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第24話 せめて悪役らしく

 しばらくして、彼女が恐る恐る聞いてきた。


「そ、それで。あんたはこれから……、どうするつもりなの?」


 僕はポカンと彼女を見上げた。

 彼女はすごく心配そうな顔をしていた。

 それを眺めながら、僕は鈍い頭で考える。

 だけど、もはや僕に何ができるというのだろうか。小さな女の子の精一杯の強がりすら見抜けずに捻じ曲がり、過ちを犯してしまった僕に何が判断できるというのだろうか。

 もう僕には、何が正しいのか分からなかった。だから、こうするしかない。


「警察に行って、全て話す」


 そう言ってしまってから、僕は言葉が足りないことに気付いて淡々と続けた。


「ああ、別に心配しなくてもいい。現場で何をしたかは話すけど、何を考えてそうしたかを、話すつもりはないよ。学校でのことも、何も話さない。だから君に、あまり迷惑はかからないと思う」


 いや、まだもう1つ問題があった。


「写真も、君が嫌ならここで消すよ。警察には、怖くなって証拠隠滅を図ったということに、しておくから」


 たぶん、それで問題ないはずだ。後は警察が、『ちゃんと』判断してくれることだろう。

 すると彼女が血相を変えた。


「バカ!! そんなことしたら、あんたが悪者になるに決まってるじゃない! 私にイタズラしようとしたと誤解されちゃうでしょ!?」


「それならそれで、仕方ない。どのみち僕の、くだらない判断ミスが招いたことなんだ。大した違いはないよ」


 僕がそう言うと、彼女は頭痛をこらえるように顔をしかめた。

 どれほどそうしていただろうか。

 彼女はハーッと大きく息を吐くと、「あー、もうっ!」といきなり叫んだ。そして怒りをたたえた目で傲然ごうぜんと僕を見下ろした。


「バ、バカね。私が本気であんたなんかに謝ったと思ったの? そ、そんなわけないでしょ。そう言えばあんたが、真相をぶちまけるのをやめるかと思っただけよ」


 そう吐き捨て、フンッと鼻で笑う。


「け、警察に行くですって? そんなことされるとね。わ、私が迷惑なのよ。あんたが警察に真相を話したりなんかしたら、どうしたって私というブランドに傷が付くことを避けられないじゃない。

 写真のことを話したら、私が現場であんたにいやらしいことをされたんじゃないかっていう憶測は止めようがないし。もしあんたが暴行未遂の冤罪のことまでゲロったりなんかしたら、こっちがいくら証人を押さえてても面白おかしく噂されるのは目に見えてるわ。

 そうなったらこの事故を利用してせっかくうまく世間に広めた、私の清純なイメージやカリスマ性が全部台無しになっちゃうでしょ」


 やれやれと言わんばかりに首を振ると、彼女は僕をキッと睨んで冷たく言い放つ。


「だから、私があんたに、今、ここで、命令します。

 この秘密は墓場まで持っていきなさい。警察にもマスコミにも話すことは、私が絶対に許さないわ」


 僕は彼女の豹変ひょうへんに唖然とした。


「そ、そんなこと。できるわけが、ないだろ……」


 それに対する彼女の返答は、少し意外なものだった。


「いいえ、絶対にそうしてもらうわ。それにそもそも、今更あんたが真実をぶちまけたところで、一体誰が幸せになるっていうのよ」


「し、幸せ?」


 意外な言葉で虚を突かれる僕に、彼女は自信ありげにうなずいた。


「そうよ。私はいい迷惑だし、警察だってきっと扱いに困るでしょうね。通りすがりの未成年がいつ炎上するか分からないバスの中に潜り込んで、完璧な救助ができなかったのを悩んでるだけじゃ逮捕なんてできるわけないでしょ。

 それなのにノコノコとあんたが出ていって真実を警察に話してごらんなさい。もしその内容がマスコミに漏れたりなんかしたら、あんたが一部の無責任な奴らから酷い非難を受けることは確実だわ。それで最悪の事態なんか起これば、今度は警察が情報漏洩を批判されて責任問題になるでしょうね」


