第25話 手作り弁当に混入していたもの
「ちょ、ちょっと玲奈、あんた何してんの!?」
昼休みに小湊玲奈が僕の机にやってきていそいそと2人分の弁当を広げだすのをなすすべなく見つめていると、突然そんな素っ頓狂な声があがった。
その声の主を力無く目で追うと、そこにはいつぞやの冤罪事件の際に僕を厳しく追求した鬼検事が立っていた。
「何って。彼氏にお弁当を作ってきたから、一緒に食べようと思って」
「か、彼氏!?」
その叫びに今度は教室中がどよめいた。
鬼検事が血相を変えて小湊玲奈に詰め寄ってくる。そして彼女の手首をつかむと問答無用で教室の後ろへと連れていった。
「た、確かアレって、こないだの暴行未遂犯よね?」
ヒソヒソと話そうとはしているみたいなのだが、いかんせん動揺を押し殺し切れておらず会話が漏れ聞こえてくる。
やや自信無くアレ呼ばわりしているのは、僕が伊達メガネを外され前髪を切られて仏頂面をさらしているからだろう。
彼女は僕の髪を切りながら、私の彼氏としてふさわしいファッションがどうのとか、これであんたも新しく生まれ変わりなさいだとか言っていたが、急にそんなことを言われても無理だしあの夜のことを僕は一生背負っていかなければならない。
でもなんだか少し嬉しそうに髪を切る彼女を前に、僕は何も反論できなかった。彼女なりに追い詰められた僕の気分を少しでも変えようとしてくれているのは分かったし、彼女自身もここ数日は酷く精神を消耗したはずで、きっとその反動も出ているのだろう。
「ぼ、暴行未遂って……。ま、まあ、それはそうなんだけど。
でもすごく、反省してるみたいだったし」
またしても彼女は僕の暴行未遂容疑を否定しなかった。
いやもうそれはどうでもいい。
「だからって、どうしてそれがいきなり彼氏になんのよ!」
もっともな疑問だ。僕もそこのところの理屈が未だに理解できない。
「あ、あの後も何度も美術準備室にやってきて、しつこく言い寄ってくるもんだから……。気付いたら私、ブラまで外すことになってて」
僕は思わずブッと噴き出した。
確かに何度も美術準備室に呼び出されたし、何とか状況を逆転しようと弁舌を駆使したあげくニセ乳騒動を起こしたりもしたので流れとしては間違ってない。間違ってはいないけども。
(言い方……。それじゃあ僕がまるで、言葉巧みに女性をだます悪い人みたいじゃないか)
「え? まさかあんた、部室で最後までされちゃったの!?」
案の定あらぬ誤解を受けていた。
「だ、大丈夫よ。さすがの私もそこまでは許さなかったから」
ごめん、一体何を許さなかったのだろうか。きっと性悪女呼ばわりしたことに違いない。
「だけどこのままにもできないと思って、それで後で駅近くの二人っきりになれる場所に彼を呼び出してみたの」
「自分からあいつをホテルに!?」
驚く鬼検事を相手に彼女はただニコリと微笑む。
いや、頼むからそこはちゃんと否定して。じゃないと、低い歌唱力をそのままには出来ないけど一人カラオケも恥ずかしいから僕を呼び出したということが伝わらない。
「でも彼も自分の立場はちゃんとわきまえてるし、困ってる私を見捨てない優しい人だってもう分かってたから」
そういうことは最初に誤解された時に言って欲しかったな。
そして2回目のピンチで彼女の方を見殺しにしかけた僕に、もはやそんな文句を言う権利など当然ない。
「思った通り、部屋で二人きりになっても彼は私に指一本触れてこようとはしなかったわ」
それはただのカラオケ屋だからです。
まあそれでもけしからん事をする連中はいるみたいだけど。
「だからね、思い切って私の方からお願いしたの。私も経験を積んで、ちゃんとできるようになりたかったから」
僕に歌うことを強要したのと、自分がちゃんとカラオケで歌えるようになりたいことは分けて話してもらえるかな。続けて言うと何か違うことをお願いされたように聞こえる。
「そうしたら彼ったら初めてのはずなのにとてもうまかったの。私はそんな彼にすっかり翻弄されて、途中からはもう大人しく身を委ねるしかなかったわ。彼をあなどってた自分がほんとに恥ずかしかった」
もちろんうまかったのは僕のカラオケで、不覚にもちょっと聞きいってしまったということに違いない。そして恥ずかしいのはむしろ彼女の国語表現と歌唱力の方である。
「でもなんだかそのままじゃ悔しいじゃない? だから何度も彼にせがんだらやっぱり上手で、最後は彼の方も、その……限界がきちゃったみたい」
てへっと可愛く彼女は笑っているが、僕には悪魔の笑みにしか見えなかった。
同じアニメの主題歌を歌うようにしていたからレパートリーがなくなってきただけの話なのに、それだとまるで僕の違う何かが尽きたみたいだ。
「それで時間延長も許してくれないのよ。もう遅くなるから早く家に帰れって言って。私はまだ満足してなかったのに、酷いと思わない?
しかも最後にもう少しだけ一緒にいようとしても、二人で出るところを誰かに見られたらマズイからって。さっさと自分だけ身支度して私を置いて帰っちゃうんだから」
「「「彼女のおねだりを断って先に帰る……だと!?」」」
なんだか畏怖の視線が僕に突き刺さってきたが、断ったのはあくまでカラオケの時間延長である。
それに彼女の歌が人前で恥をかかない程度に上達して彼女が満足するのを待っていたら、それこそ朝が来ても終わらないだろう。
するとついに、鬼検事が何かを諦めたようにため息を付いた。
「分かったよ、玲奈。あんたがそこまであいつに惚れてるならあたしはもう何も言わない。それに、ただの変態ストーカー野郎かと思ってたけど、どうやらあんたを冷静に突き放せる強さもあるらしいしね」
見直したぜと言わんばかりの笑顔で鬼検事が僕の方を見てくるが、僕はぎこちない笑いを返すしかなかった。
(もう、知らん……)
ただこれで、学園のアイドルともいえる彼女と僕の仲は勝手に公認された。
実態よりかなり過激な印象を与えた気がしないでもないが、かといって本当のなれそめなどとても人に言えたものではない。
こうして僕は、無理矢理違う騒動の渦中へと放り込まれることになった。
これも僕が余計なことを考えないようにという、彼女なりの気遣いなのだろうか。だとすればかなり強引で、下世話な騒動になったものだ。
僕はそう思いつつも、僕を振り回そうとする彼女の手を振り払えなかった。そしてやはり、どこかで彼女に感謝していた。
だから彼女がこれみよがしに「はい、アーン」と差し出してくる形の崩れた卵焼きを、僕は黙って食べる。
少ししょっぱい味がしたのは、まだ作るのに慣れていないからだろうか。
作りながら泣いているのでなければいいなと、僕はふと思った。
僕が真実を告げて以来、彼女が無理をしているのではないかという懸念が、僕につきまとって消えない。




