第26話 敵はステータスで希少価値な何か
「へえ、ここがあんたの部屋なんだ」
「どうして僕の部屋で、テスト勉強をしなくちゃならないんだよ……」
苦虫を噛み潰しながら僕は彼女を部屋に通した。
いきなりだったので何も隠せていない。ありのままの姿の僕がそこにはぶちまけられていた。
(まあこれで、色々と諦めてくれればそれはそれで構わないか)
僕はそう自分を慰めるしかなかった。
ポスターなどは張ってないので、一見すると本が多いだけの部屋に見えなくもない。
ミステリにSF、歴史小説とかまでは普通なのだが、よく見るとマンガやライトノベルも大量に収められている。
そして棚の一部に飾ってある、いくつかのブツが致命傷だった。
それをめざとく見つけた彼女がげんなりとつぶやく。
「やっぱりあったわね。美少女フィギュア……」
フィギュアのある棚に近寄って睨むように見つめると、彼女はおもむろにフィギュアと自分の体とを見比べ始めた。
そして僕の方に振り返って恐る恐る聞いてくる。
「もしかしてあんた……。ロリコン、なの?」
「違う!」
僕は思わずそう叫んでいた。
確かにどれもステータスで希少価値だと言わんばかりのスレンダーな貧乳キャラばかりだが、そこまで幼いキャラはいないはずだ。
「ぼ、僕は女らしさを武器にしたり、それで周りからチヤホヤされるようなキャラがダメなだけだ」
そう弁明すると、それはそれで彼女はショックを受けたようだ。
「つまりそれが……、あんたの思い描く嫌な女の象徴で。それを私に重ねてたってわけよね」
僕はそれを否定できなかった。
度重なる意趣返しで泣かされ、お気に入りの美少女フィギュアを見せつけられた(?)上に今また嫌いなタイプだと言われたのだ。
(これで彼女も、僕に幻滅して愛想をつかすだろうな)
そう思うとなんだか寂しいような気がしてくるが、彼女のためを思えば僕なんかにこれ以上関わるべきではない。被害者に過ぎない彼女は、まだ真っ当な道へと戻ることができるはずだった。
そんな感慨にふけっていると、彼女が深いため息をついた。
どうやらようやく彼女の中で踏ん切りがついたようだ。ショック療法と思えば、この罰ゲームのような展開を甘受した甲斐があったというものだろう。
「ロリコンじゃないなら、まだいけるわ。こいつが女嫌いになった原因は私なんだし。これから時間を掛けて治していけばいいだけの話じゃない」
(どうしてそうなる!?)
どうやらこれくらいでは、彼女の病は治ってくれそうにない。
「ところであんた、進路はどうするつもりなの?」
勉強の合間にふと彼女が聞いてきた。
僕はそこで、ちょっと前から考えていることを口にした。
「医者に、なろうと思う」
彼女がハッとしたように身じろぎする。
「最初はレスキュー隊員を目指そうかとも考えたけど、僕の体力じゃ足手まといにしかならない。だから、医者にした。医者で、救急医療にたずさわりたいんだ」
しばらくして、彼女はゆっくりと頷いた。
「そう。あんたなりに、前に進むことに決めたのね」
はたしてそれを前に進むというのだろうか。僕はただ、過去の過ちに囚われているに過ぎない。
「まあ、今度は誤診でまた人を殺してしまうかもしれないけどね」
そう自嘲する僕の手を彼女がギュッと握ってくる。
「大丈夫。あんたなら、また人を救うことができるわ」
そんな彼女の手を、僕は振り払うことができなかった。じんわりとした彼女の温もりを感じながら、またしても僕は彼女の優しさにつけこんだ。
どれほどそうしていただろうか。
不意に彼女が僕の手を離して立ち上がった。
「決めた! あんたが医者なら、私はナースになる!」
海賊王になるみたいなノリで彼女がそう宣言する。
僕はそんな彼女を見上げて叫んだ。
「だからどうしてそうなるんだ君は!?」
キョトンとした顔で彼女が僕を見下ろす。
「だって、私はあんたほど頭が良くないもの。だから医者は無理だけど、ナースになら今からでも頑張れば何とかなるんじゃないかしら」
頭痛がしてきた。
僕が言いたいのはそういうことではない。これ以上僕に関わるなと言いたいのだが、今の僕が言ってもたぶん火に油にしかならない。
僕が頭を抱えていると、座りなおした彼女が少し沈んだ声で続ける。
「それにね。私だって事故に何も思わないわけじゃない。あのサラリーマンのおじさんの死に、生き残ってしまった責任のようなものを感じるわ。それを背負って生きてくのに。看護士ならって……、そう思わなくもないの」
思いがけない彼女の告白に、僕はそれ以上の反論ができなかった。
するとしんみりとした空気を破るように彼女が声を張り上げる。
「あ、それだけじゃないわよ。女嫌いでコミュ障のあんたが医者じゃあナースとのコミュニケーションなんか絶対取れないでしょ。私がナースの世界ってものをあんたに教えてあげるわ。女の患者の扱い方も含めて、ね」
目を白黒させる僕に彼女が艶めいた視線をよこす。
「なんなら、今からお医者さんごっこでもしてみる? 女の体を触診しても平気にならないと、救急医療なんてとてもできないわよ」
そう言って意味ありげに自分の胸元に手をやる彼女に僕は顔をしかめた。
それを見た彼女が慌てたように居住まいを正す。
「ご、ごめんなさい。ちょっとこれは、不謹慎だったわ。それに、あんたの嫌いなアプローチだった……」
うなだれる彼女に僕はため息をついた。
「もういいよ。君なりに責任を感じているのは、分かったから」
それが僕への執着にも繋がっているのだとしたら、この問題は根が深い。
そんな僕に彼女がドギマギと弁明する。
「さ、最近ね。あんたといると、テンションがちょっと変なのよ。ドキドキして、どうしていいか分からなくなる時があるの」
どうやら、彼女の症状は重篤のようだった。殺人事件でも美少女フィギュアでも治せないとみえる。
手遅れになる前に早く目が覚めて欲しいものだ。
盲目のままだと、僕は彼女の手を離せる自信がない。