 最悪の事態という言葉に僕はドキリとした。彼女は一体、どこまで察しているというのだろうか。


「遺族だって、真実の暴露を喜ぶとは思えない。今のままなら美談の中の悲劇として、まだキレイな最後と言えるわ。それなのにあんたが今更それを掻きまわして、下劣なゴシップまみれにしてしまうわけ? そんなの遺族の心情を逆なでして、余計に苦しめるだけよ。世の中にはね、優しいウソや知らない方が幸せということだってあるでしょ。

 つまりあんたの自己満足なその行動は、周囲を困らせたり苦しめる結果にしかならないのよ」


 彼女の指摘は衝撃的だった。僕はそんなこと、考えもしなかった。


「分かったら、黙って私の言うことをききなさい」


 彼女がそう念を押してくるが、僕はただただ混乱することしかできなかった。

 すると、押し黙ったままの僕を相手に彼女がなぜか急にそわそわとしだす。


「そ、そうよね。あんたを罠に嵌めた私の言うことなんか、そう簡単に聞けるはずないわよね。あんたにしてみれば、憎い私をゴシップまみれにして復讐する絶好の機会を捨てろっていうことだもの。今や捨て身のあんたの方が立場が強いってことくらい、私だってよく分かってる」


 そう言うと彼女はぎこちない足取りで僕の方に近寄ってくる。


「も、もちろんタダでそうしろだなんて、虫のいいことは言わないわ。そ、それなりの報酬は、か、考えてある」


 そして僕の体に覆いかぶさるようにして四つん這いになると、僕の頬に手をやりながら上目遣いで見つめてきた。


「も、もし黙っててくれるなら。く、口止め料としてこの体を……、い、いいい、いつでも自由にしていいのよ。ビ、ビッチな私には、あんたに体をゆ、許すことくらい。何でもないんだからね?

 む、むしろそうしてくれないと。いつあんたが裏切るか不安で、あ、安心して眠れないじゃない」


 だけどそんな彼女を相手に、僕の意識はむしろ冷静になっていく。


「そ、それじゃあ私の思惑にハマるみたいで嫌だっていうなら、命のお礼と考えてくれてもいい。いくら酷い女でも、少しくらいは恩義も感じてるのよ?

 い、いえそれとも、憎い女への復讐の方がいいかしらね。な、なんだって、好きにしてくれて構わない。あ、あんたがやってみたいと思ったこと、全部この体でさせてあげるわ」


 なんとか僕の気を引こうとあらぬことを口走ると、彼女は僕の首の後ろに両手を回して強くしがみついてきた。


「そ、その代わりちゃんと約束は守りなさいよ!? じゃないと私、あんたのことを一生恨んでやるんだから!」


 彼女の必死な叫びを聞きながら、僕はため息をついた。


「ビッチだっていうなら、どうして体が震えてるんだよ。声も、どもりまくってる」


 彼女が「うっ」とうめき、体が硬直する。

 そんな彼女の肩をつかんで引きはがすと、彼女は恥ずかしそうに僕から顔をそむけてこちらを全然見ようとしない。

 やっぱり、演技だったのだ。


「もういい。僕のために君が、無理に悪役キャラを演じる必要はない。そんなことを言う必要なんて、ないんだ。

 これは僕の罪なんだから、君は関係ない。これから何があっても、きっと君は大丈夫だ。責任なんて、感じなくていい」


 それは僕なりの、別れの言葉のつもりだった。

 すると彼女は、僕の手を振り払って再び僕に抱き着いてくる。そしてビックリする僕の唇に、サッとキスをした。


「……私を切り捨てて自分だけ遠い世界へ行こうだなんて、絶対に許さない」


 怒気をはらんだ声で告げると、彼女はあやしく笑った。


「この私から、そう簡単に逃げられると思わないことね。

 おまけに私が初めて自分から男の子にアプローチを掛けたっていうのに、その恥ずかしい色仕掛けをあっさり振るって一体どういうこと? 私のプライド、ズタズタじゃない。こうなったら……、どんな手を使っても私はあんたを逃さないんだから」


