付けないように、あんたはウソを付いてるだけなのよ!」


「違う。本当に、感謝している」


 彼女がフッと笑った。


「どうせ私のことは嫌ってても、一応感謝はしてるってそういうことなんでしょ?」


 完全にやさぐれていた。もはや何を言っても、彼女の心に僕の言葉は届きそうにない。

 僕は、覚悟を決めた。


「え、ちょっ、何を…」


 とまどう彼女を引き寄せた僕は、その口を強引にふさいで彼女を黙らせる。


「これで……、信じてもらえたかい」


 目の前で見つめる僕に、ハッと我に返った彼女はなぜか悔しそうに顔をそむけた。


「キ、キスなら昔私が強引に奪ったから。一度汚れるのも二度して汚れるのも大して変わらないって、そういうことよね。無理しなくても、いいのよ」


 積み重なった彼女の不安と不信は、どうやら想像以上の様だった。


「だって、ビッチで性悪で下種な私には本当はさわりたくもないでしょうからね」


 過去の僕の痛い勘違い発言で挑発してくる彼女に、僕のなけなしの自制心がついにはじけ飛ぶ。どうやら僕も、かなり酔っているみたいだ。


「ぼ、僕は必死に……、我慢してただけなんだ。でも今日は、もう我慢しない」


 そう言って僕は、さっきの路地へと強引に彼女を引っ張っていく。

 僕の急な動きに戸惑いながらも、彼女はそれに抵抗しようとはしなかった。





 だがしかし、女性不信で現実世界に興味が無く、何事にも積極的になれなかった僕が酔った勢いだけでうまくいくほど、そこは甘い戦場ではなかった。

 突然の展開でいきなり初めての実戦に放り込まれた僕は、眼前のリアルな敵の存在に動揺して早々に構えた銃を撃ち尽くしてしまう。

 もちろんそれで敵を撃破できるはずもなく、僕は戦場で無様に無防備をさらすしかなかった。


 だけど彼女は、そんな僕を見捨てなかった。

 崩壊寸前の戦況を瞬時に悟ると、呆然自失な新兵を励ますように優しく僕の体を撫でていく。

 それでようやく少し落ち着いた僕は、今度は目の前にしどけなく寝そべる敵の姿を詳細に観察できてしまい、またまた体が勝手に反応していく。

 ある意味立ち直ったといえる僕の現金な様子を見て取った彼女は、新たな弾倉を枕元のポーチから取り出し、そっと僕の手に握らせた。

 僕が慌ただしく弾倉交換と次弾装填を済ませると、彼女は戦場で突然何かに覚醒した主人公よろしく、的確に僕を標的へと誘導し始めた。

 僕は満身創痍まんしんそういになりながらも、彼女のさりげない表情の変化や仕草に導かれてなんとか射点にたどりつく。

 そして頭上に掲げたライフルで、この厄介な敵の最大の急所を撃ち抜くことに成功した。


 僕なんかに撃破された彼女は、それでもその最後の瞬間まで、とても嬉しそうに笑っていた。以前からの自分の言葉を、実戦で証明できたからかもしれない。

 戦場には、彼女の体から流れ出た血が無残に散っていた。





 一時の激情が過ぎ去り、賢者タイムに入った僕はそんな彼女の姿を見ていられなかった。

 とうとうやってしまったという自己嫌悪に駆られながら、ベッドの端に腰掛け深くうなだれる。


(何が彼女をこれ以上僕の闇に引きずり込みたくないだ!)


 僕が強引に襲った形であったなら、まだ彼女の傷は浅かったかもしれない。この先彼女が悪夢からめた時に、あれは酒に酔って無理矢理襲われたのだから仕方なかったのだと、そう自分に言い訳することができる。

 ところがどうだろうか。実際には僕は見事に任務に失敗し、彼女の献身的な犠牲に支えられることでかろうじて初陣ういじんを飾ることができたに過ぎない。

 見込み違いどころか、とんだ友軍誤射フレンドリーファイアだ。


「……死にたい」


 ぽつりと漏らしたその言葉を、だけど彼女は聞き逃さなかった。


「なあに、あんたまだそう思ってるの」


 呆れたような声が背後で上がり、彼女が体を起こす音がした。


「それとも~、最初に失敗しちゃったから?」


 ウフフと笑うと、彼女は僕の背中にしなだれかかりながら腕を回してくる。


「でもいいのよ。オタクなあんたがうまくリードできるだなんて、私はハナから期待してないもの。

 むしろホッとしたわ。あんたが私に遠慮してただけなんだって分かって、それだけで私はうれしいんだから」


 そう言うと、ギュッと僕を抱きしめた。

 彼女の優しさを背中に感じながら、僕はますます自分が情けなくなった。


「もう、なんで泣くのよ。それに泣くならここで泣きなさいって、前に言ったでしょ」


 彼女は僕をゆっくりとベッドに引き倒し、その豊かな胸で僕の涙を受け止めた。

 柔らかなぬくもりに包まれながら、僕はいつか本当に彼女を解放してあげることができるのかと、そう怖くなってまた泣いた。







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