 彼女はスッと体を離して立ち上がると、呆然としたままの僕を嗜虐しぎゃく的な目で見下ろした。


「分かったわ。結局のところ、あんたは何か罰が欲しいんでしょ。自分が許せなくて、自分を罰したがってる。ならそれを、私があんたにくれてあげる」


 そして宣言する。


「あんた、私の彼氏になりなさい」


 いきなりの展開の連続に、僕の頭の中が疑問符で埋め尽くされる。


「あんたには、ずっと憎んできた女に彼氏として尽くすという懲役刑を命じます。どう、最悪でしょ?」


 そう言うと彼女は苦笑を浮かべた。


「だけど、最悪なのはあんただけじゃない。私は好きなのに振り向いてもらえない相手から嫌々彼氏面され続けるの。まったく、どんな拷問なのかしらね。

 でもまあ、間違いばかりの私たちにはお似合いの関係だと思わない? そうしてお互いの顔を見ては沈んだ気持ちになって、バス事故のことを日々思い出すのよ」


 混乱する頭の中で、それでも僕は彼女がおかしなことを口走ったことに気が付いた。


「好きなのに……振り向いてもらえない?」


 そうつぶやいてから、僕はその意味を理解してあわてた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 今君は、僕のことを好きだって言ったのか?」


 思わず立ち上がる僕に、彼女はニコリと笑って答える。


「ええそうよ。あんたは私の命の恩人で、そのことで深く悩んでる。素の私を知っても全然態度を変えないし、一緒にいる時はリラックスできて楽しかった。それに、みんなが私をチヤホヤするのにあんたは昔から私をまったく特別扱いしなかったじゃない。そんなあんたのことを私はずっと気にしてた。あんたはいつも私の中で特別なの。

 そんな相手を好きになって、一体何が悪いっていうのよ!」


 完全に開き直っていた。


「あ、ありえない。それはただの吊り橋効果で、ストックホルム症候群に過ぎない。一時の気の迷いなんだ。正気に戻れ!」


「うるさい! あんたにだけは私の初恋を否定させないわ。それにもう手遅れよ。だってさっきのは、私のファーストキスなんだから」


 得意そうな彼女に僕はあわてて口をぬぐったが、彼女はそれを鼻で笑った。


「それくらいでなかったことにできるわけないでしょ。

 それとも、ファーストキスがウソだと思うなら私の体を詳しく調べてくれてもいいのよ? さっきの口止め料のこと、私本気だから」


 彼女は自分の胸に手をやって僕を挑発してくる。


「でもそうね。ずっとそのままじゃああんたも納得いかないだろうから、あんたにもチャンスを上げる。

 10年よ。10年で解放してあげるわ。10年経ってもやっぱり私を嫌いならあんたの勝ち。10年かけてあんたを篭絡ろうらくできたら私の勝ち。どう? これなら文句ないでしょ」


 彼女はドヤ顔でそう言い放った。

 だけど、なぜかそこで少し恥ずかしそうに笑う。


「まあ、10年も経てば……。いくらあんたでも少しは冷静に事故のことを振り返れるんじゃないの?

 それまでは諦めて、大人しく私の監視下に入りなさい。私にも助けられた責任ってものがあるし、二人なら乗り越えられるかもしれないじゃない」


 この数日で消耗しきった僕に、彼女のその言葉を振り払う力は、もう残っていなかった。

 僕は力無くうなだれた。


「バカね。なに泣いてるのよ。それにどうせ泣くなら、ここで泣きなさい」


 そう言うと彼女は、僕の頭を優しく抱き寄せた。

 彼女の胸に顔をうずめながら、僕は声を殺して泣いた。


「一人で辛かったわね。今までよく頑張ったわ」


 その言葉で、僕の緊張の糸は完全に切れた。僕はそのままズルズルと彼女の体の上を滑り落ちる。


「もう、どこに捕まってるのよ」


 彼女は少し困った声で僕に文句を言った。


「でもいいわ。あんたがいなかったら、私はこうしてることなんかできなかったんだもの。だから今は、好きなだけそうしてなさい」


 彼女のお腹に顔を埋め、お尻に手を回して泣く僕の頭を、彼女はそうしていつまでも撫で続けた。







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